その61
(その61)
羊皮紙を広げて声高に言う。
「貴殿はルーン渓谷の最上にある『鷲の嘴』でつり橋を渡る荷駄の警護をするように」
ローがそれを丸めるとロビーの方を見てにやりと笑った。
茶色のマントから腕を出して、老人が読み上げた羊皮紙を受け取ると黙読する。
「成程なぁ。ちゃんと国王の印がある。王様、直々のもんだな」
読み上げた羊皮紙をくるりと巻くと、それをローに手渡す。それを老人が懐にしまう。
「準備なんぞ、この書を貰ってからいつでもできてるわい」
言ってから肩に麻ひもでくるまった大きな筒を背負った。腰には幾つかの小さな袋を下げている。
その背をミライが見つめる。
背に背負われた物、それはおそらくあの暖炉の中に仕舞われた大きな銃、見れば砲のような巨大な何かを撃ち落とすためのあの銃。
それを軽々と背負い、音を立てて足の装具を叩く。
「ミライ、こちらの方はガタが来ていないだろうな。背負った奴は毎日、儂が手入れをして問題ないが」
ミライは軽く顎を引く。
「そっちの方も問題ないさ。少々でかい砲でも銃でもぶっ放しても支障はない」
それを聞くと眉を動かして張り出した顎を撫でながら、にやりと笑った。それから少しだけ寂しそうな表情をして老人は孫娘を見た。
「シリィ…」
老人の言葉の響きに僅かな躊躇いがあるのが分かる。しかし孫娘はそれについて何も気にすることなく笑った。
武人の出立の門出に涙など禁物だ。それは戦場で武人に思いもしない躊躇いを持たせ、それが死を招くことがあるからだ。だから思いっきり笑顔で言った。
「大丈夫。心配しないで。必ず戻って来て」
ローは何言わず無言で頷いた。
昨晩、夜の訪問者がやって来て全てを明らかにして去った。
何もこれ以上語らうことは無かった。
時が来たのである。
――互いに分かったものを一つにする時が。
ロビーは別れに耐えきれないのか被った帽子の鍔を下げて俯いている。そのロビーの肩をミライが叩く。
「ロビー気を付けて行ってくれ」
友人の言葉にこちらも無言で頷く。頷くと数歩歩き出す。歩き出しながら老人に言った。
「それじゃ行こうか、ロー。今から行けば丁度砦を抜ける一番荷駄隊に間に合うだろう」
その声に老人も頷く。
頷きながらミライをじっと見る。その眼差しの奥に潜む言葉の意味をミライは噛みしめる。
老人はくるりと背を向けるとロビーの後を続くように歩き出した。大地を踏む装具で老人の肩が揺れている。
すると揺れる肩から手が伸びて、やがて二度揺れた。
それが任務に向かう老武人の家族への別れの合図だった。