6仕事め:揚げ物は素晴らしき文化です
結局、約5リットルのバケツ二杯分の油を放出したオリーウノキは、緑の蔦だけをうねうねさせながら段違いに軽快に去って行った。
要するに、体を軽くして走りやすくするための、トカゲの尻尾切りなのか。
走り去っていくオリーウノキを呆然と見送った私たちは、フォルテに言われるがまま、もつれ合っている茶色い蔦と、まだうねうねうねってる緑色の蔦を回収する。
ようやく帰路についた時には、すでに日が傾いていた。
どうやらかなりの長い間格闘していたようだ。
「一葉ちゃ――――ん!!??」
玄関出迎えてくれたハルが私たちが現れたとたん、抱きついてこようとするのを私は手で制した。
すごい悲しそうな顔をされたけど、私たち油まみれだもん。超オイリーだもん。
「心配させてごめんね、ハル。でも悪いけど、さきにお風呂に入ってからでいいかな」
「はう……それはしょうがない、ね」
しょんぼりとしながらも引き下がってくれたハルは、それでもユタの頭をなでた。
「うん、お疲れ様ユタ」
頭をなでられたユタは、むふーと嬉しそうに油を吸った尻尾をゆらす。
ハルの背後には銀色の混じった黒髪をしたフォルテがたたずんでいた。
「お帰りなさいませ、イチハ様、ユタ。ご無事で何よりでありました」
フォルテはいつも通りのような気がするけれど、どことなく落ち着かなさそうな雰囲気を醸し出しているような気がする。
というか、まずはこれを言わねばと私は口を開いた。
「フォルテ。今日はありがとう。それから心配かけてごめんね。フォルテがいなかったらどうなっていたか」
こんどっから、スマ子さんに音声入力をするときは、きっちり画面で確認しようと心に刻んだ。
今回は、二人とも無事だったけど、異世界をなめていた。次に行くときはもうちょっと慎重に、勉強してからにしよう。まあ、経験しないとどうにもならない部分はあるだろうけど。
失敗はちゃんと反省して、次に生かすべきなのである。
「いえ、ワタクシは当然のことを」
「ううん、いつもいつも助けられてばかりなのに、すごく助かったし、私も浅慮だったわ。何かお礼になったらいいのに、と思って油の調達をしようと思ったんだけど、この通りだし」
油まみれになった手を広げて肩をすくめてみせれば、フォルテはきれいなすみれ色の瞳を見開いた。
「あ、そうだ。でもね、こうして油と頼まれていたハーブとユタが見つけたキノコは確保してきたんだよ。フォルテ、庭を見て寂しそうにしてたでしょ」
「ワタクシは、そのような顔をしておりましたか」
面食らったような様子でフォルテに聞き返されて、私は面食らいつつも言った。
「うん。中庭をぼーっと見ていること多かったから、そうじゃないかなって。花じゃないけど、これなら中庭もにぎやかになるし、食べられて見て楽しめて一石二鳥かなって」
おおう? 改めて口に出すと、若干私たちの食い気も混じっているからすごく不純な気がしてきたぞ。
と言うか不純じゃないか!?
「あ、いやごめんもっと別のを考えるわ」
「……ワタクシは、そのように気にかけていただけるほどイチハ様がたのお役に立っているのでしょうか」
え、あれ?なんでそこで驚くの?
