その91
(その91)
問いかけにベルドルンは僅かに顔を上げた。だが異形の面持ちからその意図をミライは察することができない。僅かに人としての姿形をしている唇の奥から出て来る言葉を待つしかない。
翼がはためく。風を巻き起こして。
ふわりと空へ伸びた飛影を追った自分の目は、眼前に降り立つ彼を見た。
翼が閉じられ、影が自分の頬から逃げてゆく。
ベルドルンの腕が伸びて来る。
ローは腕に抱いたまま。
その伸びる腕に倒れかかるように身体を預けるローの肉体をシリィが抱きかかえる。彼女は抱きかかえて跪くと優しく、老人の頬を指でなでた。老人の顔は出血により顔が青白んでいる。だが息はしている。だがシリィは直感的に感じた。意識はなくとも肉体の内なる心臓はまだ鼓動していると。
「…おじい様、おじい様」
揺れ動かし、祖父を呼ぶ。
不思議だと思うべきだろう。
ベルドルのレイピアは確かに老人の心臓を突いたとみるべきなのに、老人は胸から出血しながら身体には温もりがある。蒼白ではあるが訪れるべき死は遠くにある。
それはミライにも分かった。分かるとベルドルンを仰ぎ見る。
「…これは、どういうことなんです?ベルドルン殿」
――…それは、どういう意味です?ベルドルン殿
同じ真意を問うミライの言葉。
ベルドルンは異形の眼差しで三人を見る。その眼差しは問いかけの真なる答えを知り得る者だけが持つ困惑を振り払うべき強さがあった。
「…人間の心臓と竜の心臓、竜人族とその忌み児達、そしてルキフェルとオーフェリアの悲劇…」
ベルドルンの唇が動く。
「ミライ殿…、そしてシリィ。君達に聞いてほしい」
二人の眼差しがベルドルンを捉える。
「それらはすべて固体種が持つ定めによって引き起こされた生命的現象なのだ…」
そこで突如ベルドルンはレイピアを地面に突きたてた。突き立てると、胸を押さえ苦しみながら装具の足を地面に突けて蹲る。
「…ぬぉおお…」
苦痛にゆがむ声。
その声に二人が驚く。目の前で突如変わり果てて叫ぶベルドルン。
「…ベルドルン殿!!」
ミライが蹲るベルドルンに側で膝まずく。
何かが音鳴く落ちてゆく。
ポトリ…
ポトリ、ポトリ…と
「これは…」
ミライは膝まずくベルドルンの装具を濡らす朱を見た。それはベルドルンの唇から照れる血だった。それは唇の端から細い糸を垂らす様に装具へと落ちているのだ。
――何かがベルドルンの体内で起きている。
「ベルドルン殿!!」
ミライが再びベルドルンを呼ぶ。
シリィもその様子を見ている。何かがベルドルンに起きている事を認識している眼差しが、大地に落ちる血の雫を見る。
落ち行く血の雫。
それは自分の体内にも流れている。
分かっているのだ…
――そう。自分は紛うこと無き、この異形の戦士と血を分けた親子だという事を
「…あまり、私の時は…ない」
荒れる息の中で漏れるベルドルンの声。
「ベルドルン殿…」
ミライが戦士に問いかける。
「…何かあなたは知っている、違いますか」
ベルドルンは首をゆっくりと縦に振る。
「その通りだ…」
それから顔を上げる。僅かに唇が色を失せている。
眼差しがシリィに抱きかかえられているローを見る。
「…そう、それこそが私の『決着』…戦いの向こうに辿り着いた先で…こそ、真実は開かれる」
片膝を突いた戦士が何を語るのか、その真実はまた誰かの運命を飲み込むのか。
ミライは異形の戦士の手に触れた。
「あなたが知り得た真実を教えて下さい」




