14 『フレマールの写実』
フレマールの画家。
本物とは? 写実とは?
『フレマールの写実』
この作品は当時の画壇への皮肉と嘲笑を描いたとして、オリジナルは廃棄されている。
当時の画壇の巨匠ゼビオが中央に背を向けて座り、壁に飾ってある絵画について品評を行なっていた際の様子が仔細に描かれている。
ゼビオと絵画、全体の三つを映すカメラ。
オーク材の重厚なテーブルの上には七本のマイクが並び、全てゼビオに向いている。
黒い礼服で鷹揚に腰掛けて、振り向けられた顔に浮かぶのは嘲笑。
壁に飾られたアトリの『ヴェンデルの朝焼け』へ、伸縮式のポインタを使いながら語っている情景だ。
『ヴェンデルの朝焼け』(画像リンク)は朝靄に霞むヴェンデル山と、その噴火跡を染める朝焼けを描いている。
––––まるで画家崩れのようなぼやけた落書き。機械なら写実に描いていれば良いものを、それすら出来ない粗悪品か。
そう評している姿は、録画情報でも確認できる。
(録画データ)
ここからはカナリーが加えた皮肉である。
叩きつけるポインタは絵の具を剥落させ、絵の扱いを知らないと示す。
振り返る顔には目ヤニと鼻毛が加わり、他者の目を意識できていない様を。
机に置かれたカツラは写実とはこれかと痛烈に批判している。
その上でカナリーは『ヴェンデルの朝焼け』から朝靄を失くして描いている。それはただ朝日に照らされるだけの山と斜面の絵と化しており、朝靄に霞むことが作品として必須なのだと証明した。
この件をきっかけにカナリーの名が人々に知られることになったが、画壇は彼女を画家としては認めていない。
風刺絵を描き賢人を貶めようとした愚物、というのが彼らがカナリーに下した最終評価である。
結果として、画壇に敵対的な人物としてカナリーは扱われる。特にゼビオが懇意にするギャラリーでは一切展示ができないように根回しがあったほどで、酷いところでは展示作品を処分した先もある。
だが彼女の作品が否定されたわけではなく、処分するものを回収して個人資産とした者もいた。『ホイッスラーの夜想』『ターナーの緑』などがそれにあたる。
現在、それらの作品を閲覧できるのは彼らの功績とも言える。
おそらくは未だに世に出ていない、あるいは消失された作品があると言われる。
現在もデータのサルベージは継続されており、オリジナルの所在調査も並行して行われている。
派閥の偉い人が狭量だと、無駄に才能がつぶれます。
それでも評価をしてくれる人は、出会えないとしてもどこかにいます。