2話 魔導器【スマホ】――起動
「――さて、時間がないけど、まずは」
三人がいなくなったのを確認してから、いつものようにソフィーが仕切りだす。
「カイリトス、あんたやるね」
親指を立ててソフィーがカイリトスに満面の笑みを見せる。
「当たり前だ。俺は大事な仲間が馬鹿にされるのは一番許せん。俺が馬鹿にされるのはまだ許せるんだけどな」
カイリトスの言葉を私もソフィーも耳を疑った。
このファニーニ魔法学院にいた三年だけに限っても、チビだの馬鹿だの言われては、クラスメイトだけでなく他のクラスの同級生と取っ組み合いのケンカをしていた。
その度に先生たちに怒られていた……ボロボロになりながら。
多勢に無勢という言葉を知らないのか、複数人相手に平気でケンカを売る。
だけど、決して負けない。
勝ちもしないんだけど。
「メリアも落ち着いた?」
「うん……。少し」
「自分よりも馬鹿な人を見ると落ち着くもんね」
「え、そういうわけじゃ……」
「そうだぞ。俺を見ろ! 俺は強いからな」
この二人が相手なら、私は緊張もしないし、遠慮をすることなく素直に喋れる。
「で、どうしたもんかって話だけど、カイリトス。あんたの魔導器はどんなの?」
ソフィーに言われて、カイリトスは胸の前で両手をクロスさせて、広げた手の甲を見せてくる。
両手の小指には赤色の指輪がある。
「展開――」
カイリトスが発声すれば、手の甲を光が包み、すぐにそこに赤い手袋のようなグローブが現れる。
「ああ、魔法のグローブか。授業で杖、何本か折ってるしね」
それならば折る心配もなければ、斧を振り回してどこかに投げることもない。
一人ひとりに与えられる魔導器――授業ではありとあらゆる武器での訓練や練習をして経験を積んでいくが、最終的に器公事で得られる魔導器は、講堂にある機械が決める。
その人間の魔力を探知して、相応しい魔導器を作り出すらしい。
カイリトスのグローブに関してはピッタリだ。
「私はこれ、展開――」
左手の銀色の指輪が光り輝く。
カイリトスの時よりも光の量が多いのだが、目を向けられないほどの眩しさではない。
だから、ソフィーの手の中に生み出されるそれが、形作るのを直視できる。
「弓か」
「うん。魔法の弓。指先に魔力を込めて弦を引くようにして、魔力の矢を撃つ魔導器だね」
その使い方に関しては、私も授業で習ったので知っている。
しかし、練習用のではなく、ソフィーの固有の銀色の弓は芸術品のように綺麗だ。
「で、メリアは、その板か」
「……うん」
グローブや弓は授業を受けていれば誰だって使い方がわかる。
だけど、私の白い『すまほ』はどう使えばいいのか、皆目見当がつかない。
「触らせてくれ」
グローブのついた手を差し出してくるのでカイリトスに渡す。
「見た目よりも重たいな。投げてぶつけたら痛いんじゃないか?」
無言で手を差し出したソフィーにカイリトスは手渡す。
「あら、ほんと。この薄さと小ささにしては重いかな。まな板にしては小さいよね」
二人も使い方がわからないまま私の手に一周して戻ってくる。
ずっと手に持っていたせいか、一瞬失っただけで妙な喪失感があった。
しかし、手元に戻ってくるとすごく落ち着く。
これが固有魔導器の性質なのだろうか。
「それに……メリアのそれは指輪に収納できないんだよね?」
「うん……」
普通の魔導器はソフィーとカイリトスだけでなく、先ほどの三人が目に見える魔導器を持っていなかったように、指輪にして収納することができる。
そうすれば大きさも重さも関係なく、持ち運びが便利なのだが……。
「私の『すまほ』は聖剣と同じ扱いなんだって……。知らないし、意味わかんない……」
聖剣――読んで字の如く聖なる剣。
別の世界や時代で、その世界の巨悪を討ってきた聖なる剣。
それを見ただけで手練れだと周囲は一目でわかり、どんな強敵相手だって信頼して任せることができる。
言わば、存在するだけで正義だと周囲に伝わる聖なる存在。
その持ち主が近くにいるだけで、戦う力を持たない魔法使いではない人間は安心できるし、聖剣を与えられた者は、自然に正義を貫く看板にもなるのだ。
それと同じ。
そんなすごい物と私の『すまほ』は同じ。
使い方もわからないのに。
本の栞にするには大きすぎるし、漬物石にするには軽すぎる。
鏡にしようにもまともに映らなければ、盾にするには頼りない。
黒い面を覗きこめば、太陽の下であれば薄っすらと自分の顔が映る。
「はあ……」
私が落胆すると同時、手から力が抜けて手の中の『すまほ』がするりと落ちた。
コツン。
軽いとも重いともつかない音をさせて『すまほ』が地面に落ちて小さくバウンドした。
「ああ、せっかくもらったばっかりなのに」
使い方もわからない魔導器を大切に思わなければならない自分自身が惨めに思える。
「よかった……。傷とかついてない」
『すまほ』についた砂を、息を吹きかけて払う。
それでも飛ばない細かな砂を指でなぞるようにして取り払っていると、
「この細長い横棒なんだろう?」
黒い面――その上か下か横に細長い横棒がある。
指先に意識を集中させて撫でると少しだけ出っ張っているのがわかる。
剣のような持ち方がわからないので、どちらが表か裏かも怪しい状態だけど。
細長い横棒にも細かな砂があるので指の腹につけて取り除いていた時だ。
「うわっ」
ほんの少しの抵抗があったが押し込むことができた。
すると、黒い面に明るい光が灯る。
「な、なにこれ……」
驚く私に、ソフィーとカイリトスも同じように覗き込む。
「あっ……」
「メリア!?」
急激な眩暈に見舞われ、自分の足で立っていられなくなった。
咄嗟に腕を伸ばしてきたソフィーに抱き留められて、地面に倒れることはなかった。
「……なに、これ」
頭の中に知らない情報が溢れてくる。
「どうした? 魔力切れか?」
カイリトスまで心配してくれる。
後頭部にすごく大きくて柔らかい感触が伝わってくるけど、私は小さく首を横に振る。
頭を動かすだけで跳ね飛ばされそうな弾力だ。
「急に眩暈がしただけ」
「大丈夫なの?」
「うん……。私、この魔導器に持ち主だって認められたみたい」
鞘に収まったままの剣で人を切れないように、
指輪のままの魔導器で魔法が使えないように、
私の魔導器は、起動することで効果があるようだった。
「私の魔導器は【スマホ】――なにができるのかは、いまいちわからないままだけど」
これは紛れもなく私の固有魔導器なのだということがわかった。
「それはよかったけど……」
私の手の中にある【スマホ】を覗き込むソフィーが難しい顔をしていた。
「この絵はなに?」
ソフィーが指さす先を見れば、私の【スマホ】には目の大きな女の子が描かれている。
生憎と、これに関しての情報は魔導器からは得られなかった。