戸惑ったけれど、私はちゃんとうなずいて見せた。
うん、だってフォルテと私じゃ、認識が違うってこの間わかったばっかりだしね。
「すっごく役に立ってくれてるよ。だってフォルテのおかげで私はお風呂には入れるし、洗濯物はきれいになるし、部屋は隅々まで掃除されてる。しかも何にもしなくても朝昼晩おいしいご飯を食べられるのって最高の贅沢だと思うのよ」
家事ってひとくくりにされがちだけれども、ぶっちゃけ重労働だと思うのだ。
私は仕事に疲れて帰ってきてご飯をつくる気力すらなくて、コンビニ弁当で済ませていたあのわびしい日々を覚えている。
魔法はあるとはいえ、洗濯も掃除も食事もひっくるめて準備するのは大変なことだ。
人が一人増えても文句も言わずにせっせとやってくれた上で、さらにコッコ達の世話までしてくれるって、昇級ものの功績じゃないかと常々考えている。
いや、お給料あげられないから、せめてフォルテが困らないように食料とか物資を生産したかったのだけど。今回の油分確保はちょっと失敗してしまった。
「ねえ、フォルテ、何かして欲しいこととかないかな。今の私にできることなんて限られてるけど、君の頑張りに報いたいのよ」
「ワタクシに報酬は必要ございません。ハル様とイチハ様にお仕えすることが喜びでございますので。ねぎらいの言葉で十分でございます」
簡潔に言い切るフォルテに、やっぱりだめかと私はちょっぴり落ち込む。
まあ、せかすことではないし。もう少しゆっくりフォルテとも仲良くなっていけたらいい。
ただ、すこしそわそわと落ちつかなさそうに視線をさまよわせているフォルテが、ちらりとユタを見ていた気がしたけど、すぐに元に戻った。
「入浴の準備はすでにできております。油と汚れを落とした後、お食事にいたしましょう」
お食事、と言う単語に私とユタのお腹がぐうっと鳴った。
「さっすがフォルテ!」
「ではワタクシは先にこのハーブを中庭に移植して参ります」
「あ、フォルテ、あたしも手伝うよ!」
「ハル様、恐れ入ります」
銀と黒の髪を揺らして一礼したフォルテが油をトランクに詰め込み直し、大事そうにハーブの布包みを抱えて去って行く姿は、どことなく浮き足立っているように思えたのだった。
*
翌日のお昼前に、私は揚々と屋敷のキッチンに立っていた。
私とユタがお風呂でさっぱり油を落とした後、その日はご飯を食べたら疲れはててベッドにダイブしたのだが。
キッチンに立っているのは、もちろん料理するためである。
油と豚肉ならぬ猪肉と卵があれば、ついでにおいしいじゃがいもがあったら絶対作りたかったアレを食べるために!
一緒に作りたいという私を手伝ってくれるフォルテはもちろん、私が久々にキッチンに立つというのに興味津々なハルもユタも集まってきた。
フォルテはふりふりエプロン姿で、ハルのシャツの文字は「料理はまごころ」になっている。
「一葉ちゃんのごっはん。一葉ちゃんのごっはん!」
「たいしたことはないと思うんだけどねえ」
もしかしたら参戦するかも知れないからと、銀色の髪をくくったハルに苦笑しつつ、私は宣言した。
「さて、本日は贅沢に! トンカツとポテトサラダにしたいと思い、ます!」
「わーい! とんかつ! あの茶色くておいしそーなやつ!」
「とんかつ? ぽてとさらだ??」
たしか、ハルは猫時代に食べさせたことはなかったけど、何度か買って帰ったり見た目は知っているだろう。
対してユタは、言語翻訳機能でうまく変換されなかったらしく、首をかしげている。
「とんかつは、豚肉に衣をまぶして油で揚げたもので、ポテトサラダはじゃがいもや野菜をつぶしてマヨネーズで和えたものです」
「あげもの!?」
あ、よかった揚げ物の概念はあったのか。
ユタの表情がたちまち食いしんぼの顔になり、赤毛の尻尾がぶんぶんと揺れ始めるのににんまりとした。
ふふふ、どうやらポテトサラダはわからなかったらしいけど、実際に見て食べれば食いつくだろう。
「じゃあフォルテ、じゃがいもゆでてね! そしてその間にマヨネーズを作りましょう」
「かしこまりました」
じゃがいもをゆでている間に持ってきたのは、産みたて卵と昨日のオリーウオイルと酢と塩である。
このお屋敷のキッチンは、私のところよりもずっと道具がそろっていた。
フォルテが用意してくれたボウルに卵黄だけをいれて、うずうずしていたユタに手回し式の泡立て器を渡した。
「じゃあ、ユタ。油がよく混ざるように混ぜ続けてね。疲れたら交代するから」
「あい!」
「あたし、ボウル押さえてるねっ」
自主的に宣言したハルがボウルを押さえて、ユタが手回し式の泡立て器を回し始める中、私はスプーンでちょっとずつ、オリーウオイルを垂らし始めた。
一度興味があって作ってみたんだけど、これは一気に入れちゃいけないのだ。
