07 『ターナーの緑』
ターナー。
苦手なものや嫌いなもの。
『ターナーの緑』
カナリーが画家として世に出たのは晩年であり、名を知られるようになったのは没後のことである。コンクールで最優秀作品として賞を受賞したことすらある彼女が何故、世に出なかったのか。
それを描いている作品がこの『ターナーの緑』であるという。
ヒビ割れた鏡を正面に見据えたこの作品には人の姿は無く、鏡に貼り付けられた雑多な植物が描かれている。
生木を思わせる赤茶色の枠組みの鏡。上部は一部欠け落ちて、その黒い穴から伸びた蔦が鏡面の多くを埋めている。蔦は小さなハート型の葉を鱗状に並べてぶら下がり、鏡の中央だけを残し緑に染めている。
残された鏡には三枚の広葉が逆三角形の位置に横向きで貼り付けられている。上で並ぶ二枚には回りを縫い付けるように針葉が鏡面まで突き刺さり、葉の中程で引き裂いて黒い穴をのぞかせている。下の葉は赤黒い苺のような果実が押し潰され、鏡面にめり込んでいる。
果実よりは明るい色の果汁を辿ると渦巻き状の蔓があり、そこからは果汁色の細長い一葉。そこには緑の鏡文字で「食べて(eat me)」と記されている。
果汁の滴りは更に続き、鏡の下を埋めている色とりどりの花の山に消える。花は咲き乱れているが、その全てで虫喰いの穴が縁を黒く染めている。
三枚の葉の周囲や果汁付近は蔦がないが、ヒビだらけで写る景色は灰色にぼやけている。葉の中央にわずかに蔦に覆われたキャンバスらしきものが見えるだけで、奥に見えるのがベッドなのか机なのかも判別できない。
人間がこの絵を見た時、そこに女性の姿を見るという。三枚の葉が目と口、渦巻く蔓はチョーカー、花はドレス、蔦は髪。そのように捉え、この絵をカナリーの自画像であると語る。
カナリーが18歳の春に絵画芸術の大家フィンチから招致を受け、コーディネーターによってドレスアップされた姿が映像として残っている。
花をあしらった白いワンピースは背中を晒し、緑の葉の冠が髪を飾る。黄緑のアイラインは薄く、長毛のつけまつげのほうが目立つ。チークにより頬は薄桃、唇にはピンクの口紅。
このデータは我々がカナリーを調べた際に車載カメラの履歴で確認できた。作品の色合いとは一致しているとは言い難い。
しかし、この姿が録画されたのちにカナリーの受賞は取り消された。フィンチ邸にいたのは数分で、冠をなくしたカナリーが走り去る様子を防犯カメラが映している。屋内の様子は録画されておらず、何があったのかはわからない。
フィンチが不埒な行為に及んだとする意見もある。
カナリーが作品を酷評されたとする意見もある。
作品をフィンチの名で出す、ゴーストになるよう言われたとする意見もある。
これらはフィンチが過去にそうした行動を取っていたこと、それにより告発され現在は失脚していることが理由の一つだろう。
それがカナリーにもあったのか、知る方法はない。
だが『ターナーの緑』は、それがあったことを人間に想起させる。
そして、想像で語られるカナリー像が本人や事実に関わらず、象られていく。
この作品はそれを見越して描かれた、人間たちの思い描くカナリーなのかもしれない。
緑はフィンチの好きな色で、訪問時のカナリーの恰好はコーディネーターが彼の好みに合わせたものです。




