1仕事め:向き不向きはあるものです
さて、まずは畑作りと、せっせと荒れ地を耕し始めて3日がたちましたよ。
みんなの一葉さんです。
頭に麦わら帽子をかぶって、首に汗取り用のタオルを巻いた、大変人には見せられない格好で働いています。
直射日光が首に当たると余計疲れると知ったのは1日目だった。
はっはー!……日頃の運動不足がたたって、2日目は筋肉痛で死にそうだったぜ。
だが、多大なる犠牲を払った結果、ばっちり小学校の教室ぶんくらいの畑が出現した。
手元にある園芸本によると、人が1~2人が十分に食べていくために必要な野菜が育てられるのがそれくらいだそうだ。
「都会人でもわかる初めての家庭菜園」うん。今の私にぴったりの本じゃないか、微妙にむかつけど。
とりあえず今ある種を全部植えられるくらいを目標に、畑はもう2、3つ増やす予定だ。
炭水化物はたっぷり確保。だいじ。
ただ、耕しても種をまいていない部分のほうが多い。
どこかの家庭菜園ブログで、同時期に蒔いた大根が豊作すぎて食べきれなくなり、花が咲いてしまったという失敗談を読んだ覚えがあったからだ。
いっぺんにまいても早く育つわけでなし、種を無駄にはできないため、時期は慎重にずらしている。
肥料なんかは買ってあったものだけじゃ全然足りないので、漉き込めなかった場所には心を込めて水をまいた。
たのむぞー。私の食糧事情は君たちにかかってるんだ。
このぺんぺん草も生えてない荒野を耕して、ちゃんと食べられるものが実るのかなと言う部分には、目をつぶる方向で。
「まあ、クワを入れれば、土はすんなり耕されてくれるから、ありがたいけどねっ」
すんごい固そうに思えた大地だったけど、ごろっと埋まってる石が邪魔する以外はわりかしイージーだ。
フォルテから借りたフォークみたいに三つ又になっているクワのおかげで、大変だけども作業ははかどっている。
これが、私がホームセンターで買っていた手掘りスコップで耕せとか言われたら、道具作りから始めなきゃいけなかったよ、ほんとよかった。
ついでに、すぐに結果につながる労働はやっていて気持ちが良い。
腰から上には上げないで、さくっと刺さったら、てこの原理で土を起こすのが、疲れなくて腰を痛めないやり方だ。
自分の体で学んださ(哀愁)
「よいしょー」
ちょっとおっさん臭い掛け声とともに、またひとふり、さくっと荒野にクワを入れていると、拡声器で増幅されたような声が、屋敷のほうから聞こえた。
『イチハ様! そろそろ休憩にしてはいかがでしょうか』
見れば、縁側にグラスの乗ったお盆を持ったフォルテがたたずんでいた。
屋敷についてるらしい拡声器で声をかけてくれたのだろう。
お日様も高い位置に上った所だし、と私は、フォルテに向けて大きく手を振った後、クワを担いで縁側に戻った。
そうして、グラスをもらって一気にあおる。
氷で冷やしていない水が喉とお腹に優しくて、フォルテの気づかいが感じられた。
「ぷはー! やっぱりおいしー! ありがと、フォルテ」
「恐れ入ります。ですが申し訳ございません。ワタクシもお手伝いしたいのは山々なのですが」
「しょうがないしょうがない。君がこの屋敷から短時間しか出られないのは、そもそもの身体のつくりなんだから。おうちのことを全部任せられる方がありがたいよ」
もの凄く申し訳なさそうにすみれ色の瞳を伏せるフォルテに、私はそう返した。
そう、二人でやればちょっとは効率化を図れるか、と思っていたのだが、誤算はフォルテの行動制限だった。
屋敷の家令端末である彼は、一定時間屋敷の外に出ると動力の供給が絶たれて行動不能に陥り、同時に屋敷の全機能も停止するらしい。
だいたい外で行動できるのが30分ぐらいだというから、初日のフォルテの訪問は、彼にとっても決死の行動だったことがうかがえた。
逆に、屋敷の中では彼は全知全能に誓い能力を発揮できるらしいのだが、それはおいといて。
残念ながら、屋敷が鎮座しているあたりはでこぼこしすぎていて、私の力じゃどうにもなりそうになかった。ついでに言えば、屋敷前面の庭には、綺麗に整地されたうえで沓脱石まで再現されているのを目の当たりにすると、あの前に畑を広げる気にはなれなかったんだ……。
というわけで少々離れた比較的平らな場所に、一人で畑を広げていたのだった。まる。
と言っても屋敷が見える位置だけどね。だって近いほうが水を運んでくるのが楽じゃないか!
