6話 似た者同士
『――という感じなんですけど……理解できましたか?』
【スマホ】の向こうの男の子――私が器公事で手に入れた別の世界や時代の魔導器の本当の持ち主は丁寧に説明してくれた。
隣で聞いていたソフィーは、
「自分が使えない魔導器の使い方聞いてもなに一つ理解できない」
途中で脱落。
今は椅子の上で私の膝を枕にして食後の休憩中。
「……使い方に関してはわかりました」
新しい情報を受け取る度に、私は眩暈のように見舞われた。
食事が中途半端だったせいで助かったが、全部食べたあとだったら吐いていたかもしれない。
「ただ、一部はいまいち……」
『それに関しては、そっちの世界じゃ使えないと思うので気にしなくていいと思います』
魔導器でありながら魔法の使い方を、この本当の所有者はわからなかった。
そもそも魔力というものが、男の子のいる世界には存在しないらしい。
だけど、器公事で魔女と戦うための道具として私が得た魔導器。
きっと、この世界でならば、どうにかして使えるはず。
【スマホ】の使い方を聞いて、その可能性を考えることができた。
「この【スマホ】は聖剣や杖とは全然使い方が違うんだね……」
それぞれの武器となる魔導器では、基本的には単一の使い道しかない。
しかし、この【スマホ】ではたくさんのことができる。
どれかしらが、魔法として表に出る可能性は高い。
「ありがとう。色々と調べて使ってみるね」
『いえ、役に立ててよかったです』
自分の大事な【スマホ】を失ったというのに、どうしてこの男の子は優しいのだろうか。
『異世界いいな……。僕も行ってみたいな……』
「異世界に召喚とか言っていたけど、生憎と私のいる世界ではそういうのは聞いたことないです」
魔導器を別の世界や時代から取り寄せて魔法を使うための武器とするだけ。
人が来たなんて聞いたことはない。
『そっか。できるようになったら、是非呼んでね』
そんなにも自分のいる世界とは別の世界に行きたいものなのだろうか?
私はまったく知らない世界になんて怖くて行きたいとは思えない。
「はあ、その時は……」
そんな魔法、聞いたことがないから存在しているのかどうかもわからない。
『そろそろ僕は家を出ないといけないんで……』
「そうですか」
この【スマホ】の先の世界――この男の子がどんなところにいるのかは気になる。
そういう意味で、この男の子も私のいるこの世界に来たいと思ったのだろうか。
『自己紹介しておきますね。僕はそうですね……ユウです』
「ユウさん……?」
『はい。きっと異世界の人にはフルネームで言っても覚えにくいでしょうし』
「そういうことなら私はメリアです」
『了解です。また電話させてもらいますね、メリアさん』
「はい。一日も早くこの【スマホ】を返せるようにがんばりますね」
『僕も応援だけでなく、役に立てるように力を貸します。それでは!』
プッ。
小さな音がして、慌てた様子のユウさんとの通話は終わった。
「……不思議」
魔力を使った通信機器というものはあるが、人と人とを結ぶものではなく、場所と場所とをつなぐもの。
この【スマホ】を私はどこでも使えるが、ユウさんにしかつながらない。
「ソフィー、通話終わったから帰ろうか」
寝ているソフィーの肩を揺する。
「んっ……。なにか魔法の手がかりつかめた?」
「まだ試してないけど、少しだけね」
ユウさんのいる世界での【スマホ】の機能が、私の世界では魔法になる。
きっと、そうに違いない。
炎と雷の属性を使える二重保有者。
ランクEという最低の成績だけど卒業でき、この【スマホ】を手にしたことには、なにか意味があるんだ。
「なんか、嬉しそうだね」
「そうかな……」
「うん。私とカイリトス以外が相手だと、いつもはもっと大人しいし、喋ったあとは疲れてるのに珍しいね」
「あ、そう言われれば……。なんでかな?」
手にした【スマホ】は私の手の体温が伝わって熱くなっているし、家でもこんなに喋らないってぐらい喋り続けて疲れてもいる。
それに相手は男の子だった。
最初は緊張したけど、ソフィーが寝てからは二人きりでもなんでも話せた。
「顔を見てないから緊張しなかったのかな?」
私の食べ途中の昼食も勝手に食べたカイリトス。
少し空腹状態の私は、三人で一緒に学院を出る。
もう夕方に近い時間だ。
のんびりしすぎたけど、もう通うことのないファニーニ魔法学院に私たちは別れを告げた。
学院から私たち三人が向かうのは、私の祖父母の家。
「ただいま」
三人で揃って帰宅をすると、おばあちゃんがたくさんの料理を作って待っていてくれた。
「卒業おめでとう」
「ありがとう、じいちゃん、ばあちゃん!」
少し前に私のものも全部食べたカイリトスが元気に食卓に着く。
「ありがとう。私も無事に卒業できたよ」
「その手に持ってるのが魔導器かい?」
おばあちゃんが訊ねてくる。
「うん……。まだちゃんと使いこなせてはいないんだけど、指輪にできない特別なものみたい」
「そりゃめでたいね! ほら、メリアも、ソフィーもたくさん食べな」
「おばあちゃん、ありがとう。孫のメリアはともかく、私とカイリトスまで三年もお世話になっちゃって」
グラスを持ってジュースに口をつけるソフィー。
「いいのよ。じいさんとばあさんの二人暮らし。そんなところに三人が来てくれて、楽しくて仕方なかったんだから」
口数が多く、いつもニコニコしているおばあちゃん。
それとは対照的に口数の少ないおじいちゃん。
「……明日からどうするんだ?」
「えっと……まだ決めてないんだけど……」
静かなことが好きなおじいちゃんは、私たちが卒業して、ここを出ていくのを待っていたのかもしれない。
「なら、今後の進路が決まるまではのんびりしていくといい」
「……いいの?」
「ふん。……いいに決まってる。」
おじいちゃんは目を合わせることなく、おばあちゃんの料理を無言で食べる。
「……いきなりいなくなったら寂しいだろう。……ばあさんが」
「おじいちゃん、ありがとう」
「ばあさんの話だ、ばあさんの」
「素直じゃないんだから」
そんなおじいちゃんを見て、おばあちゃんが笑う。
「じいちゃん、俺、明日からじいちゃんの手伝いするよ。いつも世話になりっぱなしだからな」
「カイリトス、お前になにかできるのか?」
「この魔導器を見てもそんなことを言っていられるかな? 展開!」
カイリトスの両手に赤いグローブが現れる。
「それでなにをするんだ?」
「畑仕事を手伝うぞ!」
「……まあ、期待しないでおこう」
おじいちゃんとカイリトスのやり取りは、いつもハラハラさせられる。
すぐにケンカを吹っ掛けるカイリトスと、口数少なくて怒っているように見えるおじいちゃん。
「この二人、似た者同士ですごく仲良しなのよ」
おばあちゃんは私が気づかないことになんでも気づいてしまう。
男同士というのは、奥が深そうだ。
でも、私が成績最下位でも学園でがんばれたのは、応援してくれるこの二人がいるからなんだ。
だから、一人前の魔法使いになって、もっと安心させて、喜ばせてあげたい。