10 『カスパーの静寂』
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ。
静寂や荒涼とした景色。誰かの背中。
『カスパーの静寂』
この作品は珍しくカナリーが題をつけた風景画である。
湖畔から湖越しに山脈を見上げる構図はありふれた構図である。しかしカナリーはそこに彼女が見ている景色を重ねて描いたとされる。
クレヴァリー山脈の南方、ヴェスロ湖のほとりからの構図と見られる油彩であるが、写実と虚構が混ざり合った作品となっている。
山脈は雄々しく日差しを受け止め、その威容を誇る。原生の植生に混じるブナやコナラは、植生限界を超えて山頂までをも美しい新緑に染め雲に霞む。
裾野へと下るほどに葉は色褪せ、秋を思わせる鮮やかな赤と黄色を帯びる。
向こう岸のほとりは枯葉が舞い散り、地面を染めている。
湖は澄み景色を写しているが、それは向こう岸の近くだけ。手前に来るほど浮かぶ氷と積もる雪は厚くなり、ほとりでは境目が混ざり合うほどに雪に覆われてしまう。
高い場所ほど夏に近く、低いほど冬になる。季節の移り変わりを描いたとしては奇異な景色である。
それはカナリーがこの絵を描く際に、別の意味を込めているためだとされる。
人間は暗喩という比喩表現を用いて絵を描くことがある。
ナイフは暴力や死の暗示、貨幣と果物で娼婦の暗示など様々な作品で様々に解釈される。作品毎に意味が違うこともあるため、同じナイフでも全く意味が違う解釈になることもある。
暗喩とは人間がどう解釈するのか、ということを含めて描かれる比喩といえよう。
この作品では手前、つまり自分が冬に包まれている。そして奥は緑に溢れた夏の景色が見える。
これは、アトリが去った後のカナリーの心情であると解釈された。
向こう岸はアトリがこの先歩むであろう、日の当たる場所であり、高みへと向かうであろうアトリそのものの暗喩。手前の冬は一人残されたカナリーを包む静寂であり、孤独感の暗喩として解釈される。
彼女は保全者選定対象外だったこともあり、公的なインタビューなどは行われていないため、真実はわからない。
だが去りゆくアトリに、いつでも帰ってこいと語る音声データが残っていることから、的外れな解釈ではないと思われる。
地名がありますが、たぶん実在しません。
適当に語感で付けた名前です。(一応検索しても地名はヒットしなかった)