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竜と老人  作者: 日南田 ウヲ
53/122

その53

(その53)



 季節がいくつ巡っただろうか。

 遠くに見える山並が白くなった時は過ぎ、命が芽吹く時がやって来ては、過ぎて行った。

 雲は風に流れ、激しい夕立の雲は自分の孤独を激しく打つ。もし誰かが自分を見れば幾何の時が過ぎれば、そのように老いるのが早いのかと問いかけるかもしれない。それ程、ローの中での時間は肉体と精神を縛り続け、何かを奪い去って行った。

 リーズが出てもうすぐ二度目の夏至が来る。そう、それはアイマールにとって隣国シルファへの荷駄を運び、塩を持ち帰る旅が始まることを意味する。

(思えばリーズがあれ程、シルファを嫌うようになったのも、数年前の荷駄の旅に参加したからといえるな…)

 ローは庭先に椅子を出し、乾燥した干し草を見ながら、肩に銃をかけて流れゆく雲を見ていた。その雲先に小さな点を見つめたが、それは風に逆らうように飛ぶ鳥だったろうか、ルーン峡谷の遠くに去って視界から消えた。

(娘が何を見たか、それは聞くまい。アイマールの者にとってシルファの煌びやかな栄華は厳しい山岳の土地暮らしから見れば夢のようなものだろう)

 銃を肩から取って自然と構える。干し草の隙間から小さな風が吹き、その風に乗った羽虫が一匹空へと飛んだ。それは小さく旋回すると、静かにローが構える銃身の先に止まった。

 カチッ

 ローが撃鉄を引き下ろす。しかし羽虫はそれに怯える風もなく唯、静かに羽を仕舞って銃身を枕に眠りについたように動かなくなった。

 ローは思索を続ける。

(しかし…その一方でシルファの人々が自分達に見せる視線を感受性の強い若者が直に感じるにはあまりにも…残酷かもしれん。属国というか、隷属国というか、彼等が我らを見る視線の先には…どこか蔑みも含まれていることだから)

 風が吹いた。それがローの頬を撫でて行く。

(生まれた国が違うからと言って、何も変わるまい。我々は同じ人間なのだ)


 ――同じ人間なのだ


 そこには僅かにローの複雑な感情が混じる。

 俺は同じ人間か?

 銃を構えたまま動かない。


 竜人族という真か嘘かもわからぬ存在だった自分は、その疑念を振り払う本当の竜人族と出会った。

 若者はベルドルンと言った。


 ――竜の血が竜を求める。因果ともいうべきか…


(トネリ…)

 それは友人が自分に呟いた。

(俺の中に竜の血があるのであればリーズにも僅かに或る筈だろう。娘は純粋な人間ではないのだ…)

 ローは首を強く横に振った。


 ――俺は恐れている。

 それは一体何を?


 自分は妻のリゼィが亡くなった様を知っている。

 それはそれで仕方がないことかもしれない。トネリはあの夜、自分が求めていた答えを運んでくれた。

 それは竜と人間が混じることにより、人間の女は呪詛を受け、水となって花になる死を受け入れなければならない。

 ローはもう一度自分に問いた。


 ――自分は恐れている?

 それは一体何を?


 構えていた銃を静かに下げた。

 すると下がった銃身に足を踏ん張っていた羽虫が堪えきれなくなり、羽を出して空へと舞い上がると、やがて道向うの森へと飛び去って行った。


(俺は聞いたのだ)


 何を?


 自問する眼差しが吹く風にさらされながら流れゆく雲を見つめた。

(そう…まるで森の中にある無数の木々の中から無作為に選ばれた二枚に異なる葉が空へと舞い上がる音。ベルドルンとリーズの二人を見た時、自分は確かに聞いたのだ)


 ――選ばれた二枚の対葉


 その葉の行方を二人の若者の眼差しが見つめている。二枚の葉が風で交わり、やがて重なる様に大地へ落ちてゆくその視線の先を。

(俺は思った。いつかそれは重なり合い、季節はいくつもその葉の上をめぐるだろう。季節の移ろいで互いは腐りながらも、やがていつか混じり合いながら、きっと同じ種になろうと交わろうとするに違いない)


 ――それは自然の摂理に従うように。


 ローは拳を握る。

(リーズにもしその時が来れば俺は父親としてどうすべきか?)

 ローは立ち上がる。立ち上がると銃を肩に下げて、庭を出た。

 ローは装具の足音を立てながら、森へと進んでいく。

 まるで先程飛び去った羽虫を探そうとでも言わんばかりに。


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