1仕事め:過程は評価すべきです
「幽玄城は元々防衛用の拠点でございますれば、最低限の迎撃機能は備えております」
「うん、こんどっからはぶっ放す前に言ってくれると嬉しいかな……」
クレーターの端っこに取り残されたハルを回収しつつ、私は淡々と説明してくれたフォルテに戦慄した。
これは、もしかしたらほかにも説明されてない機能があるかもしれないな……。
今度あれと似たようなものを使われたら肝が潰れるから、今度全部聞いておこう。
そう心に決めた私は、縁側の隅っこで膝を抱えるハルに目を向けた。
今のハルはすでに人型で、背中を丸めてずももーんと暗雲を背負う感じで落ち込んでいる。
白い三角な耳と尻尾はそのままで、猫耳はぺったりと伏せられていた。
「あのネズミのうるうる目をみたらね、牙が立てられなくてね……」
ほっそりとした腕や耳には、さっきのネズミのかみ傷やひっかき傷が残っている。
自分で出来るか出来ないか実感しないと分からないだろうと思ったから、強いては止めなかったけど、白い肌だけに奮闘の証はちょっぴり痛々しい。
それに、私も少し反省だ。ご飯を食べるために必要でも、命を狩るのはかなりためらいが生まれる行為にもかかわらず、自分で狩らなくていいというのに甘えていた気がする。
とはいえ、頑張ったのは確かなので、私はぐずぐずと鼻を鳴らすハルの、銀髪に包まれた頭を撫でてやった。
「とりあえず、お肉は少しだけ手に入ったから、それでよしとしよう」
ライアーラットはほとんど消し炭になったのだが、実はハルにひっついていた何匹かは爆風で気絶してほぼ無傷で回収できたのだ。
フォルテが嬉々として台所へ持って行ったから、たぶんうまく処理してくれるだろう。
というか、直撃してなかったとはいえ、あれでよく無事だったなさすが神様。
ネズミのお肉ってどうなんだろうと思いつつ、農作業はめちゃくちゃお腹がすくし、たんぱく質は大事なので目をつぶります。南無。
と、それはおいといて、
「午後は畑仕事手伝ってくれる?」
こちらを見上げてくるハルに問いかければ、藍色の瞳が一瞬不安に揺れる。
けれどハルは立ち上がると、拳を握って宣言した。
「こ、今度は頑張るよ! 一葉ちゃんの役に立つ!」
少々気負いすぎなんじゃないかな?と少々思いつつも、手が増えるのは嬉しい。
すると、ライアーラットをおいてきたらしいフォルテが、不思議そうな顔で口を開いた。
「ハル様、権能をお使いになれば、解決するのではありませんか」
「けんのう? この間説明してくれた魔法とは違うものなの?」
この世界には、魔法という技能があるとは教えてもらっていた。
空気中や物質に含まれるマナを魔力に変換して、様々な現象を引き起こすのだが、マナを魔力に変換するためには才能の上に別途杖とかの道具が必要らしく、魔法使いは希少な存在らしい。
あの水がこんこんと湧き出す盃も、魔法を使った道具のようだ。
いや、なにもない場所から水やら風やらを引き起こすなんてどこのファンタジー……あ、異世界だった。
要はすんごい自由度のある電気みたいなものだな、とくらくらする頭を無理矢理納得させものだ。
とはいえ、その権能とやらは別物らしい。
「あ、えっと、それは」
ハルが慌てた声が聞こえたけど、フォルテは説明してくれた。
「魔法とは違い、マナも魔力の代償も必要なく事象を引き起こすことができる、神々のみが持つ、奇跡の力のことでございます。ハル様の権能は、大変農作業に適したものであると記憶しているのでございますが」
思わずハルを見れば、彼女はうっと息を呑むと、紺青色の瞳をさまよわせた。
「確かにあたしの権能は『供給』だから。もしかしたら、収穫を早められるかもしれない、けど」
なんですと、と私は目を丸くした。
収穫時期を早められるのなら、食料の不安が一気に解消されるし、その分ほかのことが出来て良いことづくめだ。
「うん、そうだよね。一葉ちゃんのためになるんだもの。あたしにしか出来ないんだから」
「でも、代償もなしにって言うけど、ハルは大丈夫なの?」
言い聞かせるような雰囲気に一抹の不安を覚えた私が聞けば、ハルは強くうなずいた。
「大丈夫! んとね、運動したときみたいに疲れるだけだから! ……全盛期の力は出せないのは、むしろ良いかもしれないし」
最後にぽそりとつぶやいた言葉の意味は分からなかったけど、どうやらやってくれるらしい。
