2仕事め:食味改善リベンジマッチ
~前回までのあらすじ~
食糧確保に畑を耕す一葉さん。筋肉痛で半死半生。
ハルはやくざなハムスターに半べそ。お屋敷からビームは聞いてない。
けれども、芽よ出ろ儀式で大豊作! 当面の食料は確保できた!
はいどうも! 異世界で食糧確保に奔走する、加納一葉26歳お百姓見習いです。
「お任せください。幽玄城には収納保管設備も充実しております」
予想外の豊作にこれは食べきれずに腐らせてしまうだろうか……と言う悩みは、フォルテのその一言で解消された。
なんでも洋館側の台所の貯蔵庫には冷蔵庫的な機能がついており、根菜はもとより葉物野菜でもみずみずしさを保ったまま一月以上保管できるのだという。
最高だよすごいよフォルテ大好きだ!!
と飛びつきつつ、ハルと二人でせっせと収穫に追われてその結果。向こう一ヶ月は大丈夫なほどの野菜が貯蔵できたのだ!
しかもほかの畑もぐんぐん伸びていって、収穫を今か今かと待ち構えている。
その結果には、わーいわーい! もういつなくなるか心配しながら食べなくていいぞー! と喜んだのだが。
その大豊作から1週間後。
私とハルとフォルテは神妙な顔で、食べやすく切ったビックサイズな野菜たちを囲んでいた。
「……試食報告。きゅうり」
「中心にすが入っており、皮の部分が固く、苦みが強いです」
「だいこん」
「からひよひちはちゃん」
「さいごにトマト、めっちゃ味うすい……」
見た目は大きくておいしそうに思えた野菜の実態に、私はがっくりと肩を落とした。
本日、ジャングルになった野菜畑以外の畑から採れた野菜の試食会の結果だった。
ハルの権能による「芽よ出ろ」儀式でジャングルとなった畑は、周辺の土地にも影響を及ぼし、ぐんぐん成長してあっという間に収穫を迎えた。
平均して10倍速。どこぞの牧場系ゲームかと突っ込み入れつつ、やふーい! と飛びついたのだがこの結果。
そのほかの葉物野菜も、筋張っていて生ではかみ切れなかったり、サツマイモがほとんど甘くなかったりして、今回採れた作物の大半が、大変に残念な味わいになっていたのだった。
サツマイモは時間をおいて熟成させれば、甘くなる可能性はあるんだけど。
食べられるだけでありがたいのはわかる。
けれども、おそらく年単位でこの土地に住むことになるのだから、食べ物がこれでは日々の生活意欲にもかかわるのだ。
簡単に言うとせめておいしいご飯食べたい!
最近あんまりおなかが空かなくて、そんなに食べる量が多くないとはいえ、これは大変ゆゆしき事態だった。
食べないと働けないのは常識だ。
「やっぱりこれ、横着したせいかなあ」
「ふええ……」
こうなってしまった心当たりをつぶやけば、大根の辛味から復帰したハルが猫耳をへたらせて半べそになった。
他意はなかったとはいえ、ちょっと悪かったなあと思う。
野菜収穫の時は忙しかったから気にする余裕がなかったのだろうけど、ハルはこの2、3日、何となく落ち込んでいる気がしていた。
一応ハルの人間用の布団はフォルテに用意してもらったし、ハルの部屋も作ってもらったのだが、基本、彼女は猫の姿でいることが多い。
それで私の布団に潜り込むのだが、このところは滅多に使わないはずの猫クッションで眠ってるのだ。
フォルテの空調制御とエアコンのおかげで適温に保たれているから、私に蹴り飛ばされなくてすむ場所を選んだ、とも言えるのだが、いつもと違うのはなんとなく違和感がある。
気のせいだと良いんだけど、思いつつ今は目の前の問題に集中しよう。
私は、箸を置くと、いつものノートをひろげて宣言した。
「とりあえず、第2回加納家会議を開催いたします。原因についてなにか推測がある人」
「はい」
早速声を上げてくれたのはフォルテだった。
「今回の食味の劣化は、土地がやせていることが原因ではないかと」
「つまり、肥料不足ってこと? ハルの力が栄養になったんじゃないの?」
「ハル様の供給は基本的に、万物の根底を成すマナを与えることにございます。もちろん今回の成長ではハル様の供給によって成長につながりましたが、すべてを網羅しているわけではなかったのだと愚考いたします」
うーんと、ちょっと難しいぞ。
フォルテの難しい言葉をかみ砕くと。
「今回ハルがやったのは、とりあえずお腹いっぱいになるように炭水化物を食べさせた、って感じ?」
「肯定です。植物が健康に成長するためには、生命力であるマナのほかにも、物質的な栄養素や土壌に生息する微少の生物が必要とのことでございます。以前幽幻城に滞在し、熱心に土壌改良を研究しておりました学者から拝聴いたしました」
「モーヴさんかあ。あの人が育てた果物、すっごくおいしかったね」
ハルがしみじみとつぶやくモーヴさんとやらに、ぜひ話を聞かせてもらいたかった。
百年もたっているんだから無理だけど。
にしても、このカウン。へたしたら日本と同じかそれ以上に技術とか研究が進んでないか?
