5話 正しい【スマホ】の使い方
魔導器【スマホ】から聞こえる声は言った。
『それは僕のスマホなんですけど、いつの間にか手元から消えていて……』
『あっ、盗まれたとか疑っているんじゃないですよ? 落としたのを拾ってくれたんですよね、ありがとうございます』
声の調子からわかるのは、同年代の男の子ということだ。
しかし、一人でよく喋る。
うるささでは、こちらのカイリトスも負けてはいない。
鼻から麺を出して汚いので、今はソフィーに後頭部に手刀が叩き付けられ、沈黙している。
「カイリトスの癖に生意気」
きっと、うるさいから黙らせただけ。
私たちが気づかないことに気づいたから八つ当たりをしたわけじゃない。
たぶん。
『だって盗んだのなら、電話に出るわけありませんし』
あっはっはっ、と笑う。
「……どう説明したらいいんだろう」
まさか魔導器の持ち主から連絡がくるとは思いもしなかった。
というか、過去にそんな事態が起こっていないから可能性なんて考慮されていない。
なのに、私の【スマホ】には持ち主から連絡がきてしまった。
「あの、この【スマホ】について、教えてもらっていいですか?」
「メリア……」
知らない人と話すのは緊張するが、目の前に相手がいない少しだけ緊張も和らぐ。
そんな私を見てソフィーが姉のような優しい目を向ける。
同い年なんだけどね。
『そのスマホはお年玉とバイトで、ようやく貯まったお金で買った、ほしかったスマホなんですよ。うちの母親は必要最低限の機能がついた型の古いのしか買ってくれなくて』
『高い機種がほしければ自分で買えって言われて、ようやく買えたんですよ』
『とりあえず、連絡先とかのデータだけ移し終わったところで、手元から消えて……あ、いえ、盗んだとかは疑ってませんよ? 本当に』
「……目の前にいたら一発殴っちゃいそう」
目の前にいたから一発殴られたカイリトスは反応しない。
「要するに、この【スマホ】の持ち主の手元から私のところに器公事できちゃったってことなんだよね……」
どうしたらいいんだろう。
この【スマホ】の持ち主にとって、これはとても大切なもののようだ。
だけど、魔法使いになるためにもらった私にだってこれは大切なものだ。
使い方はわからないけど。
『あの、今、どこにいますか? 引き取りに行きたいんですけど』
「ここは水の都市ウォーテリーにあるファニーニ魔法学院ですけど……」
『水の都……ヴェネツィア?』
「いえ、それは聞いたことがない地名なので別の場所ですね」
『もう一回教えてもらえますか?』
「水の都市ウォーテリーのファニーニ魔法学院です。あと水の都市でも水が豊かな土地とかではありません。普通です」
『え、そうなんですか?』
「はい。この大陸は大きく分けて五つに分かれてます。
水の都市 ウォーテリー。
炎の山脈 エシュヴォラツ。
雷の渓谷 ウィルグランディ。
土の花園 デストリア。
で、私たちがいるのがウォーテリーです」
『水がないのに水の都市なんですか?』
「大昔の大戦で活躍した魔法使いの得意な属性と、その名前が今の時代は地名になっているんです」
学院の歴史の授業で習った常識だ。
『なるほど……って、そこ日本じゃないんですか!?』
ようやく理解してくれた。
『にほん』というのがどこの世界の、いつの時代のかは私にもわからないけど。
『こんな短時間で出国……。まさか、あなたたちは海外に拠点を置く振り込み詐欺……』
「なにを言っているのかわからないけど、たぶん違います」
私は【スマホ】の向こうとは違う世界であることを順を追って説明した。
『――異世界ってこと!? 僕のスマホだけが異世界召喚されたの? なんで? どうして?』
「えっと……わかりません」
講堂の中にある、魔導器を卒業生に渡す器公事。
あの仕組みについて、私たちは知ることはできない。
だが、別の世界と時代で活躍した武器なりが私たちの魔導器となって、魔女と戦う力になってくれる。
それが魔導器だ。
『それ返してもらえないんですか?』
「返し方がわからないんです。ごめんなさい」
私はテーブルに置いた【スマホ】に何度も頭を下げる。
『いえ、僕もなにも知らずに責めるようなことを言ってすみません』
向こうからブンブン音がする。
「……私たちは魔女と戦う魔法使いなんです。その訓練をする学院に通っていて、今日卒業だったんですが」
『卒業おめでとうございます!』
「あ、どうも……」
調子が狂わされるけど、どうにか食らいついていけるのはカイリトスで慣れているせいかもしれない。
「で、その……もしかしたらの話なんですけど、これを返せる可能性があります」
『どうやってですか?』
私の言葉に【スマホ】の向こうの男の子だけでなく、ソフィーまでも驚いたように私を見ている。
「私たちは魔導器って呼ぶこれは、魔女を倒すためのものです。だから、魔女さえ倒せば、もしかしたら……。あ、すみません。なにか根拠があるわけじゃないんです」
『なるほど! つまり、使い終わったら僕の手元に戻ってくると!』
「その可能性があるかな~って感じです。すみません」
魔女一人を倒したという話を聞くことがあっても、魔女を全滅させたことはまだない。
一人倒しても、時間が経つと生き返るのか、それとも新しい魔女が生まれるのか。
数が減らない。
『僕はスマホを返してもらいたい。君たちは魔女を倒したい。なら、僕にできることは協力します! とっとと倒しましょう! そしてスマホを』
とてもこの【スマホ】が大事なのが伝わってくる。
しつこいぐらい。
でも、それだけ大切なものってことだ。
「あの、こんなことを言うのもなんですけど……これの使い方、基本的なことでいいので教えてくれませんか?」
『そいうことならわかりました』
「助かります」
私は使い方のわからない【スマホ】の使い方の情報を得られることが嬉しくなり、ソフィーと笑顔を見合わせた。
「まずは魔法の出し方から教えてください!」
『僕の時代のスマホは魔法、でませんけど……』
早々に、私たち双方の期待は消滅した音がした。
「ふがっ」
これは意識を取り戻したカイリトスが鼻から麺を吐き出した音。