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1話 幼馴染と一緒に


『――メリア=アマガセに与えられし魔導器まどうきの属性は炎と雷の――』


 目の前の巨大な箱のような機械が無機質な声でそう言った瞬間、天井の高い講堂の中で無数のざわめきが反響する。


 周りがうるさすぎて聞こえないんだけど、私の魔導器はなに?


 学院で一番才能がない証、ランクEの私だけど、どうにか今日という日を迎えられたんだ。

 さっき一人出て、講堂中で大歓声が上がった聖剣なんて望まない。

 一番ポピュラーな杖をもらえるだけでも私には十分嬉しい。


『――【スマホ】――魔導器【スマホ】――』


 無機質な声が何度か繰り返していたのを、私の耳でもようやく聞き拾えた。


 すまほ?


 すまほってなに?


 機械の下の方が開き、そこから出てきたのは薄くて小さな板のようなもの。

 周りの先生に促されて、私はそれを手にする。

 大きさは手の平より少し大きいぐらい。


 ぼんやりと顔を映し出す黒い鏡のような面が表だろうか?


 え?


 これ、なに?


 私の混乱を他所に、数人の講師たちは私に場所を譲れと言わんばかりに寄ってくる。

 混乱したまま、私は他の生徒たちと同じように距離を取る。


「これで卒業生、全員に魔導器の授与が終わりましたね」

「あなたたちはこれからファニーニ魔法学院の名を背負い、広い世界に旅立ちます」

「魔法使いとして世間の役に立つことが許されるのです」


 三年間、過酷な授業を耐え抜いて、ようやく自分専用の正式な魔導器を受け取ることができた。

 みんな、その感動は大きいようで、講師たちの話をまともに聞いている人は少ない。

 かく言う私もその一人なんだけど……私の手の中にあるこれ、なに?




 講師の先生たちの挨拶が終われば解散。

 三年間通った、この魔法学院にはもう通うことができない。

 巨大な箱のような魔導器を別の世界や時代から取り寄せる転送マシーンにのある講堂に関しては、数えるぐらいしか立ち入ったことがないので思い出はない。

 しかし、広い学院の敷地内は別だ。

 そのせいか、ほとんどの生徒がまだ敷地内に残って思い出に浸っている。


「講師の先生たちに聞いても、私の魔導器『すまほ』についてはなにも知らなかったよ……」


 最後まで講堂に残って粘り強く聞いてみたが、誰も知らなかった。

 未知の魔導器なら研究や調査でもして使い方なりを解明してもらいたいけど、


『魔導器の公事くじは別の世界や時代から取り寄せるもの――そのすべてを解明することは不可能だが、公事によって得られた魔導器は、必ず魔法使いを助けてくれる。信じるのです』


