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竜と老人  作者: 日南田 ウヲ
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その6

(その6)



 静かな月夜に訪れた客人。

 彼はすらりと伸びる腕を伸ばし長刀を月光に照らしたまま微動せず、その眼に映る栗色の瞳を凝視して驚きを浮かべている。

 若者はシリィの栗色の瞳を見て言った。


 ――母上と・・


 呻くように呟いた若者の言葉。

 ミライは若者の表情を見つめる。

 今宵の招かざる客人は良くもこれほど自分を驚かすものだ、ミライは心の中で苦笑して思った。

 小さな礫を瞬時に弾く剣技だけでなく、見知らぬ者を母と言うこの若者。


(何者だろう?)


 美しい相貌を見れば、自分と同じぐらいの年頃に見える。しかし、その振る舞いと言葉遣いが彼の年齢を少し大人に見せているのかもしれない。


(シルファの貴族でもなさそうだ)


 金の刺繍された服を見れば、それがシルファの服ではないのが分かる。海上国家の彼等はこのような煌びやか物は好まない。海へいつでも出れるよう、動きが俊敏に行える装飾の少ないものを好むからだ。


(となると、・・アイマールとシルファの文明圏外からの客人ということになる)

 心の僅かな疑問が、ミライの口元に微笑を浮かべた。ミライはシリィをゆっくりと後ろに押しやりながら言った。


「名を知らぬ人よ、すまないがその剣を下ろしてくれぬか?話を聞こうにもそれでは気まずい」

 若者はそれにはっとしたのか、剣を音も立てず鞘に仕舞うと背を正して、頭を下げた。

「申し訳ありません。ミライ殿、わたくしはさる王国に仕える護衛兵でベルドルと申します」

 丁寧な言葉遣いだがそれが少し乱れている。心のどこかにまだ動揺が残っているのが分かった。

 顔を上げた若者の美しい相貌に浮かぶ瞼は薄く閉じられているが、その視線が交互に揺れている。

 おそらくミライと後ろにいるシリィを見ているのだろう。

 動揺を隠そうとする心の動きが、ミライの心の緊張を解いた。


 ――彼は具師である自分に用があるようだ。


「ベルドル殿」

 月明かりの影を包む優しい声で若者に言う。

「君の用件を伺いたい・・・、とはいえ僕は具師だ。それならばその用件は誰かの補装具を作るということなのだろうけど」

 ミライの言葉に若者の頬に朱が染まった。若者も緊張が解けたのか、息を吐いて微笑を浮かべる。

「そうです。ミライ殿、実はあなたにお願いがあります」

「聞きましょう」

 若者が小さく頷いた。

「この願いはわたくしではなく、私の父の願いなのです」

「父上の?」

「そうです」

 短い沈黙があって若者が話し出した。

「実は父はある戦で足を失いました。その為歩行がままならぬのです。戦の後はずいぶん心落ちしていたので・・もうこの身体では国の為にも自分の誇りの為にも戦えぬと・・」

 若者の眼差しが暗く曇ったように見えた。それは月明かりのせいではない、若者の心の憂いが曇らせたのだろう。月夜の静かな揺れ動く時間を見つめている。



 ミライは薄く閉じられた切れ長の瞼の中で動く心の動きを見つめる。

 その話が真か嘘かを判断しようとした。若者の眼差しは暗く曇っているがその奥に輝きが見える。輝きを曇らせるのは若者の持つ生来の優しさだろうか。

 月夜の静かな揺れ動く時間を見つめる眼差し、それは誰かに似ている。

 そう・・シリィだ。

 祖父を思う娘の眼差しと同じだった。


 その眼差しの奥の輝きは嘘では輝くまい。


 ――(まこと)だな

 ミライは顎を引く。話を続けてくれて言う無言の相手への合図だ。

 若者は頷き、話し出した。

「しかし、ミライ殿の噂を父が聞いたのです。どのような身体の不具があろうとも、その機能を元に戻す、いやそれ以上の力を発揮させることができる装具師が居ると。それでわたくしをミライ殿の元へ使わせ、願いを聞き入れてもらい、館へ御連れせよと」

 話し終えると、若者は黙り込んだ。それはミライの返事を待つためだろう。相手の考えに対して返事を急ぐようなこと無い、そんな丁重な態度だった。

 ミライはもとより断る理由はない、と理解していた。具師は求められてはじめてその存在がある。それがどこの国で在ろうと出向き、その者の身体の機能を手助けし、またそれ以上の機能を与えるのだ。

 人々は具師の事を装具師と言う一方で、魔導師というものを少なくない。なぜなら装具をつけることにより遥かな機能を手に入れ、それが戦いにおいては常人以上の働きを見せるからだ。

 訪れたローもそんな一人なのである。

 祖父の作った補装具により暴れ竜を撃ち落としたのだから。


 ――しかし、

 ミライの眼差しは若者を見つめる。


 一体この若者はどこから来たのだろう?


 いや、それだけではない。

 なぜシリィを見て咄嗟とは言え、「母上」と言ったのか?


 (聞かねばならない、分からぬことは自分の命にかかわるからな・・)

 ミライは額まで掛かる黒髪の下から月夜の明かりを受けた目を光らせた。


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