「じゃあ、お昼食べ終わったらお願いね」
「まっかせて!!」
というわけで、お昼ご飯のあと私とハルは謎の権能を試してみることになったのだった。
実験場所は、一番に耕した場所にした。
葉物野菜と炭水化物である芋類と豆類を植えた畑である。
あとは、苗で確保してあったいくつかの実物野菜だ。
葉物野菜は早く食べられるから、炭水化物は今後の主食になるものだから、なるべく早めに確保したいといの一番に整えたのである。
だから、買ってあったたい肥もほとんど全部漉き込んだ。
一人でできるというから、私はハルに任せてほかの畑を耕しに行っても良かったのだが、「権能」とやらが一体どういうものか気になって、少しの間見学することにした。
まあ、耕さない荒野は待ってくれるし、ちょっと見たら戻れば良いでしょ。
種をまき、芋を植えて3日目の畑は、当然のごとくまっさらな茶色い土がむき出しだった。
周辺にも草一つ生えてないから、畑との唯一の違いはこんもり畝になっているか否かである。
……いまさらだけど、これからの生活がめちゃくちゃ無謀な気がしてきたぞ。
人が水だけで生きられるのって何日だったっけ……とちょっぴり深刻に考えていれば、ハルが茶色い畑の前に立った。
動きやすいように、私と同じ草色というかどぶ色というかなんとも言えない緑のジャージを着ているのだけど、人間離れした美貌にすこぶる付きに似合わない。
ともあれ一体どんなことをするのだろうと見守っていれば、彼女は緊張の面持ちで拳を握ると、ぐっとしゃがみ込み。
「おおきくぅ、伸びろーっ!」
そんなかけ声と共に、勢いよく手を上げて身体を伸ばしたのだ。
ぱっと銀の髪がお日様に散って綺麗だけれども、私がぽっかーんとしたのはしょうがないと思うのだ。
まさか、某森の妖精が木々を成長させるのと同じ手法とは思わなかった。
神さまの力を使う、っていうくらいだから神聖さとか荘厳さを予想していた私は、をい何やってるんだと突っ込もうと思ったが、ハルの横顔はめちゃくちゃ真剣だ。
「一葉ちゃんのために、おいしくぅ伸びろーっ!」
白い頬を赤く染めて、思いっきり力を込めているのが分かる感じは、茶化すことすら忍びないけどやっぱり恥ずかしいぞこれ!?
「は、ハル、ちょっとぉ!?」
さすがに別のものにしてもらおうと思ったのだけど、ハルが淡い燐光を帯びてびっくりした。
その光がハルが腕を伸ばした瞬間、畑を含む周辺に広がっていき。
ぽこり、と畑の土から、青い芽が飛び出したのだ。
「いーっぱい、伸びろーっ!!!」
あっけにとられている間に、三度ハルが屈伸を繰り返したとたん、せききったようにその芽が大きく伸び始めた。
双葉から本葉が広がり、茎が伸び、葉を茂らせていく様は、まるで植物の成長を撮影した映像を早送りで見ているような劇的な成長だった。
「すごい……」
いや、収穫時期を早められると言っていたけれど、こんなに早いものとは思わなくて、私は見る間に青々と茂っていく植物を眺めるしかない。
……ん?
「やったあ! うまくできたっ出来たよー!」
「ね、ねえハル、伸びすぎ……というか大きくない?」
「ふえ?」
気を惹くために声をかければ、きゃっきゃとはしゃいでいたハルは畑を見て、固まった。
そう、ハルからこぼれる光は未だに止まっていない。
まるで光合成でもするようにその光を吸う作物達は、見ている間も小松菜やらほうれん草やら十分食べられる葉っぱを伸ばし、ジャガイモやサツマイモの黄色や紫色の花がほころんでいる。
さらにその大きさは家庭菜園の本で見たときよりもビックサイズに成長していた。
具体的に言えば、トマトの苗が花も付いていないのに私の背丈を超えた。
たちまち真っ青になったハルが猫耳尻尾を出して慌てだした。
「ひゃ、ふえ、どどどどうしようっ一葉ちゃんっ!」
「とにかくその光みたいなの止めようっ!」
「一生懸命祈っちゃったから止められないよー!」
「何だってー!?」
オーダー後取り下げ不許可とか、使い勝手悪いな!?
そうこう言っている間にも小松菜に花が出てしおれ始めていた。
あっちじゃ、じゃがいもの花がしおれて葉っぱが黄色くなり始めてるじゃないか!?
もしかしてこのまま全滅もあり得る!?
「とにかく手を下ろしなさい!」
「ぴゃあっ」
ともかく半べそで完全パニックになっているハルをなだめるため、私は彼女に飛びついた。
頼むから私のご飯のために止まってくれ!
