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6仕事め:物事はしっかり確認しましょう

 


 タイラントボアとの恐怖の鬼ごっこを経験していたとはいえ、私は絶界の森とか言われていても、日中ならば大丈夫だろうとのんきに考えていた。


 それに、目当てはオリーブの木である。モクセイ科の常緑高木で、地中海地方が原産。

 地球では紀元前から栽培されている、油と問えば必ず上がるくらいにはポピュラーで、油を絞るほかにも、食用や、幹は家具の材料になるなど用途は広い。

 家庭でも庭木としてもよく植えられるためホームセンターへ行けばたいてい売っているような樹木だ。

 要するに、危険なんてこれっぽっちも考えてなかった。


 だが、私はすっぱり忘れていた、ここが異世界だと言うことを。

 甘かった、マカロンでチョコレートフォンデュをしたときみたいに甘かった。


「うわああユター!!!???」


 私は大量の蔓になすすべもなくさらわれていくユタに、私はただただ叫ぶことしかできなかった。

 ユタが短剣を振り回しても蔓は全く切れず、ぐるぐる巻きにしていったのは、蔓の塊みたいな樹木だ。

 いや、木と言って良いのかわからない。


 大きさは周りの木々よりも一つ分小さいくらいなのだが、全体が枝なのか髪なのかわからないような蔓で全身を覆われていて、蔓がそのまま樹木の形になっていたのだ。

 絡み合うんじゃなくて、配管みたいに規則正しく並んでいて、さらに言えばその真ん中あたりに目と口のようにうろまで作られているものだから、異様に気味が悪い。


 だが唯一確かなのは、これは断じて私が知っているオリーブの木じゃないことだ!


 この蔓の化け物とは、スマ子さんの案内で茂みを抜けたとたん鉢合わせた。

 オリーブの木がいるという方向で。


 今思えば、スマ子さんが提示した情報からして変だったのだ。

 オリーブの実がなるのは10月から11月で、今は4月から5月にかけてといった感じで、実がなるわけがない。

 にもかかわらず、成長期だから油の採集に適しているというのは奇妙だ。


 そう考えても後の祭りなのだが。


 私は、蔦の届かない茂みを盾にして途方に暮れる。

 蔦の化け物はゆっくりと蔦を伸ばして進んでいく。移動する速度は人が歩くよりもずっと遅いから、私でも追いかけることはできる。


 けれどユタは、すでにきっちり蔦にまかれていて全体は見えず、巻き込まれなかった赤毛の尻尾がかろうじて確認できた。


「ユタっ大丈夫!?」


 叫べば、蔦の塊がもぞもぞ動いた。


「だい、じょうぶです。けど、うごけませんー! 剣でも切れませんー!」

「動けば動くほど締め付けてるみたいだから、怖いだろうけど動かないで!」

「あいー!」


 会話をしても、このオリーブの木(暫定)は全く反応せず、ただうねうねと蔓を伸ばしていくだけだ。

 目に見える部分も、目として機能しているわけではないらしい。

 でもあれに絶対当たるパチンコを打ち込んでも意味がない気がした。

 一応、ユタは生きているけれど、いつまで大丈夫かわからない。

 このまま蔓がほどけるかもわからない。


 どうしたらユタを助けられる?


『イチハ様、イチハ様』


 呆然としていたら、スマ子さんから、フォルテの声が響いてきた。

 はっと握りっぱなしだったスマホの画面を見てみれば、黒地に銀が混じった髪をした秀麗な少年が映っていた。

 その脇には、心配そうなハルの姿もある。


 二人ともいつみても美人だなあと場違いなことを思ったけど、そうだった、直前になぜか電話がかかってきたんだ。


『どうぞ状況を説明していただけませんか』


 何で通話ができるの? と言う疑問もよぎったけど、フォルテに促されたことで一気に現実に引き戻された。


「す、スマ子さんにオリーブの木が絶界の森に生えていると教えてもらって、そんなに遠くないと思ったから取りに行ったんだ。そしたら私の知っているオリーブの木と全然違って、ユタが蔓でぐるぐる巻きにされてる」


