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竜と老人  作者: 日南田 ウヲ
97/122

その97

 

(その97)


 握りしめる。

 掌の汗を。

 ロビーはそれしかできなかった。空から舞い降りて来る空鷹(ホーク)

 咄嗟に浮かんだのは野を跳ぶように跳ねる小動物達の事だ。彼等は自分達の小さき王国で生きている。しかしそれは平和ではないのだ。危険は自らの背にある。そう彼らは空を支配していない。そして自分達を襲う最も困難で避けることができない『死』は突如空からやって来るのだ。


 ――そう今の俺の様に


 ロビーは視界一杯に広がる何かを見た。あれは長剣。その切っ先は自分へと伸びている。

 竜の背に跨るものを見た時、自分は信じられなかった。何故、あんな所に人が居るんだ。

 あいつは何者だ?

 何故あんな所にいるんだ?

 矢継ぎ早に疑問が浮かんだが、答えは瞬時に閃いた。

(あいつが竜を動かしているのではないか?)

 そう思うと自然に腕が上がった。

 茶色のマントを翻すと弓を番えた。それを放つ。それは空で弾かれたように見えた。

 しかしロビーは狙いをつけながら思った。


 ――尋常なやり方ではあいつは撃ち落とせない。だが落とさなければあの竜に言いようのされるままだ。

(…ならば)

 大型の谷鹿(シェルガ)を狙う時のように、騙し矢と隠し矢を放つ。

 同じ軌道で二度だ。

 一つやは騙し矢、ふたつ矢こそ、獲物を射抜く殺人の矢。

 そうすれば谷鹿(シェルガ)の様に騙し矢を避けて首を下げて戻る首を射抜けるように、あいつの剣の払った隙に矢を撃ち込むことができる。

 そうあいつは尋常じゃない、異常だ。


 ――だからこそ、自分に出来る事をする、最高の技術で。

 しかし

 その結果が今自らに牙を向いている。

 迫り来る長剣の切っ先が陽光に煌めきながら。

 ロビーは手を上げて頭を覆った。観念するしかない。

 もう、それしかできない。

(ええい!!ままよ!!)

 踵が浮いた。

 ずしりとした重さと共に荷台が激しく上下に揺れる。激しい揺れの中で自分の運命が回転する

 ロビーは衝撃で荷台から外に投げ出された。投げ出されて、地面に激しく身体をぶつけた。

 躰をぶつけながらも咄嗟に手を動かす。長剣がえぐったであろう己の肉体を探る。

 だが、

(…切られていない)

 瞬時にそれが分かるとロビーは弓を手にしたまま地面を転がり荷台から離れた。

(やっこさん、俺を仕留め損ねたか!?)

 転がる身体に服が汚れた。

 ミレイの叔父から借りた服。転がる脳裏の中でマドレー叔母の皺が刻まれた優しい眼差しが浮かぶ。服を着た自分を懐かしく見つめる柔らかい眼差し。

 俺はシルファへ行く。

 この服を着て。

 若者の夏は短い。だから思いっきり見て来るのさ。

 シルファの繁栄を。

 叔父や叔母が青春の輝きでその眼に見て来たように。

 だが

 いまはそんなことは気にはできない。

『死』が迫りつつある。

 ロビーは素早く起きると手にした弓を構える。

 構えると背に手を遣った。

 矢がそこにあると言わんばかりに。

 荷台に降り立った空鷹(ホーク)

 それは弧を描く長剣と共にそこに佇んでいる。その姿は今や誰にもはっきりと分かる。

 それは若者だと言うことだ。

 その光景を荷駄の影に潜む者たちは激しい息遣いの中で感じ、また騎乗している騎士達は兜の中から驚きを持って眼で見ている。

 だそこに居るのは人である。

 彼等が何よりも恐ろしいのは岩壁で蹲る巨竜だった。

 それはベルドルン。

 それこそあの暴れ竜なのだから。

 その暴れ竜は動かない。


 ――死んだのか



 誰もがその言葉を発しない。答えを知りたくとも、知りたくない。もし生きていれば…誰もがそう脳裏に思い浮かんでいた。


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