1話 【スマホ】終了のお知らせ
「見ろ! 俺の必殺技! ファイヤー耕し!」
祖父母の家の裏。
町はずれということもあり、祖父母の家は結構な敷地を持っている。
そのほとんどが畑だ。
家から遠く離れた場所で叫ぶカイリトスの声が聞こえる。
「豆粒ぐらいの大きさにしか見えない距離なのに……」
「朝からうるさいやつ」
いつもは背筋を伸ばして立っているソフィー。
そのソフィーは、私に体を預けるように凭れ掛かっている。
朝が弱いのはいつものことだ。
「このクソバカが! 畑を燃やすな!」
おじいちゃんの元気な声も聞こえてくる。
そんな二人の向こうでは、灰色の煙が畑から上がっている。
「っていうか、カイリトスの魔導器の属性って炎だったんだ……」
昨日の学院での決闘の時には見ることがなかった属性。
それを畑仕事で見るとは思わなかった。
「仕事じゃなくて畑燃やしてるけど……」
あそこら辺は、なんの種か苗を植えただろうか。
「野焼きじゃねぇんだぞ!」
「すまん、じいちゃん! 今度はもっと綺麗に燃やすよ!」
「たわけが!」
あ、カイリトスがおじいちゃんにゲンコツ食らった。
顔面から土の上に落ちたけど……。
「あんなバカを畑に植えたらバカのなる木ができそう」
眠そうに、それでいてどうでもよさそうにソフィーが私の肩に顎を乗せたまま耳元で言う。
「おじいちゃん、楽しそう」
おばあちゃんや私の前では、無口だけど、カイリトスと畑に出るといつもあんなだ。
たまに二人で川に釣りに行くと、二人ともずぶ濡れになって帰ってくるけど、なにをしているのか聞かなくても想像できてしまう。
「しかし、カイリトスの魔法は炎なんだね」
私は炎と雷を持っているけど、一つは私と同じだ。
コツとか聞けば……。
直感だけで生きているカイリトスは野生の獣みたいなものだ。
言葉で説明を求めるのは無理かな。
「おーい、ソフィー! 水くれー」
たき火のように燃えている畑。
おじいちゃんは水を汲みに川の方へと走って行ってしまった。
「……めんどくさいなー。展開」
私の背中に覆い被さるようにして、まるで私の体に固定するように弓を展開する。
そして指先に魔力を込めれば青白い光が生まれる。
それを適当な狙いのまま放てば、カイリトスの足元で水が爆発した。
昨日の決闘の時とはまた違う。
「ソフィーのそれ……」
「うん。水属性。昨日はただ魔力を込めただけだけど、今のは属性を込めたの」
「属性を込める……?」
「そうだよ。昨日のカイリトスなんてわかりやすいけど、魔力での身体強化でしょ? 昨日戦った三人も身体強化で体を補助してたから、大きな魔導器を軽々と持てるわけだし」
「そういえば……」
魔導器による魔法のことばかりを気にしていたが、魔法使いとは魔力を自在に操る存在だ。
「っていうか、メリア自分の時もだけど、器公事で魔導器もらう時、みんな属性も一緒に言われてたんだけど」
そうだ。
あれは私だけの特別なことではない。
チームを組む時は属性をばらけさせた方がいいとか、逆に属性を統一する方がいいとか。
どちらの論者もいると講師の先生が授業で言っていた。
だから、器公事の時にみんなの前で属性を伝えられる。
「まあ、あんな当てれば勝ちの決闘じゃ属性なんて不要だから使わなかっただけ」
カイリトスに遠い目を向けるソフィーの視線を追う。
すでに小火は鎮火しているが、畑が田んぼになっていないか心配だ。
「それってどうやって使うの? 私、炎と雷のはずなんだけど」
「そもそもメリアの魔法ってどうやって使うの? 昨日、その魔導器の持ち主と通話して、なにか情報得られたの?」
「魔法はわからないけど、使い方はわかったんだよ。見ててね」
「んー」
欠伸をしながら返事をしたソフィーの顎を肩にのせながら、私は【スマホ】を起動する。
まずは細長い横棒のボタンを押す。
そうすれば黒い面――画面に光が灯る。
「えっと、アプリってのを立ち上げるの」
昨日、ユウさんと話していて驚いたことがある。
この【スマホ】の画面の中にある三つの四角い箱。
それはアプリだという。
アプリこそが、この【スマホ】を使うために欠かせないもの。
つまり私の【スマホ】は一つなのに、使える魔法は三つあるのだ。
「だけど、一つ気になることがあるんだよね。文字は読めないんだけど、私の手元にきて、このアプリって機能が変わったみたいなの」
「変わった?」
「うん。これに関しては、元の持ち主もわかってなかったから、これこそが魔法に関係してるんじゃないかって。一つ押してみるね」
一番左端にあるものを押してみた。
「……なんか、文字を書き込むみたいな空欄が出ただけだね。これは使い方がわからない」
なので、細長い横棒のボタンを押して元の画面に戻して、真ん中のアプリを押す。
「これは……なんだろう?」
なにかを選択するように求められているようだけど、なにも選択するものがない。
「じゃあ、最後のこれは……」
画面が一瞬白くなったが、少しずつ画面に表示される。
「これって……」
私の肩から覗いていたソフィーが【スマホ】の画面と周囲を見回す。
「この場所じゃない? ほら、畑とか家の形とか……あと、この小さな点は私たちのいる場所っぽいね」
「地図ってことかな?」
頭上から見上げたような形で、畑や近くの川の形まではっきりわかる。
「少し移動したら、もっと向こうも出るのかな?」
ソフィーが背中に体重をかけてくる。
背中に当たっていた柔らかい感触をもっと強く感じるようになりながら歩き出せば、画面に入っていなかった場所までもどんどん地図が広がっていく。
「これすごいね。動く地図だよ。私たちの場所……ってか、この魔導器を中心に地図が動いてるね」
【スマホ】の地図を見て、ソフィーもようやく眠気が吹き飛んだみたい。
「私の魔導器、もしかして初めて役に立つのかな?」
「魔女との戦いにはどうなんだろう」
「あ、そう言われると……」
他の仕事でなら、すごく役立ちそうだけど、地図があるからって魔女とどう戦えばいいのだろうか。
ソフィーとカイリトスの方がわかりやすい攻撃ができて羨ましいな。
「魔導器の器公事で出る盾だって、魔法を跳ね返したり、吸収したり、蓄えた魔法を放てるけど……これはできそう?」
「……わからない」
地図は便利で喜んだけど、戦闘には使えそうにない。
がっくし、と肩を落とした時だった。
手の中にある【スマホ】の画面が、突然真っ暗になった。
「え……? 魔力切れ!?」
もう一回、細長い横棒のボタンを押すもなにも反応しない。
「壊れちゃった……」
これ以降、私の【スマホ】はなにも反応を示さなくなった。