 おそらくビデオ通話になっているのだろうと思った私は、画面を蔓の化け物へ向けてみれば、ハルの絶句する声が聞こえた。


『ユタちゃん!?』

『状況は把握いたしました。その植物はオリーウノキ、魔植物に分類される低木でございます』

「動いているけど!」

『魔植物ですので』

「ユタ捕まっちゃったけど!?」

『障害物に反応して巻き付く性質があるのです。意思はございません』

「と言うかオリーウノキ?」

『おそらく、スマ子さんはイチハ様の発音を聞き違えたのではないかと』


 そのせいかー!!!!!


 私は、頭をかきむしりたくなる衝動をこらえた。


 音声機能がうまくはたらかないことはままあったけど、よりにもよってこんなところで陥るとは。

 以前よりも音声だけで情報を引き出せるようになったからとはいえ、ちゃんと画面で確認すれば良かった。

 ちゃんとこの世界の資料と照らし合わせてから採集に来れば良かったとか、私がぼうっとしなければ良かったとか、後悔がどんどん押し寄せてきておぼれそうになる。


『一葉ちゃん、まってて、ユタちゃんを助けるためにあたしすぐに行くからっ!』


 スマホ越しにハルの声が飛び込んできて、はっと我に返った。

 そうだ、私の身代わりになったユタを助けなきゃいけない。

 反省も後悔も後だ、今はユタを助けることだけを考えなきゃ。


『大丈夫ですイチハ様。今からでもユタを救うことは可能です』


 フォルテがいつもの平静な口調で堪えてくれた。

 私は藁にもすがるような心地で、スマ子さんを握りしめてかぶりつく。


「ほんと!? どうしたらいいっ」

『結んでください』

「へ?」


 私は耳がおかしくなったかと思った。






 *






『オリーウノキの蔓は、ロープとして市販されるほど頑丈です。根元からでないと切断も不可能であり、蔓自体が触覚器官の役割をしておりますが、活発なのは成長期の若葉だけでございます』

