12 『ホイッスラーの夜想』
ジェームズ・ホイッスラー。
ノクターン。夜想曲。
『ホイッスラーの夜想』
この作品は夜想画と呼ばれる、夜に想いを馳せる、あるいはそうした心情を描いた作風と言われる。
我々には抽象的すぎて理解が困難な作品である。
構図そのものは特殊なものはない。キャンバスの上部では星明りが雲間に。右上には雲に隠れているであろう月と、その光を帯びた雲。それらの下には宵闇に染まる山影。おそらくはそれらが描かれている。だがその全てが窓ガラス越しであり、窓には雨垂れが伝っている。風景の全てが茫洋としており、水滴に映る景色も鮮明には描かれていない。月の明かりが蒼く、星の明かりが白く、水滴や雨垂れに合わせて輝くのみである。
画像解析によって、背景にある山影はクレヴァリー山脈の一部との類似性が確認できるが、そのものだとする根拠には満たない。また、景色そのものが実在するという根拠もない。視点を現実に位置取っても建築物は無く、ガラス越しの景色はカナリーのイメージ上の風景だと考えられる。
カナリーは奇妙なこだわりがある画家だ。
多くの画家は鏡面にも立体的に描くが、これは実体感を持たせるためだ。
だが、カナリーは視覚的に立体と平面を区別させるために、鏡やガラスなどに映る平面上の表現をする際、極力立体にならないように描く。
この違いは映像や画像データではわかりにくいが、三次元観測データでは明瞭な違いが出る。
そちらに視覚を写すと、窓ガラスに浮かぶ水滴も雨垂れも、立体的に描かれているのがわかる。そして、それ以外の全てがガラス越しの平面的な描かれ方をしており、見えている景色と立体感が全く異なっていることが確認できるだろう。
雨垂れだけが実体であり、月も星もその明かりも雲も虚構だとするならば、この作品は何を意図して描いたのか。
一つの意見として、月がアトリであり、雨垂れはカナリーの涙だとする意見がある。
その根拠として、この作品はアトリが排斥され、画家である道が断たれた後に描かれたという説だ。
この作品は彼女の没後に発見されたため、作成時期が明らかになっていない。
このため、彼女が何を想ったのか、知るすべは失われている。
描いた時期が不明で、描いた意図も不明な作品。
見た人それぞれが思い思いに解釈すれば良い気もします。