その46
(その46)
「一番鳥の鳴き声が聞こえ目覚めた時、既にリーズは家には居なかった」
老人はランプに照らし出されて揺れ動く自分の影を見つめていた。そこには寂寥ともいえる思いが浮かんでいる。
見つめて揺れ動く影の中に過去の誰かの面影を探しているのだろうか。
ミライは小さく息を吐いた。横に自分を見つめるシリィが居る。
――老人の眼差しの向こう側に誰がいると言うのだろうか?
「予感をしていなかった訳ではない。ただ幾分か突然だったのは事実だ」
それから手をこする様にして顔を覆う。
「儂に残されたのは手製の木杖のみ。それ以後二人がどこに向かったかは…、恐らくベルドル殿の方が良く知っているだろう」
帽子の羽飾りが僅かに揺れ動く。
「それを聞こうとは思わん。その行き先で得たことがどのようなものを互いにもたらしたかなどは二人にしかわからないことで、老人にとっては不要なものだ。それにその時、儂は捨てられたとかそういう悲壮な絶望を感じたわけではない」
覆う手をゆっくりと膝に下す。それから若者を見た。
「若い者は誰でも立ち上がり、自分という運命というものを見定めたいと言う時がある。娘のリーズにもそうしためぐりあわせが来ていたのだ。そう、それはベルドルンという竜人族の若者が扉であり、きっかけだったのだ。だからいずれ戻って来るだろうと儂は思った」
言って僅かに笑う。
「若さとは時にそういうものを引き起こす力がある。そう、今の貴殿のように」
若者の睫毛が動いて老人を見つめる。
「貴殿だけではない。ミライにもシリィにも…若さというものはそういうものなのだ。未来を、運命を自分で引き寄せたいと願うのだ」
それから視線をミライに向けた。
「しかし不思議なものだ。訪れる者は多くを語ろうとするが、去る時と言うのは何も語らない。それが世の別れの常と言うもんかもしれんな」
――去る時と言うのは何も語らない
――それが世の別れの常と言うもんかもしれんな
ミライはその言葉を受け止める。まるで自分の祖父との言葉無き別れを言っているのではないかと思った。
「しかし…」
老人が言う。
「世の常とは不思議さとも背中合わせかもしれん。二人が去った日の夜…」
ミライの眼差しを老人が見つめた。
「お前の祖父が尋ねて来たのだ」
(祖父が…?)
驚くミライの横顔をシリィが見つめる。ランプの明かりがシリィの揺れ動く影をミライの頬に落とす。
「そう、トネリがまだ乳飲み子のお前を背負って」
「僕を…?」
ミライが目を見開く。
「そうだ。この肖像画と一緒にな」