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竜と老人  作者: 日南田 ウヲ
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終わり

(終わり)



 小川が見えた。覗き込めば澄み渡る川面の下で泳ぐ川魚が見える。川魚は尾鰭を動かし、流れゆく穏やかな清流の下を泳いでいる。

 ミライがその小魚を追う様に目を遣ると、魚は尾鰭を刎ねて速度を上げて浅瀬の様へ泳いでゆく。視線を追うとその浅瀬には魚の群れが見えた。

 もしかしたら小魚は少しだけ冒険をしようと群れを出たのかもしれないが、ミライの視線に合うとそれを避けるかのように再び群れに戻った。

 そこに群れていたのは小魚の家族がいたのだろうか?

 ミライは静かに川面に手を入れて水を掬い上げた。掬い上げた指から水が滴り落ちる。そしてそれは再び川面に吸い込まれ、自分が掬い上げた水がもうどれか分からないぐらい、波紋を広げて、やがて消えて行った。

「ミライ」

 その声にミライは振り返る。

 振り替えればそこにシリィが立っている。そして不思議そうな顔でしゃがみ込んで川面を覗いていたミライを見ている。

「どうしたの?」

 その声にミライは立ち上がる。

「いや、何でもないんだ。唯、川を見ていたら魚が見えてね」

「魚?」

「そう、小魚何だけどね」

「その小魚がどうしたの?」

 シリィがますます不思議そうな顔をしてミライを見る。

「いや、それがね…」

 ミライはそう切り出したが、突然口をつぐんだ。そこから先ミライは何かを言おうとしたのが、後は首を横に軽く振ると「――いや、いいだ」と言って、シリィの側へと歩き出した。

 それを見てシリィはくすりと笑った。

「何か変ね。ミライ?」

 それにまた首を横に振るミライ。

「いや、いや本当に何でもないんだ、シリィ。何故か急に見とれてしまってね」

 言うと困り果てた若者の手を彼女が取った。

「さぁ、行きましょう。おじい様がまってるから」

 ミライは頷くとシリィと共に歩き出した。その時川面を刎ねる川魚の音が響いたが、それにミライは振り返ることなく、彼女と共に歩き出した。



 刈り取られた草の中で白い花が二つ咲いている。

 穏やかに吹く風に白い花弁を揺らし咲いている花を竜人族(ドラコニアン)ではこう言った。


 ――枯れぬ(オーフェリア)


 この花は遥か古代に生きた伝説上の竜ルキフェルの妻の名を頂いている。ルキフェルの妻は子を身籠り、やがて竜の呪詛により、肉体はその源である水へ還って、やがて土に潜り、そして白い花となって地上に永遠に枯れることなく咲いた。

 それが二つここに咲いている。

 誰も知らぬ森の奥まった草原ともいえる場所。ここにローの妻リゼィと娘リーズの墓所があった。

 アイマールの人々にとって墓所は神聖な場所である。その場所は誰にも隠され、もし新しい家族が出来れば、それを先祖に報告する時だけ他人が足を踏み入れることができる。

 つまり今日はその日なのだ。

 シリィとミライ。

 二つの血脈がこの地に根付くことを告げに来たのだ。

 ミライが墓所である草原に足を踏み入れた時、不思議な記憶がよみがえった。この土地に草花の匂い、、そして見上げる空を飛ぶ空鷹(ホーク)の姿。

(…そうだ、此処は)

 ミライは辺りを見渡す。

(そう、此処は小さな草原(リッドガルド)

 ミライは記憶の底に眠る記憶を呼び起こした。自分は幼き頃、この場所のどこかで祖父に問うたのだ。

 多くの謎が未だこの世界に眠るという事を、この場所で。

 そしてその気高き存在である(ドラゴン)について。

「ミライ」

 シリィが自分を呼ぶ。

 彼女の眼差しはいつもより穏やかで優しい。

 ミライは彼女の視線に誘われるように歩き出した。そしてやがて彼女の手を取ると草原の中を進みだし、やがて小さく円形に刈り取られた場所に咲く小さな白い花を見た。

 白い花が風に吹かれて揺れている。

 ミライは跪くと白い花を見つめた。そしてその花弁に触れた。白い花弁に微かな匂いが辺りに漂う。

「着いたか、二人とも」

 その声に二人が振り返る。

 振り返ると草原を分けて進んでくる二人が見えた。

 それはローとベルドルだった。

 それを見つけるとミライは立ち上がり、やって来て二人に微笑した。

 それを見て二人が微笑を返す。互いの顔が近くまで来ると少しだけローとベルドルは立ち止まったが、ローが背後のベルドルを振り返って何言わず目だけで白い花を追った。

 それでベルドルは頷くとやがて懐から小さな短剣を出した。

 それは『焔蜥蜴の短剣(サラマンダーダガー)』だった。

 ベルドルはそれを手にして、やがて二つの白い花の前に静かに置いた。

 置くと僅かに瞼を伏せた。母親譲りの美しい睫毛に風が辺り、それが漂う匂いを纏わせている。

 母と子の何とも美しい再会だった。

 ベルドルは肩を震わせている。それは誰からも一目見て分かるが、しかし誰もそれを問うことをしなかった。

 雲が小さな草原(リッドガルド)の上を流れている。ここは全ての始まりの地なのだ。

 若きベルドルンとリーズが出会い、そしてミライが祖父に問うた場所。

 そして分かった二つがやがて一つの源に還った場所なのだ。



 ――小さな草原(リッドガルド)

 風が吹く度に草が左右に揺れる。小さくの美しい緑が揺れる草原。

 その中でベルドルもローも唯、二つの白い花を見つめている。

 確かにその花は竜人族の間では枯れぬ(オーフェリア)と呼ばれているかもしれないが、人間の間では唯の野辺に咲く名も無き花に過ぎない。

 そしてその二人が見つめる野辺の花の前で、やがてミライとシリィが手を取り合うと見つめ合い、静かに唇を重ねた。

 微かにだが白い花が重なり合う様に揺れた。

 アイマールに生きる者にとって接吻は『約束』を意味する。

 若い二人が重ねた唇の先に灯る『約束』の意味を、もしあなたが推し量るろうとするならば、この結末に何を思うだろう。


 だがそれは秘密にしてほしい。

 何故ならそれはこの光景を見たあなたの心の中にだけに永遠にあればよいのだから。



 (了)


『老人と竜』この物語に一年以上を費やしましたが、初めての空想物語ファンタジーとしては中々むずかしい着地点になった気がします。現実世界では希薄になりつつある『家族愛』というものを空想世界を舞台に作り上げたつもりが、やはり困難な点を残して着地した気がします。また本文は誤字脱字も多く見られるので、また折を見て推敲するつもりです。

 本作の連載で多くの方に読んで頂き、感謝します。

 この物語はこれで完結を迎えますが、また時間があればサイドストーリを暇を見て書いてみようと今は考えています。

 本当に長く拙い物語を読んで頂いた皆様には感謝いたします。

 それではまたいつの日か再びこの小説の世界でお会いできるのを楽しみにしています。


#日南田ウヲ


2021.10.31

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