その89
(その89)
――しまった…!!
ベルドルは躰を反転させながら二つの意味を奥歯で噛みしめる。
一つは油断した、という率直な意味だ。
まず自分を狙った弓は狙いを外さず飛んできた。
自分はそれを薙ぎ払って切った。
しかし、気付かなかったのだ。同じ軌道で寸分の変わりなく、二本の矢が僅かな時間差で放たれていたのを。自分はその初矢を剣で切り弾け飛ばしたのだが、同じ軌道で隠れる様に放たれた矢に気づかなかったのだ。
それは射手がまさかそれ程の使い手だとは自分自身が思ってはおらず、相手を見誤って油断したのだ。つまり相手に対する戦士として尊敬が無かったと言うに他ならない。
だが、それだけではない。
ベルドルはその二つ目の矢を見た瞬時に躱を逸らして避けた。しかし自分はその時見た。首から下げた翼竜笛がその隠れ矢に弾かれて、自分の躰を離れ、絡まりながら峡谷の谷底へ落ちてゆくのを。
それは自分と父の翼竜笛を失ったことを意味する。
ベルドルは瞬時にこれから起きる危機を推し量った。だがベルドルができたことは瞬時の中で少ない。自分は岩壁にぶつかる翼竜の身体から伝わる衝撃から逃れる為に四肢に力を込めて空へと跳躍するのが精いっぱいだった。
押せ迫る新たな脅威の危険は、自分が空から着地した時、分かるはずだ。ベルドルはそう思いながら自分の躰に伝わった衝撃と痛みを感じながら地面に映る自分の飛影を見た。