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竜と老人  作者: 日南田 ウヲ
87/122

その87

(その87)


 ベルドルンはローの眼前に突き出したレイピアの切っ先が僅かに下がるのをローが呟いた言葉の為だととは思っていなかった。

 それは自分の胸の内を鼓動する心臓が激しく脈立ち始めているのを感じたからだ。それはどういうことか。

 ベルドルンは小さく息を吐いた。吐く息の中に熱が混じる。

 竜人族(ドラコニアン)が本来の竜性ともいえる肉体を動かす為には、それを動かすためのもう一つの心臓が必要になる。それは竜の心臓(ドラゴンハート)と呼ばれ、つまり人間本来に備わる心臓と共にこの心臓を動かす必要がある。

 つまり竜人族(ドラコニアン)には二つの心臓が備わっている。そしてその二つを同時に共鳴するかのように動かすには多量の血液が必要なる。そのことは竜性としての力の倍増を促すが、同時に急激な体力の消耗に陥る。

 そしてベルドルンはその消耗を感じて、僅かに切っ先が下がったのだ。

 肉体は衰えている。いくら鍛錬をしようともそれは認めないではいられない。

 年老いても精神の瑞々しさは失われないかもしれないが、だが肉体は若者の頃の様にはいかない。

 それでも尚、日々鍛錬を怠らなかったのは、やがて来るだろう今この瞬間の為にあった。それはやがて実り、精神の緊張が自分を奮い立たせ、今まさにこの瞬間にいる。

 失われた足は招き寄せた客人に依って見事なまでの装具で十分に失われた機能を補ってくれている。後は、力を得ることが武人として戦いに臨むことができる。だからこそ、自分は竜人族(ドラコニアン)の戦士としての真の姿でこの眼前の戦うべき相手と相まみえたのだ。

 しかしながらそれはもう一つ大きな隠れた意味があった。それこそ、いま語られた者の『死』の真相に迫るものだった。

 自分は気付いている。

 時を経てその真を知り得たのだ。

 だが、恐らくローは気付いていまい。

 神話で語られているルキフェルとオーフェリアの最後は、まさに竜人族(ドラコニアン)として生理学的特徴を明かされてみれば、全てが簡単明瞭なのだということを。

「ベルドルン」

 ローが苦笑いをして目を向けた。

「息が上がっているのか?剣が下がっているぞ」

 そう言われた時、レイピアの剣先はローの拳で叩き落とされ、瞬時に全体重の掛けられた足で踏みこまれた。

 だがベルドルンは抑え込まれたレイピアを難なく捨てることを選択すると、後ろへと勢いよく跳躍し回転して着地した。


 バァン!


 短い音が響く。

 ローの構える銃口から煙が上がっている。ベルドルンは着地したまま動かない。

 静寂と沈黙が二人を覆う。放たれた弾丸がいずこに向かったのかを知るべき時を得るために。

 だがベルドルンには分かっていた。弾は自分を逸れて彼方へと去ったという事を。

 息を吐いてベルドルンが言う。

「…撃てたものを、君はわざと外したのか」

 ベルドルンが呟く様に言う。

 ローは腰に下げた革袋に手を入れるとベルドルンを気にする風もなく、弾を銃に込めた。

 籠めると足で踏んだままのレイピアを蹴り上げる。蹴りあがるとそれは円を描く様に飛んで、やがてベルドルンの手元に収まった。

 まるで曲芸の達人のような遊びだった。

「まだ始まったばかりだ。それで終わりでは我々の長年の互いへの思いはつまらないだろう、違うか?ベルドルン」

 ベルドルンは手にしたレイピアを横に払う。それから今度は面前に死直に構えた。異形の面構えがローを見ている。

 鷲竜(グリフォン)を模した兜を被る戦士の眼にローが銃の撃鉄を引くのが見え、腕がゆっくりと伸びてピタリと止まった。

「次は外さない」

 ローの顔から穏やかさが消え、鬼気に包まれていく。

 ローがベルドルンを見る。

「長い間、我々は互いに死んだリーズの事を思いながら生きて来た…」

 響くような声にベルドルンは意識を集中させる。何かを感じたら直ぐに剣と身体を瞬時に動かせるように。

「お前こそ…」

 言葉が途切れローの中で強い感情が揺れ動く。

「お前こそが、リーズを殺したのだと互いを呪う気持ちでな!!」

(来る!!) 

 ベルドルンは構えたレイピアをどうすべきか、瞬時に判断して動いた。

 ローが引き金を引く。


 バァァン!!


 放たれた弾丸は残響よりも早くベルドルンの肉体を貫かんばかりに回転して飛んだに違いない。

 しかしながらベルドルンはまるで弾丸の軌道が分かっているとでも言うのか、構えていたレイピアを素早く横に払った。払うとその姿勢のまま耳奥に響く音を確認した。

 キィィンという鋼が摩擦して弾ける音が響いた。

 弾丸はベルドルンの剣で払われ、地面に深くめり込んだ。

 ローは眉を寄せて呟く。

「…ほう、流石に変身した竜戦士(ドラゴンウォーリア)の成せる力か。弾丸の軌道すらもその目で見通すことができるとはな」

「ローよ。悪いがこの心臓を狙ったところで私は直ぐには倒れないぞ」

 ベルドルンの放った言葉は戦場に小さな混乱を招き、何事を言うのかという驚きをローは相手に向かって吐露した。

「…何を言う?意味の分からぬことを」

「意味が分からぬ?か…」

 ベルドルンはレイピアを眼前へと戻すと腰を低く落として、腕を引きながらレイピアを肩に並ぶように水平にすると鋭い突きを繰り出す構えになった。

 それから息を吐きながら言う。

「…だろうな。だがそれを知らねばリーズの死の真相も君は分からないままだ」

「何だと!?」

 ローが思わず声を出して叫んだ時、ベルドルンが竜巻を背負った錐のように、自分へ向かって飛びこんで来た。


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