せめて道は整備しとかないとなあ……。
やることが山積みすぎて私が気を遠くしていれば、ちょっぴりうなだれていたフォルテのほうが気を取り直したように言った。
「その代わり、イチハ様が所持していらっしゃる書物にて文化を学習をしておりますので、近々イチハ様の故郷の味を提供できるよう努力いたします」
「楽しみにしてる」
あ、そうそう、今更だけど使っている言葉も違ったらしい。
普通に日本語を話しているつもりだったけど、フォルテに見せてもらったこっちの本の文字は、尺取り虫がディスコナンバーをおどっているような感じだった。なぜか読めるけど。
地味だけれどもちょっと便利な異世界特典があって嬉しい。けど、やっぱり問題は食料の調達だった。
「で……ハルは?」
「本日は南西方向の森へ行くとおっしゃられておりました。まだ帰られておりません」
「うーん今日は大丈夫かなあ」
私は打てば響くようなフォルテの返答にぽりぽりと頬を掻けば、フォルテが不思議そうな顔をした。
「ご心配なのですか」
「まあねえ。向こうで暮らしていたときには、びっくりするくらい外に興味のない子だったから」
私が拾ってからは完全室内飼いにしていたのもあるんだけど、全くお外に興味を持たず、ごくまれにベランダから庭に出てお昼寝するくらいだったものだから、いきなり狩りというのは不安があった。
案の定、一日目は地面に足をつけるのが怖かったらしく、あのユキヒョウの姿のままこの縁側でぷるぷる震えていて、ああやっぱりと思ったくらいだ。
初日はベランダだったのと、興奮していたせいで忘れていたらしい。
まあ、私が抱えて下ろしてやれば、打って変わって子鹿みたいに飛び跳ねてはしゃいでたんだけど。
ともかく、それ以降はおっかなびっくりではあるものの、外に出て行くようにはなったが、一日目二日目は全身土まみれ葉っぱまみれで、しょんぼりと無手で帰ってきたものだから無理をしないか心配だった。
「ですがハル様は仮にも神の一柱。獣に負けることなど滅多なことではございません」
「うん、まあそうだね」
ハルの戦闘能力はフォルテのほうが知っているんだろうし、と私は無理矢理納得して立ち上がった。
正直汗で気持ち悪いから、ぱーっとシャワーを使いたい。
まあ、午後からまた汗をかくんだけども、気分転換だ。
「―――――……っ!」
行儀は悪いけど縁側から上ろうとした矢先、遠くの方から声が聞こえた気がして振り返った。
「どうかなさいましたか」
「なんか、呼ばれた気がして……えっ!?」
きょろきょろと探してみれば、遠くの森の方から土煙が立ち上るのが見えた。
土煙は徐々に大きくなってくると、その全貌が明らかになり、私は目が点になる。
「一葉ちゃああぁああんんんんっ!!! たーすーけーてえええええぇぇええ!!!」
涙目で走ってくるのはユキヒョウ姿のハルで、その身体に牙を突き立ててぶら下がってるのはハムスターだった。
よく見ればハルの背後から同じハムスターが列を成して追いかけてきている。
大きさ的にはおっきめのかぼちゃくらいあるので、モルモットのほうが近いのかもしれないが、あの橙色っぽさがハムスターだった。
けど、ハルの耳やら尻尾やらにかみついて離れない根性とか、目つきのヤクザ感には一切愛玩動物的要素はない。
「あれは、ライアーラットですね。群れで生活し、弱く愛らしい個体をおとりに集団で狩りをします。ただ、一つの個体はそれほど強くはありませんし、執念深くとも、大人一人で蹴散らせる程度なのですが……」
「あー……」
その説明で、私はハルがつい可愛いハムスターっぽいネズミを殺せずにいたら襲われたことまでありありと想像できた。
けれど、フォルテはハルの大変情けない姿に衝撃を受けたらしく、珍しく言いよどんでいた。
うん。なんかごめんな。
とはいえ、どうにかハルを助け出してやらなければ。大人一人で蹴散らせるんならクワでも振り回してやれば良いだろう。
「いーちーはーちゃ―――――へぶっ!?」
そう思った矢先、ハルが何かに蹴つまづいてその場に転んだ。
たちまちライアーラットたちが飛びかかる。
小さくてもあれだけ沢山いれば、数の暴力になる! やばいじゃん!
慌てて私がクワを担いで駆けつけようとした矢先、きゅいん、と背後から音が聞こえた。
有り体に言うんならロボットが動くような音に振り返れば、屋敷の屋根がぱかりと持ち上がり、大小いくつもの大砲が飛び出していた。
「失礼いたしました。防衛機構起動。対象の排除を開始します」
フォルテの宣言と共に、大砲の先に幾何学の紋様が広がった瞬間。
空をまっすぐな光が焼き、轟音と共にライアーラット達へ襲いかかったのだった。
聞いてないですよ、そのビーム。




