02 『ショーヴェの吹き墨』
カナリーのアトリエを描いたモノクロの絵画。
『ショーヴェの吹き墨』
アトリエを描いたモノクロの絵画。
カナリーが22歳の春に描いた『ショーヴェの吹き墨』を一言で言うならば、そうした風景画になる。
彼女は主に油絵を作品として残しているが、その中でも異質とされる一作である。
本来アトリエとは芸術活動の場所であり、必然的に鮮やかな色調を用いて描かれることが常である。
この作品はそれまでのカナリーの作風を一変させたきっかけでもあると言われており、何故こうした表現方法に至ったのかは議論が尽きない。
この作品を描いた当時、彼女は重度のスランプにあったとされ、そのストレスから一時的に色覚を失っていたとする説さえある。
この絵は彼女が住んでいたアトリエの様子を描いたものだが、自身の姿は描かれていない。
木目のある床には絵の具をはじめとした様々な画材が無秩序に転がり、奥には微かに部屋の様子を反射している外の見えない暗い窓、左右の壁には過去の作品がかけられ、その下には重なるようにキャンバスが並び、左手前にイーゼルに乗せてこちらを向いたキャンバス、右奥に脚の歪んだ椅子が転がっている。
イーゼルの上のキャンバスだけが白く、その上に一筋だけ歪に描かれた線は黒。それら以外はその間の灰色を濃淡をつけて描かれ、キャンバス以外が吹き墨でまばらに暗く染められている。
コンクールで精緻な描写を行うと評されていただけあり、『亡き母の肖像のミニチュアール』や『廃屋と庭園』『噴水に遊ぶ童子』など、背景にある自作品の描写は実に繊細に描かれている。
それに比してアトリエ全体は歪みが目立ち、時に線が途切れている箇所などもあり、実に拙く見える。
だが実際の上記作品をモノクロ視および立体視を行うと、彼女の立体構造把握能力は人間としては優れたものだと容易に確認できることもあり、意図的に拙く見えるように描いたといえよう。
精緻な描写が高い評価を受ける傾向が増していた当時、本作品が世に出ることはなかった。
これは部分の精緻よりも多く描かれた稚拙表現が受け入れられなかったためと言われているが、審査情報が存在しないため当時は発表されなかったとも言われており、詳細はわかっていない。
キャンバスがスランプを表し、転がっている椅子がカナリー自身であるとする解釈が主流だ。
だが吹き墨そのものの解釈は定まっておらず、そこにどのような意図をこめていたのかは解釈が分かれている。
才能の欠落への不安などの内面表現。
自傷による出血などの外的表現。
アトリエを洞窟に見立てたとする比喩表現。
またそれら全てであるとする統合表現が、現在における主な解釈とされている。
なお、吹き墨がないのが作品本来の姿であり吹き墨は後年に別の画家が足したとされる説は成分分析によって否定され、カナリー本人によるものであると科学的に証明された。
ほとんどの自作品にタイトルをつけず、仕上げた作品を捨て置いたとされているカナリー。
彼女の作品、またカナリーという画家の名前が世に知られているのはアトリの存在によるところが大きい。
また、アトリが初めて彼女に出会った時の光景を写し取ったものだとする説があるが、これは本作品の作成当時にアトリが初めて彼女に出会い、仲介者がスランプであることを語っているログから派生した寓話とされている。
アトリの視覚情報は本人の保有情報個持登録により2072年8月末日(※標準時間)まで閲覧不可とされている。
保有情報個持登録について。
基本的に機体にプライベートはありません。
しかし、守秘義務や保護目的などの理由で閲覧を制限したり不可期間を申請できます。