その27
(その27)
夜は訪れる。
誰にも平等に。
それは誰も逃れられないことなのだ。
しかしそれは逆を言えば、必ず朝が来ると言うことではないか?
夜が来れば朝が来る。それから誰も逃れることはできない。
風の音は聞こえない。遠くで鳴いている鳥や虫の声すら聞こえない。
音の消えた静寂の夜。
(こんな夜に輝く朝は来るのだろうか?)
ミライは振り向いた。
老人は椅子に腰かけている。夕暮れから一人、静かに瞼を薄く閉じてパイプを口に咥えて椅子に腰かけて窓の外に広がる夜の闇を見ていた。
――おそらく今夜、客が現れる。
――今宵はその準備をしておこうじゃないか。
あなたは確かにそう呟いた。
夜がミライに囁く。
ミライは老人の皺の深くなった相貌を見つめた。
ランプの明かりがその皺の濃さを彩る。老人の眼差しは夜の暗闇を見つめている。
あなたは誰をその暗闇の中に待っているのか?
その待ち人とは誰なのか?
ミライは老人を見つめる。
老人の眼差しは獣を追うような厳しさはない、いやむしろ果てしなく優しい。自分の運命さえ受け入れるそんな者が持つ眼差しの様だ。
――あなたはこの夜が来ることを待っていたのではないか?
(問わねばならない)
そう思ってミライは立ち上がった。それを見てシリィが頷く。彼女もミライに続いて立ち上がった。
――その時、老人の瞼が動いた。
「・・・?」
ミライがシリィと顔を合わす。
老人は瞼を大きく開くと口元に微笑を浮かべた。それから窓の外にみえる何かを見ようと顔を動かした。
「ロー・・」
ミライが老人に言葉をかける。老人はミライの方を静かに向くとゆっくりと首を横に振った。まるで訪れて来る者の邪魔をせぬように。
(何を見ている?)
ミライは窓の外を見る。そこに輝く月が見えた。
(月・・満月・・?を見ているのか・・)
ミライは耳を立てた。鼓膜を震わす小さな音が聞こえる。
シリィも耳を立てた。彼女にも小さな音が聞こえた。
囁くようにミライへ呟く。
「これは・・誰・・?」
庭の芝を柔らかく踏む音。
二人の耳に足音が聞こえる。
まるで夜の舞踏会へ誘う貴人のような足音、しかしその足音はゆっくりと月明かりを消さぬように慎重に聞こえてくる。
――月明かりを消さむような足音・・
ミライははっとして顔を上げた。
(この足音は・・)
シリィも気づいたようにミライを見つめる。
「ミライ・・?」
シリィに問われてミライは老人を見た。老人は唯、何も言わずその足音が静かに止まるのを待っているようだった。
――ロー、まさかあなたの待ち人とは・・?
扉を叩く音が響く。
それは静かに
月の輝きを邪魔せぬように。
「入られよ、客人」
老人の低く、強い声が客人を招き寄せる。 その声に呼応するように扉が静かに音もなく開いた。
月明かりが部屋に差し込んで、そこに客人の姿を映し出した。
シリィはその姿を見て、ミライの腕を握る。
ミライは月明かりの客人へ驚きを含んだ声を掛けた。
――まさかあなたが待ち人だったとは。
「ベルドル殿・・」
ミライは声を震わす。
声は月明かりに浮かぶ美しい若者の相貌に吸い込まれ、やがて若者の美しい瞼を震わすと若者はゆっくりと月明かりの下、顔を上げた。
互いに対峙するする二人。
しかしミライは若者の表情を見て、この若者が背負う運命を知りたくなった。
その顔はこの上もない悲しみを含んでいたからだった。