3話 好奇の見世物
私たちが魔法を習い、一人前の魔法使いとして世に出るのは魔女を倒すため。
それが一番の目的。
だけど、現実はそう甘くないのは、どこの世界でもきっと一緒なのだろう。
「約束の一時間だ。準備はできたか?」
三人組が戻ってきた。
ぞろぞろとたくさんの野次馬を引き連れて。
その全員が私たちと同じ制服に身を包んでいる同級生にして卒業生。
「そいつらはなんだ?」
カイリトスが即座に反応する。
「みんな、聖剣よりも珍しい二重保有者の魔導器の魔法が見たいそうでな」
三人組の一人が、私を見ながら言う。
「卑怯なやつ。――大丈夫、メリア?」
「う、うん……」
人前で緊張するなと言うのは無理な話だ。
でも、今はさっきよりは多少はまし。
私の魔導器【スマホ】――ただの板ではなかったことがわかったから。
これの使い方に関しては正直わからないままだけど。
「まあ、その聖剣持ちはこんな茶番には興味ないようだったがな」
ゲラゲラ笑っている三人組と一緒に、高いフェンスの中へと入る。
頭上をも囲う網目の広いフェンスであるが、中から外、外から中へと魔法を通さないように魔法を打ち消す結界が張られている。
実践練習の時に何度も利用した屋外練習施設の一つ。
「どうやって決着をつける?」
カイリトスが向き合った三人の男の子たちに言う。
「本当は殺す覚悟でやりたかったんだが」
周囲を確認して静かな声で言う。
その理由であろう存在をフェンスの向こうに見つけられた。
講師の先生たちが何人か見学に来ている。
「あれって……」
もしかして私の魔導器【スマホ】を見に来た――。
「魔法を使ったケンカをするなとは言われなかったが、ケガをさせるなってよ」
「ギャラリーを集めてる間にバレちまってしゃーない」
私にとってはそれはありがたい。
私たちを笑いものにしようとした罰が当たったのだろう。
「だから、この練習施設の設定は実践モードではなく仮想訓練モードだ」
仮想訓練では痛みはないし、ケガだって滅多にしない。
でも、魔法の怖さというのは体感することになる。
「実際にケガをすることはないが、決着の付け方としては三人ともが致命傷を与えられたら……要するに死ぬような魔法を受ければ終わりだ」
授業でやるのと同じ。
練習施設の設定を弄ることで、使用する魔法の威力を数パーセント単位で落とすことができるし、逆に上げることも可能。
仮想訓練モードでは魔法から実体を消すことができ、魔法を使った感覚と受けた感覚だけを体感できる。
「わかりやすくていい!」
「難しいことは理解しない頭だからね」
カイリトスに辛辣なツッコミをするソフィー。
この二人はいつも通りだ。
「作戦とかどうするの……?」
緊張で心臓の鼓動がうるさいぐらい耳に聞こえる。
「うーん……。あの馬鹿はどうせ突っ込むでしょ? だから私が後ろからサポートする」
カイリトスの魔導器はグローブ。
拳に魔力を付与して戦う近接魔法――魔力を放出できてもせいぜいが中距離まで。
それとは対照的にソフィーの弓は遠距離の魔導器。
中距離も可能かもしれないが、近距離には向かない。
そして私の魔導器【スマホ】……。
え、【スマホ】って遠距離?
それとも近距離?
振っても伸びないし、投げて当たれば痛そうだけど、戻ってこないし。
それとも光った面から魔法がでるの?
【スマホ】という情報をこの魔導器がくれるのなら、使い方も教えてほしかった!
「メリアはケガしないように……ってか、転ばないように後ろにいればいいから」
私が守るから――。
そう言わんばかりのソフィーの背中の頼もしさ。
「作戦会議は終わりか?」
相手の三人はロクに作戦会議などしていなかった。
その理由は相手になる私にもわかる。
三人がそれぞれ展開した魔導器だ。
大剣。
大斧。
長槍。
近接の魔導器でありながら、その大きさから中距離まで届く。
だが、杖と違って一番わかりやすい魔導器だ。
それぞれの魔導器に魔力を付与させて、属性を宿したりして、先端を伸ばしたり、形を魔力で拡張したり、魔力のエネルギーを飛ばしたり。
シンプルな前衛戦闘に特化した魔導器だが、同じ前衛でもカイリトスよりもできることは多そうだ。
二チームの間に、数字が浮かび上がり、十秒前からカウントダウンが始まる。
心の準備が整う前にカウントはゼロになり、早々にカイリトスが相手に突っ込んでいく。
「わかっちゃいたけど」
ソフィーは言いながら弓を構えて狙いをつける。
考えなしに突っ込んで行ったカイリトスは速かった。
カイリトスを馬鹿にしていた三人を相手にして、一歩も引くどころか優勢である。
長い得物を持つ三人の懐に入り込み、魔法で強化した拳を繰り出す。
手にした魔導器で受け止められるが、密集した三人と適度な距離を取り続けることで、相手に攻撃のチャンスを与えない。
「――私にできること」
魔導器【スマホ】という名称や基本的な使い方はわかった。
細長い横棒を押せば光って、絵が出る。
しかし、わかったのはここまで。
ここから先、どんな魔法が使えるのかはわからない。
だけど、カイリトスが一つの可能性を示してくれた。
私は頭上を見上げて、太陽の位置を確認し、手にした【スマホ】を掲げて角度を調節する。
キラン。
太陽の光が黒い面に反射する。
それを確認して、光の収束点を調節して相手の目に向ける。
「うっ」
ほんの一瞬、目を眩ませることに成功した。
それを好機と見たカイリトスは腹に拳を叩きこむ。
魔力を乗せた一撃。
魔法防御でもしていなければ、骨が数本折れている一撃だが、今は仮想訓練モード。
当たり判定だけが出て、痛みの感覚はないはずだ。
「チャンス!」
一人を失ったことでカイリトスの手数の多さに手間取っていた一人の男の子に生まれた隙をソフィーは見逃さず、指先に魔力を込めて弓に宛がう。
弓に指を当ててから手を引けば青白い光が伸びる。
ソフィーが指を放せば、青白い一筋の光の矢が撃ち出された。
それが見事に一人の腹に当たる。
「あと一人……」
カイリトスが大きな斧を持った最後の一人に肉薄しているが、斧を盾のように構えていて、拳が届かない。
「カイリトス、邪魔」
「え……?」
先ほどよりも魔力を込めた一撃を、カイリトスの後頭部に向けて容赦なく射るソフィー。
放たれた魔力の矢はカイリトスとその向こうの男の子の体を一撃で射貫く。
『ブー! 試合終了!』
そんな機械の声が頭上から聞こえてくる。
「私たち二人の勝利だね」
いい笑顔でソフィーが言うけど……。
カイリトス、これが本物の戦闘だったら死んでるよね……。
後頭部、撃ち抜かれてたし。
「っていうか……三人チームって忘れてないよね?」
「尊い犠牲だったわね」
尊い犠牲を生んだ張本人が最高の笑顔でウインクしながら言う。
「確信犯だ……」
いくらダメージがないといっても、後頭部に不意打ちを食らったカイリトスは潰れたカエルみたいにうつ伏せに倒れたままだった。
「もう一個言わせてもらうと……作戦通りだけど、私の魔導器の使い方、絶対間違ってると思う……」
だって、こんな目眩ましなら【スマホ】じゃなくて鏡の方がいいもん。