卵がうまく乳化せず分離してしまい、あのマヨネーズにはならなくなる。
慎重に、慎重に油をつぎ足していけば、やがてユタが驚きに目を見開いた。
「すごい、白くなってきた!」
卵の黄色だったのが、油をつぎ足すにつれて白くもったりとし始める。
けどちょっとユタが疲れ始めてきたな……。
「ワタクシが交代いたしましょう。イチハ様、断続的に注ぎ続けてください」
ベストタイミングでフォルテが申し出てくれたのでユタと交代する。
フォルテが泡立て器に触れたとたん、泡だて器は独りでに高速で回り始めたのだ。
ふと見てみれば、すでにポテトサラダに必要なキュウリやタマネギやハムもまな板の上で刻まれ始めている。いつみてもすごい便利技だった。
そんなこんなで、あっという間にクリーム状に乳化になったマヨネーズにビネガーとお塩で味付けして完成だ。
私はできたてほやほやのマヨネーズをスプーンですくって、ハルとユタに差し出してやる。
「はい、味見してみる?」
わくわくしながら受け取ったスプーンを口に入れたハルとユタは一気に目を輝かせた。
「なにこれ!」
「酸っぱくてなめらかでおいしいー!」
きらっきらと表情を輝かせるユタに、私も縁についていたマヨネーズをなめてみれば、知っているよりも上品な気がしたけど、十分においしい。
うふふ、ほぼすべてうちの素材という贅沢さ。
しみじみとしていると、フォルテが声をかけてきた。
「じゃがいもがゆであがりました。ポテトサラダにいたします」
「マヨネーズ、いれるの!?」
「じゃあユタはじゃがいもをつぶすのを手伝ってあげて」
早くもマヨネーズの虜なユタにそう言って、私はトンカツの準備をはじめた。
まず、猪肉のロース部分を1センチ、いや1,5センチくらいの厚切りにして、筋を切っておく。
これをしないと揚げたときに曲がっちゃう時があるんだ。
そうして塩で下味をつけた後、待ち構えていたハルに言った。
「じゃあハル、トウモロコシ粉をまぶしてね」
「う、うん」
うちで生産しているトウモロコシ粉をバッドに広げれば、ハルは慎重な仕草で薄ーくはたく。
それを私が受け取って、余った卵白にもう一個卵を追加して解きほぐしたものにくぐらせて、貴重なパン粉をつけていった。
「一葉ちゃん、粉が余っちゃった」
ハルに教えられて見てみれば、確かに若干残っていた。
つなぎの卵もそこそこ余ってしまっている。
うーん。どうしたものかと悩んでいれば、フォルテが声を上げた。
「イチハ様、粉と卵を混ぜ合わせて天ぷらにしてみたらいかがでしょう」
「いや確かにそれならできるかもだけどフォルテそんなのまで勉強してたの!?」
「そのような料理があることは、スマ子さんより教えていただきました。揚げ方はこちらの料理を応用すれば可能でしょう」
いつの間にやらすごく交流していた。
とはいえ天ぷらならこの材料を全部使い切れるかも知れない、けど。
「ただ、うまく揚げられるかなあ」
「ワタクシにお任せください。揚げ油の準備をいたします。種は何がよろしいでしょう」
「なら、タマネギのかき揚げと、大葉……って、は!?」
見ればフォルテはすでにポテトサラダを完成させていた。
ユタはゴクリとつばを飲み込みながら、ボウルにこんもりとできあがったポテトサラダを眺めていたし、何ならまな板ではキャベツが高速で千切りになっていた。
はんやっ!!
私が絶句している間に、フォルテは少し深さのある鍋を用意して、油を張って、火をつける。
こっちのコンロはスイッチを入れてレバーで調整できる感じだ。
私でも使えてほんとありがたい。
いい感じに油が温まるまでに、たちまち揚げるためのネタを用意すると、フォルテは残っていたトウモロコシ粉と卵に水を足して衣をつくる。
「ではワタクシが揚げてゆきますので、スープとパンケーキをよそっておまちください」
なんだって!?と私が見てみれば、何口もあるコンロの上にはほかにも2つ鍋があって、コンソメベースっぽいスープと、主食になるトウモロコシ粉パンケーキが湯気を立てて鎮座していた。
これは、私の出る幕はない。というか、ほんとにキッチンはフォルテの独擅場だなあ。
って、あれ、もしかして足下浮かんでるか。そうかあ……。
けれどフォルテの表情を見てみれば、苦にしている様子なんて一切なく、むしろどこか嬉しげに揚げ油の様子を見ていた。
まあ、ならいっか、と私は肩の力を抜いて、別のことができないかと見まわしたのだった。
新作投稿いたしました。
「魔王なんてお断り! 最強メイドは姫様の下に帰りたい」
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姫様大好きなメイドさんが、魔王を暗殺しに行ったら魔王になってしまったけど、姫様の下に帰るために奮闘するお話です。
よろしくお願いいたします。




