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ミリアから見た景色02

「えへへ! ミリアさん、すきなの選んでくださいね!」


 翌日、宣言通りドーナツを持って現れたニアに、ミリアは驚いていた。

 動きの悪い表情筋が若干仕事をし、何度も目を瞬かせている。


 彼と称しているが、そもそもニアは、本当に『彼』なのだろうか?

 疑問に思ったミリアが、彼に注視する。


 人懐っこい笑顔と、短く切られた変わった色の髪。大きな瞳は金色で、くるくると輝いている。

 袖をまくった男子制服はネクタイを緩めており、背はあまり高くない。……むしろ低い。小柄だ。

 何より、女の子らしい顔立ちをしている。


 ……本人も気にしているかもしれない。指摘しないでおこう。

 ミリアなりの優しさで、ニアの容姿についての疑問は、胸の内に仕舞われた。



 一方、ベンチの真ん中にドーナツの箱を置いたニアは、焦っていた。

 中に並べられたドーナツと、紙に書かれた品名とがややこしい。忙しなく見比べ、種類を当てることに必死になっていた。


「ええっと、なんだっけこれ……。あ! これが、たぶんシナモンです! で、これがたぶんアールグレイで、こっちがシュガー? あれ、レモン? ううん?」

「……多分ばかりね」

「うっ。す、すみません……!」


 もっとかっこよくスマートにしたかった……! ニアが微かな声で叫ぶ。

 だだ漏れである。当然正面のミリアにも届いている。彼の慌てっぷりも存分に伝わっている。


 ミリアが小さく噴き出した。

 頬を真っ赤に染めたニアが、うるうると瞳を潤めて、品名の記された紙を差し出す。


「ミリアさん、……一緒にパズルしませんか?」

「レモンはこれだと思います」

「さすがミリアさん!!」


 即座に指差されたドーナツに、ニアの表情が輝く。

 ミリアは貴族だ。庶民のニアとは、そもそもの生活水準が異なる。

 それこそ、この箱にはないチョコ菓子にさえ、彼女の手は容易く届く。


 箱の中を覗き込み、似たり寄ったりの味つけの差を、目視でミリアが当てていく。

 その度にニアは喜び、ほっとしたような顔をしていた。


「よかった……これでスタンダードだと思って食べて、シナモンだった事故を防ぐことができました」

「あなたは、シナモンが苦手ですか?」

「あっ、そうじゃなくて。思ってたものと味が違ってたら、びっくりしちゃうといいますか!」


 慌てたように胸の前で手を振ったニアが、真っ赤になった顔を逸らせる。

 必死に腕で隠そうとしているが、耳に首にと、染まった肌は多かった。


「あのぅ、前にシオとやっちゃったんです……。お互いあべこべに取っちゃって、予想してた味と違って、すっごくむせて……」

「そうですか」

「ミリアさんには、そういう思いをしてもらいたくないので! あのっ、むせても大丈夫なように、お茶もっ! ……お茶、……ッ!!」


 さっと顔色を青褪めさせたニアが、愕然と腰を浮かせる。一気に涙目になった彼は、唇だけで「おちゃ……」と呟いていた。

 ミリアが見渡した限り、彼の周りにお茶らしきものはない。

 どうやら忘れてきてしまったらしい。ぺたんとベンチに座り込んだニアが、暗雲を背負った。

 今にも泣き出しそうな顔で、彼がミリアへ頭を下げる。


「ごっ、ごめんなさい、ミリアさん! お茶、忘れちゃいました!!」

「構いません。食べましょう」

「でもっ、ドーナツって、口の中ぱさぱさになりますよ!?」

「時間もありません。食べましょう」

「あうぅっ」


 おろおろするニアを置いて、ミリアがドーナツへ手を伸ばす。オーソドックスな、何もかかっていないドーナツを手に取った。

 がくりと肩を落としたニアも、彼女に続く。ミリアが当てたレモンを手に取り、うるうると彼女を見詰めた。


「次! 次は、もっとかっこよくします!」

「……期待しないで待っています」


 ニアがますます情けない顔になる。「次こそは!」必死な声は、涙混じりだった。


 ミリアがドーナツへ口をつける。……素朴で、ほんのりとあまいドーナツだった。

 容赦なく口の中の水分を奪っていくドーナツだった。徐々に食べにくくさせる。

 途中でむせる度、ニアが悲壮な顔をした。


 それでも、彼女にはどんなご馳走よりもおいしく感じられた。

 久しぶりに笑った。久しぶりに、あたたかな気持ちになれた。



 後の彼女の『すきなもの』に、ドーナツの名が挙がるのだが、今は当然ニアもミリア自身も、そのことは知らなかった。

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