その92
(その92)
ベルドルは反転する。
自分の躰に伝わった衝撃と痛みを感じながら。
しかしながらそれは自らの姿をさらけ出すことになる。だが、と瞬時に手を地面に突くと肉体の発条を弾けさせて、再び空へと舞った。視野の端を流れる光景に翼竜が岩壁にぶつかる様が見えた。長首がうなだれる様に折れ、巨大な肉体が岩壁を滑るように崩れ落ちて行くのが見えた。
――死んだか。
僅かな寂寥感が襲う。自分の長年飼いならした騎竜の最後。
ぎりと唇を噛む。自らの僅かな油断がこのような最後を迎えさせた。
だが戦士として本能が告げる。
――死んだのならまだいい。これで脅威が去る。
眉間に小さな皺が寄る。それがどのような意味を持つと言うのか。
ベルドルは回転する空を舞いながら着地する場所を見た。
荷台が見える。その荷台に弓を構える茶色マントの帽子姿。
――君か。
ベルドルは眼前に迫る姿を捉えた。
ロビーに驚きが襲う。
それは自分が放った矢が上手くゆき、それが巨竜を落としたこと、そしていま一つはその巨竜から空へと飛び出した影がまるで流れ星の様に自分に迫って来たことに対して。
影は真っ直ぐ自分へ向かってくる。その姿まるで流れ星に乗った獲物を狙う空鷹の如く。
自分の立場が逆転した。
今や自分は狩られる立場にいるという事に。
だが、ロビーに何ができようか。自分が先程放った矢で、もう手元には何も残っていなかった。