はじまり:配下君がいうことには
はいはい、どうもこんにちは。加納一葉26歳……あーもうめんどくさいな省略で。
我が愛猫ハルが美女で邪神だったと判明して、私はとりあえず、フォルテと名乗った少年を家へ招き入れた。
転移の時の衝撃でとっちらかっているものをとりあえず押しのけて、クッションを差し出せば、フォルテは礼を言ってちんまりと膝をそろえて座る。
そして対面にハルが。彼らの間に挟まれるように私が座れば、フォルテはぴんと背筋を伸ばしたあと頭を下げた。
「先ほどは思考回路に著しい乱れを生じさせ、大変失礼をいたしました。改めまして、お久しぶりでございます、ハーディス様。そして初めまして、ハーディス様に連れ添うお方。ワタクシは幽玄城の家令端末にしてハーディス様の使徒、フォルテにございます。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「加納一葉よ。一葉で良いわ」
「カノウイチハ様、登録いたしました。よろしくお願いいたしますイチハ様」
「いやイチハ様なんて柄じゃないんだけど……」
恭しく頭を下げたフォルテにむずがゆさを覚えた私は、それとなく抗議をしたのだが、黒と銀の少年は意外に強い眼光で見上げてきた。
「いえ、ハーディス様がおそばにいられる時点で、あなた様はワタクシにとって敬うべきお方でございます。どうぞワタクシのことはフォルテとお呼びください」
「わ、わかった。よろしくフォルテ」
その謎の迫力に気圧された私は思わずうなずいた。
たぶんこれ、敬語とかつけたらまた注意されそうだ、と思いつつ自己紹介によく分からない単語が混じっていたので聞いてみた。
「フォルテは家令端末っていったけれど、つまり人間じゃないの?」
「フォルテは一葉ちゃんの世界で言う、神様に創られた使い魔みたいなものなのよ。あのお城、幽玄城を守ってもらうようにお願いしていた子で、私の唯一の使徒だったの」
「いわゆる天使?」
「兼座敷童みたいな子。これでもこっち換算で200年くらいは生きてるから」
「稼働年数は213年を迎えました」
フォルテに淡々と付け足された数字が全く現実感がなくて、急にハルの神様らしい一面を見てふおおっとなる。
でもそうかあの城、幽玄城って言うのか。
百年待っていた、とかさっくり言っていたけれども比喩でも何でも無かったのか……。
銀メッシュ入りの黒髪とかすごいなあともっていたけど、213年も生きているんなら彼の外見年齢に見合わない落ち着きっぷりとか丁寧さとか納得できる。
ふむふむと思っていると、ハルがフォルテに身を乗り出して言った。
「そして、先ほどのご質問ですが、ワタクシはハーディス様がふたたびこのカウンへ現界されたことを察知して、幽玄城ごとこちらへ参上いたした次第です。ワタクシと幽玄城は、空に上がって以降、聖豊教会の者たちには毛ほども悟られておりませんのでご安心ください」
「ありがとう、フォルテ。君が生き残ってくれていて、あたしは嬉しい」
「もったいなきお言葉です」
ハルが嬉しそうに微笑みながら言えば、フォルテは黒と銀の髪を揺らして頭を下げた。
けれど、すぐに顔を上げて、すみれ色の瞳でまっすぐハルを見つめる。
「ではどちらから攻め入りましょうか、聖豊教会は各地に根を下ろし、その勢力はとうとう海峡を越えました。唯一確実な領域は絶界の森に囲まれたこちらのみでございますが、未だに往年の勇士達は各地で生き残っております。ハーディス様が戻られたとあれば、呼応するものは多々おりましょう」
「あのねフォルテ。あの頃はあたしも若気の至りだったというか、なんというか」
「いいえ、あなた様の振るった暴威は、まさにこの世を支配すべき神そのものでございました。その恐ろしくも美しいお姿に心酔していたものも数多くおります」
「ひゃうっ」
ハルが一生懸命押しとどめようとしているが、フォルテの言葉は止まらず、ハルは古傷をえぐられたように涙目になった。
いやあ、そうだよね、黒歴史という傷をえぐられているみたいだから。
にしてもフォルテ、秀麗な無表情が逆に怖い。
……とりあえず、聞きたいことは多々あれど、私は、まずはハルとフォルテの齟齬を埋めるほうが良いだろうとここまで黙って聞いていた。
全く関係の無い横やりを入れた瞬間、本筋に戻れなくなって崩壊する会議を何度も経験したからね。
……いや、ぶっちゃけ状況が把握できないのもあるんだけど。
とはいえ、フォルテの口ぶりからすれば、本当にハルはこの世界で邪神として君臨していたらしい。
曰く、一夜で国を一つ滅ぼした。
曰く、彼女のそばに居れば誰もが一騎当千の働きをした。
曰く、大地を歩くだけで不毛の地に変えた。
その後も蕩々とよどみなく語られる武勇伝の数々に、赤くなったり青くなったりを繰り返していたハルは恥ずかしさのあまりであろう、ぷるぷる震えながらうつむいてしまった。
思いっきりダメージを与えているのに気付いているのか居ないのか、フォルテは恭しく続けた。
「このフォルテ、あなた様の命に従いまして、幽玄城と共にこの百年雌伏しておりました。ワタクシはあなた様の使徒、あなた様の手足、使い捨てにされるはずだったワタクシの知性と身体を幽玄城につなげてくださったご恩は、この身を以て報いることこそが、ワタクシの至上命題なのです。どうぞ、ワタクシの機能を十全に発揮する機会をお与えください」
ハルの反応からして、彼の話は多少誇張が入っていてもおそらくは本当なのだろう。
けれど、と私は隣でぷるぷる震えるハルを見る。
藍色の瞳や、緩やかに波打つ銀の髪、そして見事な肢体を飾る簡素でありながら荘厳さのある服装とも相まって、要素だけ見れば確かに神様っぽい。
けれども邪神か? と問われれば首をかしげざるをえないし、藍色の瞳は涙でうるみ、白い頬は赤く染まってどことなく嗜虐心をくすぐられる感じで、なんというか神様としては残念だ。
ついでに言えば、三年間猫としてのハルと一緒に過ごしてきたけれども、彼女の性質を実感していた私は、こう思うのだ。
ハルに邪神なんて役割、ぶっちゃけ神選ミスじゃね?と。