白昼夢
ぱっと火の粉が散った。
視線を上げれば、橙色の炎が木造の自宅を隅々まで照らしているのが見えた。
ゆっくりと振り返って、私は急に起動された絡繰り人形のようにたどたどしく走り始めた。足が何度ももつれた。
上から煤けた瓦が何個も落ちてきた。どれも地面に到達するたびに甲高い悲鳴を上げて砕けていた。
脇の路地から入ってきた、唐草模様の風呂敷が視界に広がった。大きい風呂敷は立方体に変形していた。下を見ると、砂埃にまみれた白い足袋と下駄が必死にカラコロカラコロ音を鳴らしていた。着物の柄は褪せすぎていて判らなかった。
気づくと通りは同じ方向へ走る人々で埋め尽くされていた。
ところどころに火傷を負った人がいた。項の団子がほとんど崩れている人がいた。着物の肩が灰で真っ白の人がいた。手拭いで頭を守っている人がいた。割れた丸眼鏡をかけた人がいた。
パチパチと竃で聞くはずの音が右に左に後ろからした。前からも実はしていたかもしれない。視界のほとんどは橙色に染まっていた。煙はどす黒い雲へと成り、曇天を築いていた。それが箱へ閉じこめられるような気にさせられて、誰もが焦った。
これが見慣れていた町か分からなくなった。こんなに橙色に咲き上がる町ではない。こんなに瓦礫だらけではない。柱が音をたてて倒れるような場所ではない。
知らない町に慄きながら、私は前に進んだ。両足を一生懸命に交互に出した。
「あ」
燃えて倒れた柱につま先が引っかかり、私の視界は暗くなった───
「…………」
パチリと瞬くと、全体的に鈍色の大きい絵画がある。なぜかぼんやりとする目をこすり、またその絵画をじっくり見る。上部の向こう側では橙色の炎と幾本もあがる煙が。下部のこちら側では煤けた格好で左側へ逃げる人々が。静止しているはずのそれからは、怒鳴り声と灰によって起きる空咳と火の爆ぜる音が聞こえる気がする。
不思議な気分になりながら、今度は流すように視線を上から下に動かす。最後に生々しいそれに感嘆の意を込め、微笑む。…それから、そっと自分の足をなぞり、確かに自分の足があることになぜか私は安堵する。
充分に観た絵画に踵を返し、私は次の絵画に足を向ける。