フォルテはハルにうなずいた後、私に顔を戻して続けた。
「この土地は、マナの過剰が原因となって死滅しており、植物の生育には適さない土壌となったまま約100年が経過しております。現在マナの過剰は落ち着いており、今回のハル様の供給によって成長につながりましたが、土壌に植物に必要な栄養素や微生物も微少となっていることは間違いありません」
「栄養素が不足している中で無理やり成長させたから、おいしくなくなったということか」
「現に、ごく初期にイチハ様がたい肥を仕込まれた開墾地で育った野菜は、美味であったと記憶しております」
そういえば、あのジャングル畑の野菜のいくつかは、スーパーと変わらない味をしてたのだ。
だからこそ、こっちの畑のどでか野菜にも期待しちゃったんだよなあ。
「しかしながらハル様方がいらっしゃったことで、限定的ですが土地が開かれ、急速にマナは安定しております。周辺の森林から微小生物が流入すれば、10年ほどで土壌にマナが浸透し、ある程度良い作物が収穫できる土地になると考えられます」
「なるほどね。ただ10年は、長いかなぁ……」
いや、これだけの荒野がまともになるのに10年ですむのなら早いのかもしれないが、さすがにそこまで待てない。
うーむ、つまり食味をよくするためには、
「栄養素や土壌の微生物を、どこかで補って土壌改良の必要があるのか」
マナという不思議な力は厄介だけど、とりあえず植物の成長に必要なものは変わらないようなのは、ちょっぴりだけほっとした。
園芸本の知識が使えるってことだからね。
作物が健康に育つために必要な栄養素は主に窒素、リン酸、カリウムだ。
ほかにもこまごまとした微量栄養素が必要らしいけど、成長のトラブルはこの三つの栄養素のどれかが多かったり少なかったりが原因なことが多いらしい。
畑に植えた野菜たちは日本から持ち込んだものなのだから、同じ考え方でいいだろう。
とりあえずのご飯の確保ができたのだから、食味改良に着手する余裕はある。
「ねえ、ハルの権能で必要栄養素を補うことって、できる?」
「え、えと、やったことはないけど、こういうのを補うっていうのがわかれば、やってやれないことはないと思う、けど」
「何か不安要素がある?」
思わぬことを聞かれた、とばかりに戸惑うハルはそう言ったけど、その言いよどみ具合に私が訊ねれば、ためらいがちに言った。
「ただ、とても集中しないとすぐに飽和しちゃうし、マナで補った栄養は強烈すぎるから、あんまりやりすぎるとお野菜のほうが疲れて弱っちゃう、と思う」
「なるほどねえ。無理はさせられないか」
ハル達が供給と呼ぶ権能は、絶大な力を持っていても、それほど万能ではないようだ。
まあ、せっせこクワを手に畑を耕すしかない私からすれば、十分な力だとは思うけど。
できるかできないかはハルにしか判断がつかないけど、話からして何かしらの力を増やす、与える、というのがメインの力らしい。
細かい制御が利かないようだけれど、一時的に成長を促進させることは得意なようだし、それを力を与えて活発化させるととらえるんなら、かなり使い道があるんじゃないかと思う。 試してみる価値はあるだろう。
それに、ハルのこの様子、ほっとくのは嫌だし。
「じゃあさ、ハル。発酵を早めることとかできる?」
「はっこう? うんと、できると、思うけど」
「ハルが嫌じゃなかったら試させて欲しいんだけど。土地に栄養がないんなら、栄養を作って漉き込めばいいと思ってね」
ぱらぱらと我が愛読書「都会人でもわかる初めての家庭菜園」めくりつつ、きょとんとするハルとフォルテに、私はにんまり笑って見せた。
「いっちょ、食味改善やってみましょ」