「信じるのです――じゃないよ、ほんとに……」


 振り落とされることなく、どうにか卒業までこぎつけたのに、こんな結末はあんまりだよ。


 講堂の外では、みんな手にした魔導器を収納することなく、自慢げに掲げている。

 大剣、弓、斧、盾、槍……。

 一番一般的な杖だって、色や形に大きさ、同じものが一つとしてない。


「まあまあ、落ち着いて」


 私が唯一、なんの気なしに弱音をぶつけることができる一人――ソフィー=ネイヤーが優しい声で、私の肩に腕を回しながら言う。


 ソフィー=ネイヤー。

 私の生まれた時からの幼馴染――同じ村出身で、同じ年に生まれた女の子。

 それなのに私よりも頭半分は背が高いし、腕や脚も長い……。

 長い髪も綺麗で艶やかで、同じ女として憧れてしまう美人。

 密着された状態で視線を少し下ろせば嫌でも目に入って来る大きな胸。

 これはすごく羨ましい。


「基本はこの三年の授業で習ったことなんだから、その応用なりで使いこなせるって先生たちは判断してるんじゃない?」

「私、最低のランクEなんだけど……」


 座学はそこそこだけど、実技がまるで駄目。

 そのせいで成績が最低ランクのEになってしまった。

 実技で足を引っ張っても、座学が飛び抜けて優秀ならばCかBぐらいにはなれたかもしれないが私は平凡なのだ。


「メリアの悩みもわかるけど、それよりメリアだけのものがあるじゃん」


 優しいソフィーが私を励ますために言おうとしてくれていることはわかる。


「――おい、あんな落ちこぼれが二重保有者デュアルホルダーだってよ」

「宝の持ち腐れだよな」

「あんなやつより俺の方が百倍有効活用できるね」


 言葉に実体があるのなら、それは悪意や敵意といったものに違いない。

 背中から聞こえた男の子たちの声が私の背中に刺さる。


「気にしない気にしない。あんなのは珍しいメリアへのひがみなんだから」


 そう言ってソフィーは私の頭を抱き寄せて撫でてくれる。


 二重保有者――これも授業で習ったものだ。

 魔法使いの使う魔法の属性は基本的には四つ。

 炎。

 水。

 雷。

 風。

 得意な魔法の属性というのは先天性のもので、生まれた時から決まっている。


 それを初めて知ることができる機会は、先ほどの器公事で固有の魔導器を手に入れる瞬間であり、魔法に関わらない人間は知ることがないまま一生を終える。

 しかし、簡単ではないが魔法の鍛錬を続けていけば、二重保有者にもなれるが、その道のりはかなり険しい――らしい。

 そのため魔法使いになれた者は、幅広く魔法を獲得することよりも、得意な一つの属性を極めることが推奨されている。

 二種類持っている私は、二つ目の属性を獲得する手間や労力をかけなくて済むため、とても珍しい存在なのだが、そんな貴重な二重保有者に魔法の才能がないのだ。

 当人の私も、周囲の他人も、笑うに笑えない。


「……そんなことないよ」


 魔導器――一番一般的な杖以上の物を望んではいなかったが、杖ですらない現実がショック過ぎて、二重保有者というのをすっかり忘れていた。

 いや、忘れたかったのかもしれない。


「それに言ってたじゃん」


 ソフィーは私の両肩を抱くようにして引き離して真正面から向き合う。


「毎年一人か二人は出る聖剣持ちよりも二重保有者はすっごく珍しいって」


 それが嫌なんだ。

 その珍しさが羨望なんかではなく、ひがみや妬みのものだとわかっているから辛い。


『どうして、あんな成績最下位の落ちこぼれが――』

『あんなやつが二重保有者を獲得するよりも、俺がもらった方がいい――』


 称賛や祝福の言葉なんて一つだってない。

 全部、私の耳にまでしっかり聞こえる陰口だ。


「ごめん……」


 私は涙を堪えきれなくなって、どこへともなく走りだした。

 一瞬、背後からソフィーが私の名前を呼びかけたけど……。

 私の足は止まらなかった。




 卒業の雰囲気や興奮が冷めやらぬ講堂から離れ、人気のないところで足を止めた。

 屋内と屋外の練習施設が並ぶ、その間だ。

 建物が大きいせいで一日中薄暗い。

 私は建物の壁を背にして膝を抱えて俯いた。

 逃げたって現実は変わらないのに。

 大好きな幼馴染のソフィーに泣いているところなんて見せて心配をかけたくない。


「もう一回……器公事うつわくじやってもらえないかな……無理かな……無理だよね……」


 俯いていると、地面に落ちた涙の粒が黒点を作る。


「ソフィー置いてきちゃったし……帰る場所、同じなのに……これからどうするかも決めなきゃいけないのに……」


 どうして魔法使いになんてなろうとしたんだっけ――?

 こんな思いをしてまで――。

 努力をしても、こんな結果しか出せなかったのに――。

 ずっと手に握っていた魔導器『すまほ』を見れば、周りが暗いせいか、さっきまでのように自分の顔は写らない。


『おい、お前たち!』


 突然に聞こえた男の子の怒鳴り声で、心臓がビクリと跳ね上がった。

 慌てて周囲を確認してすぐに気づく。


「『お前たち』……私のことじゃないか」


 私の近くには誰もいない。

 フェンスで囲われた屋外練習施設の入り口に誰かが立っているのが見える。


『なんだ、お前……ってチビか』

『なんの用だ?』

『俺たちはもらったばかりの魔導器の練習がしたくて忙しいんだ』


 三人の男の子の声には聞き覚えがある。

 いつも私を馬鹿にしていた元クラスメイトだ。

 じゃあ、それに突っかかるような相手には一人しか思い当たる節がない。

 私は立ち上がって、そいつの行動を止めるために走り出す。


「俺たちと決闘をしろ!」


 遅かった。

 運動神経の悪い私の足が特別遅いわけではない……と思う。


「決闘? お前とか?」

「俺たちだ。――なあ、メリア」


 三人の背中に隠れて姿が私の目には見えないが、そいつが私に向けて言うものだから、三人の視線が一斉に私を見る。


「……嫌だけど」

「そうか……。でも、俺は一人でもやるぞ。大切な友達を馬鹿にされて黙ってられるか」


 私よりも背の小さな男の子。

 私とソフィーの幼馴染でもあるカイリトス=ハルル。

 三人いる同じ村出身の同い年の幼馴染だ。


「おいおい、三対一かよ」

「まあ、サンドバッグにはなるんじゃね?」

「死なないように手加減をするのが大変だぞ、これ」


 三人は下品にゲラゲラ笑いながらカイリトスを見下ろしている。


「――カイリトス、私が手を貸すよ」


 カイリトスを名前で呼ぶ同級生は、この学院には私以外に、もう一人しかいない。


「ソフィーか、助かる」


 そちらを一瞥だけして、すぐに協力を快諾するカイリトス。


「私……」


「お前たちお荷物三人組と同期だと思われるのも癪だしな」

「ここで叩き潰してやるか」


「私も! や、やるよ……」


 大きな声を出して会話に割って入ったことで、興味を失っていた私に三人組に視線を向けられ、私の声は尻すぼみになってしまった。


「なら、一時間後にここだ。お前たちのような落ちこぼれ連中じゃ魔導器の展開オーバーすらできないかもしれないしな」


 またしても、ゲラゲラ笑う三人組。


「逃げたきゃ逃げればいい」

「腹減ったから飯食いに行くか」


 そう言いながら私たちに背中を向けて、どこかへと行ってしまう。

 情けないことに、私の両脚は生まれたての仔鹿に負けないぐらい震えていた。



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