勢いがつきすぎて尻餅をついてしまったが、その瞬間、ハルの身体から流れていた光がふっつり切れる。
葉の茂る音が聞こえなくなり、ぱっと振り返れば、そこには野性的に育った作物達が静かにたたずんでいた。
どれもこれも普通の2,3倍はありそうな姿は立派の一言である。
うん、いくつか花が咲いている葉物もあるが、無事な株のほうが多く、何よりお酒のお供な枝豆が勢ぞろいし、つやつやとしたトマトやなすがたわわに実っているのは圧巻だった。
ほかの畑に植えていたタネも芽を出して葉を伸ばしている。
たった数分前までただの不毛な大地だったにもかかわらず、若葉が茂る春らしい光景に変わっていた。
日本では、成長促進剤と言っても、ここまで劇的に成長することは絶対にない。
これが、神様の力なのか。
私が言葉を失っていると、下からくすんくすんと鼻をすする音がした。
驚いて見下ろせば、ハルが泣いていた。
「ごめっ、ごめんなさい、一葉ちゃんっ」
ハルは、藍色の瞳からぽろぽろと涙を流して、嗚咽を混じらせながら謝ってくる。
「頑張ってみようと、思ったのに、全然っうまくできなくてっ。迷惑ばっかりかけてっ……」
はじめ私は泣く理由がわからなくて面食らったが、とりとめのない言葉で私を巻き込んだことを気に病んでることに思い至って。
そうしたら、こわばっていた肩から一気に力が抜けた。
この子は、神さまの力を持っていても、猫だったハルと全然変わらない。
なんだか圧倒されているのがおかしくなって、私は笑いながら声をかけた。
「ハル待って。畑をよく見て。ばっちりじゃない」
「ふええ……」
ぽろりと雫をこぼしつつも、ハルがジャングルになった畑を見たところですかさず言う。
そりゃあ見てくれはあれだし、混沌としたジャングルになってるけどまちがいなく。
「大豊作よ。これでしばらくご飯には困らないわ」
「……でも、あとちょっとで枯らしちゃうところだった。あたし、いつもそればっかりで」
あ、駄女神の自覚あったんだ。
思わず半笑いになってしまった私だったが、ぐずぐすとするハルのあたまにチョップを落とした。
「ひゃう」
「確かに、権能がどんな効果をもたらすのか失敗したらどんな危険があるのか話しあって、相談せずに行使したのはリスク管理がなってなかったと思うよ。けどそれは私のせいでもある。結果としてみれば、私はとっても助かったし、紛れもなくハルのおかげよ。ありがとう」
まさか、その権能とやらがこれほどコントロールの効かない代物だと思わなくて、よくよく聞こうともせず一任したのはまずかった。反省だ。
それでも例え失敗しかけたにしても、これでしばらく食糧難の可能性がなくなったのは良い面が大きいだろう。
「許して、くれるの?」
だから私は、すんと鼻をならしつつ目尻の赤くなった顔で見上げてくるハルに、しっかりとうなずいて見せた。
「あんたがめちゃくちゃ頑張ったのは分かるからね。けど、無理しすぎたら、あとが怖いわ。とりあえずの危機は脱したわけだし、だからこつこつ大丈夫なペースでなんとかしていきましょ」
そう、一番怖いのは、全部飲み込んだまま突き進んで、自滅することだ。
スペック的にできることでも、それが消耗度外視でようやく達成できるのか、片手間に気楽にできるのかでは意味が全く違う。
もちろん、命に関わったり、その人の危険が迫ることだったから、ハルは今回無理したのだろう。
その気持ちもわかる。
けれど誰かのためにと無理をして達成するのは美徳とされるけど、私は、嫌だとか怖いとか思う気持ちを無視しちゃいけないと思うのだ。
「だから、今度から不安だと思ったらちゃんと言うのよ」
「うん、ありがとう、一葉ちゃん」
目尻に涙を残しながらも、微笑んだハルの銀の頭を撫でながら、私はふいと息をついた。
今回のハルの奇行というか常ならぬ積極的な行動は、焦った結果だったのだろう。
盛大に空回りするのが、ハルらしいけど。
それに今まで思い至らないほど、私も気負っていたのだと気付いた。
だから良かった。良かったのだ。
ただ、唯一の問題は。
「この野菜、どうやって消費しようか……」
スーパーに売っているやつの二倍くらいはある小松菜、ほうれん草、チンゲンサイの列に、虎視眈々と待ち受ける枝豆トマトに、なすにキュウリに色々実物のまさに今が頃合いの収穫物達に、遠い目になった。
さすがにこれ全部はうちの冷蔵庫には入らない。
あ、ハルの目が潤んできた。
「ふええ、やっぱりごめんなさいいぃぃ!」
「はいはい、泣き止んだら収穫付き合ってね」
ほんと、良く泣く神さまだなあと思いつつ、私はぽんぽん背中を叩いてなだめにかかったのだった。
本日、当面の食料めどが立ったものの、大豊作の処理に悩み中です。
ストックが切れましたので、毎週水曜日19時ごろ更新に変更いたします。
次回の更新は14日です。
のんびりまったりな猫はじ、よろしくお願いいたします。