05 『ウッチェロの距離』
パオロ・ウッチェロ。
遠近法を用いた作品。
『ウッチェロの距離』
カナリーの『ウッチェロの距離』は人間の格差を描いた油絵である。カナリーがわずか16歳の頃に描き、またコンクールに応募した最初の作品でもある。
当時の高層ビルの上層部に作られた『空中庭園』と呼ばれる人工公園の広大さを、回廊と木々の奥行きで描いている。
庭園内には多くの人が溢れ、酒やタバコを片手に食事をしている様子や、煌びやかな衣装を纏い歓談するさまが描かれており、その人数は162人にもなる。彼らは一人として同じ服装をしておらず姿勢や仕草なども異なるが、全て成人か老人のみで子供の姿はない。
中央および奥へと描かれているものほど纏う衣装は煌びやかな物になり、人数も少なくなり、老齢に描かれている。手前に来るほどに若々しくなるが、粗野な振る舞いの人間が多くなる。最も手前には半裸で手づかみに食事する男性たちや、髪を掴み衣類を奪いあう女性などが襤褸を纏う姿で描かれている。
それを中程の人物たちが嘲笑い、その奥にいる人物たちは中程の人物たちを冷ややかに見つめている。そして最奥の人間たちは手前の様子など意にも止めていない。
絵画の左端ではタバコを捨てた火が引火して木が燃えており、その手前では火に包まれた男の姿がある。右端では奪いあいでもつれた女たちが、その重みで崩れた足場から今にも転落する姿が描かれている。
それらの上空では空が広がり、等均質の薄い雲が四層に描かれている。
ウッチェロの『森での狩り』を模しているとも言われる構図をしたこの作品は、当時の人間社会への風刺画として焼却処分をされておりオリジナルは現存していない。
四層の雲が同様に描かれているのに対して、人間は奥に行くほど格差が開いていく。これが当時の国政の理想と実状を皮肉ったものだと判断された。
また、人間が死ぬ様子や死に至るであろう様子を描くことが反社会的であるとの指摘があり、処分されることになった。
カナリーが画家として世に出ることを妨げた要因である。
また保全者候補に含まれなかった要因と考えられているが、そもそも彼女は保全要項を満たしていなかった。
今日この存在を知ることができるのは、彼女のその類い稀な再現力による。
現存する『ウッチェロの距離』をオリジナルのデータと比較した際の誤差の少なさは、人間の持つ技巧能力の高さを我々に知らしめる。
油絵による立体的な構図を再現するにあたり、絵の具の性質や湿度や温度などの違いは計算を煩雑にさせる。
それを恐らくは経験による感覚から修正し、彼女は再現している。
若干、色合いにオリジナルとの差が出ていることは同質の画材が無いためであり、やむを得ない点であろう。
オリジナルを描いたのは14歳から16歳の頃とされており、再現したのは22歳の夏から23歳の冬にかけてである。
当時、廃棄処分された絵画情報の閲覧は可能な状態ではなかったため、彼女はこれを記憶だけを頼りに描いた。
その様子は断片的にアトリの視覚情報として保存されており、視覚個持情報の中でも数少ない公開された映像としても知られている。
この映像が確認できるのは、2058年にアトリがカナリーの保全者申請を行った際に提出したためである。
だがその申請は対応すらされず、廃棄資料へと送られた。
現在公開されているのは、廃棄された資料をサルベージし保全者選考委員会を告発したフリージャーナリスト、ラッチの功績である。
映像や音声などのリンク表現がでてくることがあります。
作中の表現なので、実際に皆様が見たり聞いたりは出来ません。
そもそも作者には動画を作るような根気がありません。