「それで、日向を探して行くんだよね」

『はいそうして自身の成長に適切な日向に移動いたします。ちなみに休眠期には栄養補給に適切な土地に根を下ろします』


 すんごいアグレッシブだ、異世界の植物。

 がさごそとトランクをあさりながら、私は不安のままに画面の向こうの二人に話しかけた。


「一応、手順は聞いたわ。それで本当になんとかなるのね」

『はい、これが巻き込まれた者を回収し、オリーウノキから油分を取る最適手順です』

『がんばって、一葉ちゃんっ』

「了解!」


 フォルテは簡潔に、けど正確に情報を教えてくれた。

 彼はできないことは絶対に言わない。その上で、私にできる方法を教えてくれたのだ。

 後は私の度胸次第だ。


「よしっ」


 音量を最大にして、スマ子さんをポケットに入れて準備を終えた私は、気を奮い立たせて蔓に近づいていった。


『活発に動く若い蔓を避けて、鈍い背後の蔓をできる限り複雑に、できる限り多く、ほどけないように結ぶのです。編めるとなお良しであります』


 歩くより遅いオリーウノキにたどり着いた私は、引きづられるままの茶褐色になった蔓を持ち上げる。

 古いのは、茶褐色になっているから非常にわかりやすい。

 私の人差し指くらいの太さがある蔓は手の中でうねってビビったけれども、若いのとは違ってすごく弱々しかった。


『蔓は熱と日光より供給されるマナを探知いたしますが、若い蔓のみですので容易に近づけます。結ぶ蔓は、なるべくユタに近いものを優先してください』

「わかった」


 ちょっとべとっとしているのが気持ち悪いけど、くるまれているユタの方がすっと気持ち悪いはずだ。

 私は意を決してその茶色い蔓をとにかく結びはじめた。


 まずはオーソドックスに固結び、蝶結びは二重にして、ほどくことなんて一切考えず、がんがん結んでいく。

 ついでに三つ編みやら四つ編みやらを必死で思い出して、トランクに入っていたなんかのひもで結んでいった。

 というか、リボンなんてよく入ってたな。


 うねうね動く蔓が飾り立てられていく様は、我ながらひどい感じだが、十何本目に入ったところで変化があった。

 若い緑色の蔓が伸びてきて、私が固結びをした結び目をほどこうとし始めたのだ。

 若い蔓に触れそうになって焦ったが、私なんて見向きもせずにけんめいに解こうとする。


「フォルテの言うとおり、はずそうとしはじめた!」

『オリーウノキは自分の蔓が整列しないことを非常に嫌います。そのため、意図せず絡み合った蔓を解こうといたします。そのまま続けてください』


 フォルテの平静な指示に励まされながら、私はさらに結んでいく。

 ほどけてしまえば意味がなくなってしまうから、オリーウノキとの競争だ。

 まもなく、ユタをぐるぐる巻きにしていた若い蔓まで結び目解きに参戦してくる。

 結果、若干ぬれたような質感になったユタが地面に着地して、私は結ぶ手を緩めないまま歓声を上げた。


「ユタ! ごめんね無事でよかった!」

「イチハさん、なんかこれおいしそーな匂いがする」

 

 一時期は命の危機が迫っていたにもかかわらず、ユタはくんくんと自分の体についた液体を熱心に匂いをかいでいた。

 その毛並みからは果実に似た独特の芳香がして、イタリアンレストランの匂いによく似ていて空腹が刺激される。

 そういえば、さっきから触っている蔦からもぬるぬるとしたものが脂汗みたいに分泌されているけれども、もしや、まさか。


「これ、オリーブオイル!?」

『オリーウノキは、絡まった蔦を解くために、蔦から油脂分を分泌させて滑りをよくするのです。おそらくもうすぐです。もうしばらく結び目を作ってください』

「ユタ、とにかく茶色い蔦を結んでいって!」

『オリーウノキの蔦は、根元の継ぎ目からでしたら刃を入れることが可能です』

「あい!」


 そうしてさらにぬるぬるする蔦を捕まえて一心不乱に結んでいった。

 いつしかオリーウノキは足を止めて、私たちが結んでいく蔦を解くのにかかり切りになっている。

 ユタは軽快に緑の蔦を避けつつ、何本か切り飛ばしながらネットみたいに編み込んでいて、あんな目にあったのに楽しそうだ。

 ぶっちゃけ私も楽しい。


 やがてユタのほかにも蔦に巻き込まれていたらしい石やら木の枝やら動物までが、続々と解放されていった。


 うわあそれにしても沢山あるなあ!


 オリーウノキはどことなく脂汗をかいているみたいに身もだえている。

 いつしか、ほとんどの茶色い蔦を結び終えた時、オリーウノキの全身がぶるぶると震えだしたのだ。


「オリーウノキ、なんか変!」

『イチハ様、バケツを構えてください』


 ユタが言うのに、フォルテが叫び。

 私は慌ててトランクの中からバケツを取り出して走った。

 瞬間、オリーウノキはまるで知恵の輪を投げ出すみたいにびったんびったん緑の髪……じゃなかった蔦を暴れさせだした。


 そしてもつれてしまっている茶色い蔦がトカゲの尻尾切りみたいに根元から落ちたとたん、切り口からものすごい勢いで液体が噴き出してきたのだ。

 水よりもとろりとしていて、緑がかった透明なそれは、蔦の表面から分泌されているものと全く同じもの、つまりは油だった。


「成長期に採集ってそういうことかあああ!!」


 もう許容量いっぱいいっぱいで叫ぶしかない。


「イチハさん、あふれちゃうっ!」

「ユタッ、トランクから入れ物だしてっ」


 私とユタは慌ててその噴水のように立ち上るオリーブオイルならぬ、オリーウオイルをバケツに受け止め続けたのだった。





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