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毛を毟る猿

作者: 雨雨

私の名はおはぎ。

由緒正しき、柴犬の雄である。

冬の一等寒い時に生まれ、桜のつぼみが膨らむ頃、縁あって現在の主人の家に飼われることになった。

主人の家には主人の他に、その伴侶と娘が二人。

主人は忙しい人なのか、余り家にいないことが多く、たまに散歩に行くときは何とも特別で誇らしい気持ちになるため、いつもより胸を張って近所を闊歩してしまう。

伴侶は普段の散歩と食事の用意をしてくれる、欠かせない存在である。余談ではあるが、私ほどの柴犬は室内での粗相などプライドが許さないので、必ず屋外でする。マンション暮らしの一家には負担かもしれないが、少なくとも1日2回はトイレついでの散歩に連れ出してもらっている。家に私専用のトイレは設置してあるが、幼年期以降使ったことはない。

二人の娘のうち、年上の方は余り関わりがない。こちらも主人と同じく家にいることが少なく、幼年期はそれなりに散歩に連れ出したり、撫でてきていたが、私が成犬になってからは時々気まぐれにおやつを献上してくるという、薄情な奴だ。なので、おやつの献上頻度を上げてやるために奴が帰ってきたらわざわざ奴の部屋の前に寝転んで待ってやっている。主人や主人の伴侶ならば、このようなことせずともおやつをくれるというのに、私の気遣いの程が知れるというものである。

そして、年下の娘。こいつのことを私は猿と呼んでいる。猿は私の遊び相手であり、私をおはぎと名付けた張本人である。おはぎという名前の響きは嫌いではないのだが、由来とそもそもの意味は未だに納得がいかない。私が主人の家に迎えられた初日、私の部屋(ケージ)で休んでいたたら、猿は学校とかいう所から帰ってきて私をまじまじと見て言ったのだ。

「ねぇ、この子って雄だよね?

何でおはぎ付いてないの?

手術まだだよね」

要するに、幼年期の私の股間を見て玉がないと言ったのだ。まだ幼年期故に発達しておらず、目立たなかっただけだというのに、全く下品な娘である。このおはぎという表現のどこに琴線を震わせたのか、主人と猿は私の名前をおはぎと決めた。猿は玉が立派になる様にと願いを込めた等とふざけたことを言っていた。この由来は家族内だけに留めて貰いたいものである。将来嫁に行けなくなるぞ、その下品さを外に出すんじゃないぞ。さて、この猿はうざいほど私に構ってくる。それはもう、時には私が部屋(ケージ)に引きこもり、主人や主人の伴侶に心配される程構ってくる。猿よ、存分に主人と主人の伴侶に怒られろ。


今日も、猿は私を散歩に連れ出し、しつこく、それはもうしつこく全身マッサージして、我慢の限界が来た私はそれを振り切って家具の隙間に隠れるという、戦略的撤退を余儀なくされている。おのれ、部活とかいう野外活動に勤しんでいればいいものを、今日は休みだと?!不運なことに、主人は出張とかで2日前から不在、主人の伴侶はママ友と料理教室に行くとかで先程出掛けてしまった。あんなに一緒に連れていってくれと頼んだのに、無視された。悲しい。上の娘は珍しく家にいるものの、あてにならない。猿が私の居場所に気付くのも時間の問題である。

更に時期が悪い。私は今換毛期なのである。少し毛が浮いてきたのを目敏く気付いた猿は主人の伴侶に風呂に入れるという、拷問を行う旨を報告していた。了承した主人の伴侶を少し恨めしく思う。ご飯をくれなくなったら困るのでほんの少しだけ。

風呂場からザアザアという音が聞こえるが、あれは猿が拷問の準備をしている音だ。間違いない。

ザアザア音がし始めて間もなく、ぎしりと私の目の前に変な模様の足が見えた。猿の足だ。奴は休みの日になると、裸足でなければ変な柄の布を履いているから間違いない。まだまだ見つかったわけではない。落ち着け私。このままやり過ごせるはず!




結論から言おう。

まんまと捕まり、拷問を受けた。

全身丸洗いの上、熱風を浴びせかけられた。暴れて反抗したが無駄であった。噛むという手段は昔一度やったとき、怒られはしなかったものの、噛まれたあと家族全員が悲しげな顔でこちらを見てきたのが辛すぎたので二度とやりたくない。あれは本当に良くない。しかし、私の家族を脅かす輩であれば迷わず噛む所存である。

話が逸れた。

猿は狡猾な策士である。私が見つけられないと判断後、猿は各部屋ー3LDKなのでたがが知れてるがーの出入口におやつを置いたのである。風呂場まで点々と。実に卑怯である。拷問を諦めて私におやつを献上する気になったか、猿めと思った私の優しさを返してほしい。

でもまあ、鼻歌を歌いながら上機嫌で私をブラッシングする猿のことを、私は嫌いではない。

こら、面倒になって毛を毟るのは止めるのだ、猿よ。

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