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19 『郭煕の蟹爪樹』

郭煕。

蟹爪樹。毛羽立った朽ちかけているような木。

『郭煕の蟹爪樹』




 この作品は製作途中で止まっており、完成していない。作成作業はカナリーが28歳を迎えた秋から冬にかけてのことだ。自らの死期を悟った彼女が不安と孤独を描こうとしたと言われるが、その答えは得られなかった。


 作品はカナリー自身の手製と思われる、自らの毛髪を束ねた筆を用いて描かれた自画像だとされる。

 縦に置かれたキャンバスにはやや右寄りに傾いた一本の木が生えている。一枚の葉も無く花も無い木だ。

 全体的に細く弱々しい木は地面へと根ざしているが、根は波打って浮かび上がり、支えているというには心許ない。地面と根の間には穴が開いており、まるで何かの動物が巣穴にでもしているかのようだが、ただぽっかりと空いている。

 幹は捻れにより引き攣れ、耐えかねた皮が剥がれて落ちた跡が柔肌のように鮮やかに白い。先端へと伸びた先は細かな枝に分かれ、その全てがしなだれるように傾いでいる。

それ以外には幹の中ほどから左手中空へと生えた枝。そこには襤褸のような布が引っかかり、地面に伸びている。薄汚れた布には細やかな陰影だけでなく、拭き取った絵の具のような汚れ。

 枝にもわずかに絵の具の跡が擦れており、布の重みすら支えきれないのか、緩やかに弧を描いてうなだれている。その節くれがまるで腕のように角度を変えており、先端の枝は細長く伸びて毛羽立つ。

 それら全体が赤味を帯びた黒によって描かれ、枝先に向かうほどに赤味が強くなる。背景はぼんやりと赤味を帯びており、キャンバスの左上だけが靄がかかったように赤味を薄れさせていて、そちらに月があるのだろうと思わせる。

 筆の束ね方が甘かったのか、ところどころに絵の具に髪が混じって固まっており、それがまるで木の枝が枯れて崩れていく様子にも見える。

 背景と枝先だけが塗られただけで、他の部分はラフスケッチであることから、これはまだ途中だといえる。

 だが、カナリーはこの作品を仕上げることはなかった。


 アトリエに倒れている姿を発見されたカナリーは30齢症と診断された。

 地表区域に蔓延する遺伝子異常を起こす致死感染症である。発症したら30齢まで生きることはできない、未だに根絶できていない病である。

 感染後の潜伏期間も長く、母子間で遺伝することも確認されている。

 母親が第一世代であった事実をカナリーは理解し、受け入れていたのだろう。診断後には懇意にしていた施設員にさえ連絡をしておらず、死を待つ中で『郭煕の蟹爪樹』を描いていたと思われる。


 だが診断の数日後、彼女のアトリエに当時の施設員が訪問した履歴が残っている。

 訪問用探査機1体、回収用運搬機体1体。

 回収用運搬機体は現場から資材となるものを分別回収するための機体だ。

 だが当日の機体の運搬データでは、行きよりも帰りの方が積載量は少なくなっており、現場で回収可能な資材はなかったと報告されている。


 アトリがカナリーの保全者申請を行ったことは前述したが、それはこの訪問日にカナリーのアトリエから行われたことである。







人の髪は絵を描くのには向いてないと思います。(知らんけど)

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