バイクCBX400
茶吉が知り合いのバイク屋に面白そうだと勧められ、掘り出し物のバイクCBX400を買った。休日、庭で缶ビールを飲みながらそれを修理していると、ちょっと派手目で小綺麗なおばさんが、「そのバイク、譲ってください」と訪ねて来た。「それ、永年探し求めてきた、まぼろしのトキちゃんのバイクです」と言うのだ。シートの下のボックスを開けるとT.Tとイニシャルが彫られていると言うのだ。いや中古屋でさっき12万円で買って来た安物のバイクで、そんなはずはない。とシートを開けてみると、T.Tのイニシャルがあるではないか。なんでも、映画の撮影現場にタカラトキヒコが自前のバイクCBX400に乗って来ていて、それを見た監督が急遽ラストシーンのシナリオを書き換えて、そのバイクで走り去るタカラトキヒコを撮ったのだといういわくつきの映画史的な価値もあるバイクなのだそうだ。
「今までCBX400と見れば片っぱしから買ってきたけどやっと本物に巡り会えたわ!もう探さなくて良いのね、どうぞこれがあたくしの全財団です。お受け取りください。」とジェラルミンケースを寄越した。ざっと一億円が詰まっていた。こんな大金をもらってしまったが、さてどうしよう。銀行に預けたらマルさがはいってしまう。どうやって使おうか?若い頃にはクルマにバイクにあれやこれや欲しいものがたくさんあったけれど、今、欲しいものは何か?と聞かれて、パッと思いつくものがない。改めて考えれば考えるほど、何が欲しいのかわからなくなってしまった。そこにササ美が帰宅して「なに!?この札束!?」とびっくりしている。ササ美にも同じことを聞いてみた。今何が欲しいか?と。すると茶吉と全く同じ反応だった。今、何が欲しいのか?が分からない。何をしなければならないか?は分かるのに、しなければならない事がなくなったら何をしていいのかわからないなんて、調教された象と同じではないか。
じゃあ、二人して、どちらが有意義なお金の使い方が出来るか遊びながらやってみようということになった。5千万円づつ持って、どこへでも好きな場所へ行って好きなモノを探すのだ。
ササ美は地元に有名な画廊があったから絵でも見てこようかなと出掛けて行った。
じゃあ茶吉は学生時代を過ごした横浜元町のアンティーク時計屋へ。大学生だった頃、欲しかったパテックの限定品が10万円に値下がっているので、早速買い求めた。手首にしっくりなじむ感覚を楽しんでいると、「それ!パテックの限定品じゃあないですか!製造番号!何番ですか?」とおじさんが話しかけて来た。裏返してみてみると25番とある。「それ!美空びばりのじゃないか。それ欲しかったんだよ。いくらで売ってくれるかね?じゃあ一億円でどうです?」とそのおじさん。もちろん投機目的で買った時計がなのだから、茶吉にしてみれば文句はない。「じゃあ一緒にそこの銀行へついてきてくれるかね。金をおろすから。」とおじさんは一億円をポンと引き出して、ポンと茶吉に払った。呆気にとられていた茶吉だが、我に返って冷静になってみると結局、お金が増えただけだった。お金を使いたいのにぜんぜん減らないではないか。
どっと疲れを感じて茶吉が家に帰ると、ササ美がスッテンテン音頭を踊っていた。知り合いの骨董屋から今すぐ現金を必要としている人が、ドガの絵を五千万円で売りたがっているという話を聞いたので、ササ美はそれを買いサザビーのオークションで売って一儲けしようと、購入したところまでは良かったのだが、出品しようとしてケチを付けられたそうだ。その作品の本物ならルーブル美術館にありますよと言われたそうだ。
「で?そっちはどうだったのよ」と、聞くササ美に1億円増えちゃったよ。と言うと、地団太踏んで悔しがり、「じゃあ、もう一回勝負しましょうよ」と、ササ美。再び五千万円づつを持ってどれだけ価値を増やせるか?勝負をすることになった。ササ美は「地元になんか帰ったのが敗因だったのよ。過去なんか振り返らずにまだ行った事のないラスベガスに行ってギャンブルで勝負してくるわ。」と行ってしまった。
そうか、ギャンブル勝負か。じゃあ、茶吉も映画で観た事があるドバイへ行ってみようか。飛行機に乗り込み、豪華な機内に圧倒されつつ快適な空の旅を楽しみ、ドバイに到着した。前衛的な建築の空港に着いた。だがそこはかつて映画で観た歓楽街とはうって変わって静かだ。店も会社ももぬけの殻で、建物だけあって中に人がいない。道をあるいている人もいないのだ。映画の中では賑わっていたメインストリートは寂しいシャッター街になっている。もう、カジノどころではなさそうだ。飛行機で隣り合わせた日本人ビジネスマンは船会社に勤めていると話していたが、でももう今月末には、会社が撤退するのでドバイを引き払い、日本に引き上げる予定だと話していたが、こういうことだったのか。
クズハリファタワーに登ろうにもエスカレーターもエレベーターも止まっている。仕方が無いから一段一段足で登り、やっとたどり着いた展望台から眼科を眺めるとすっかり過去の街と化した見渡す限りの砂漠の中、広い道路にはクルマが走っていない。砂に埋もれて廃屋となった豪邸や砂の詰まったプールやスーパーカーが何台も捨てられているのが見えた。子供の頃、茶吉はスーパーカーが大好きで親にねだって買ってもらったカメラでよく撮影し写真を部屋中に貼り付けていた。あの写真の中のクルマの本物が、今砂に埋もれて置き去りにされてそのまま朽ちていこうとしている。もったいなさすぎる。ブームは去ったと言ってもスーパーカーなのだから、日本に持ち帰ればかなりの値がつきそうなのだが。それをやるクルマ屋がいないのか。企業がもうドバイにないのだ。
ないなら茶吉がやればいい。飛行機で隣り合わせた日本人ビジネスマンから名刺を貰ったんだった。最後のひと仕事としてコンテナ船の手配をお願いしてみよう。電話すると快く引き受けてくれた。コンテナ船が着く日時と連絡先などを教えてくれてコンテナを50個ほど用意してくれた。軍資金の中からお礼をたっぷり支払った。茶吉は四駆で砂漠を回って、捨てるには忍びない車を集めてきて、港に乗って行き、コンテナに詰めた。コンテナ1個に車が4台入った。50個のコンテナ満杯の車を無事、船に積み込んだ。船より一足先に日本に帰って、帰宅したら、ササ美はとっくに帰宅していてまたすってんてん音頭を踊っていたが、一方、茶吉は茶吉が救うことができた幸運なスーパーカーのことを想いながらの晩酌は格別にお酒が美味しく、車好きな友人たちに連絡を取っていった。中古車を扱う近所のおじさんにも話をしたら、おじさんは早く見たくていてもたってもいられなくなった。外車のディーラーをしている学生時代の友人や茶吉がよく立ち寄る車の修理工場のオーナーなど、茶吉の車の話を聞いたみんながみんな興味をかき立てられた。ドバイからコンテナ船で遥々海を越えてやって来るクルマたちを想ってみんなが心をときめかせ少年のようにワクワクした。日の出埠頭にコンテナ船が着くその日が待ちきれないほどにみんなの期待はどんどん膨らんでいき、みんながそれぞれに日の出埠頭に船を出迎えに行くんだとますます盛り上がっている。