6仕事め:森の探索は日中に
私は真昼の絶界の森を、さくさくと歩いて行くユタの背中をえっちらおっちら追いかけてていた。
真昼に見る森の中は木漏れ日によって薄暗いものの、以前のおどろおどろしさは全くない。
だからちょっとしたハイキングに来ているような気分だ。
とはいえ、しっかりとしたハイカットのスニーカーで足を固めていても、道なき道を歩いて行くのは結構体力がもっていかれるけど。
まあ真夜中に命がけの鬼ごっこをやったときとは大違いなのは間違いない。
前を行くユタは、私が歩きやすいように道を作りながら歩いてくれていた。
赤い尻尾がバランスを取るようにゆったりと揺れているのがなんともいえずかわいい。
ぼーっとついて行っていれば、ふとユタが立ち止まりすんすんと鼻を動かすと、しゃがみ込んだ。
「イチハさん、これじゃない?」
そこにあったのは、全体に柔らかな産毛の生えた草だった。
試しにちぎって香りをかいでみれば、すっきりとした甘い香りが鼻に抜ける。
「へいスマ子さん、サルアの画像を出して」
電子音の後に女性の声がひびいた。
『はい、サルアはこちらになります』
スマホに表示された植物と、目の前のそれを見比べてみる。
「これだよ。よく見つけたね。じゃあ掘り返そうか」
「うん」
ユタの頭をなでれば、気持ちよさそうに耳が伏せられたが、すぐさまやる気モードで腰に下げてる道具袋からスコップを取り出してしゃがみ込んだ。
根ごと持ち帰れば、畑でいつでもとれるようになるからね。
横暴だけど、いい場所に案内するから、おとなしくついてきてくれ。
と心の中でセージの類似植物サルアに話しかけつつ作業を始めた。
今はユタと二人きりである。
ハルは、本人の希望で家に残っていた。
「お野菜の様子も、コッコ達も気になるし。その、ちょっとね気になることがあって……」
昨日の夜、申し訳なさそうに言いよどむハルが、ちらちらと伺っているのはフォルテだった。
絶界の森へ行くと決めて以降、フォルテは心ここにあらずといった感じで、私も少々気になっていたのだ。
ハルが残る、と言ったとき、フォルテがどことなくほっとしたような表情になっていたので私にはわからない何かがあるのかも知れない。
まあ、ハルは元々そんなに土地から出ない方がいい身の上だし、あくまで浅瀬の採集だから大丈夫だろうし。
私はサルアの株を土ごと布袋にいれると、例のトランクへとしまい込んだ。
ただ、忘れてしまうと取り出せなくなるし、時間が止まるわけじゃないからそこだけ注意らしい。
それにしたってほんと便利だ。異世界の技術水準やばい。
「これで、一通り見つけられたかな?」
「そうだね、ちょっと休憩しよっか」
ちょうど座れそうな倒木を見つけたので、二人で並んで座り込み、フォルテが間食にと渡してくれた焼き芋をかじった。
我が家のサツマイモは一度焼いて冷めていても十分に甘くてねっとりおいしい。
ちなみにフォルテに頼まれていたハーブのたぐいのほとんどは絶界の森の際で採れた。
雨も降ったから、種が流れてきたのかも知れないなあ。
ほかにも思わぬ発見もあって、今回探索している方向に、荒野と森を分断するように川が流れていたのだ。
家から一クロメーテほど離れているものの、忙しさにかまけて全く土地を探索してなかったことが悔やまれる。
まあ、見つけても利用できるわけじゃないからどっちもどっちか。
生活用水から畑にまく水まで、屋敷からの供給で十分にまかなえているから、非常用として予備ができてほっとした程度だ。
「ユタ、今度は魚でも捕りに行ってみようか」
「イチハさん、お魚好きなの? でもあのあたりにはお魚いなかったから、森の中で捕ろうね」
うん、釣るじゃなくて捕ると表現することに、アグレッシブさを感じるけど楽しみが一つ増えたのはうれしい。
もっしゃもっしゃと一足先にサツマイモを食べきったユタは、赤い耳を動かしながら問いかけてきた。
「ねえねえ、これからどうする。そろそろお昼だよね」
「うーん。そうだねえ。フォルテに頼まれたハーブや薬草は採れたからね。あとユタに教えてもらった食べられるキノコとか果実も手に入ったし」
「野営の時に便利なやつ、これ食べて飢えをしのいでたの」
むふーとうれしそうに尻尾を振るユタの、言葉の端々から香る殺伐さには曖昧にほほえみを返して、スマホの画面をのぞき見る。
夜明けに出発してユタとともに森の浅瀬を探索し続けていたけれど、今は11時くらいだった。
カウンの時間の表し方は、一応60秒が1分で60分が1時間で、24時間が1日だ。
けど、体感でちょっとずつ時間がゆっくりと過ぎている気がするから、数え方は一緒だけど、長さは地球とは違うのかも知れない。
うちの時計もなぜかカウンの時間に適応しているから、感覚でしかないんだけど。
とはいえ、ユタの反応から見るに、普通の人はかなりおおざっぱに時間を把握しているっぽかったからあんまり気にしない方がいいだろう。
んで、本日の予定だが、探索は午前中で終わりにして、お昼過ぎには帰ろうと思っていた。
だってできるならおいしいご飯を食べたいし、ハルに畑の水やりをお願いしているとはいえ、一日一回は畑を見ないと気が済まない感じになっていると言うのもある。
いやあ、ほんとお百姓さんっぽくなった。
家から森まで30分くらいだから近所といえなくはないんだが、ユタが言うには森の日暮れは予想以上に早いのだという。
真夜中はあんなにおどろおどろしかったというのに、真昼の森は居心地が良いというか、ほっとするというか。
強いて自然派な訳じゃなかったんだけど、絶界の森が予想外すぎて私はぼんやりとつぶやいた。
「森の中って、こんなに食べられるものがあるんだね。土地が豊かなのかな」
トランクの中には、ユタがせっせと見つけてきた野草や野いちごっぽい果実なども入っていた。
フォルテからもらった紙袋や布袋に詰めて入れてある。
ちょっと歩けば何かしら食べられるモノがあって、野菜とは違うものにほくほくしていた。
もしかしたら日本の野菜がなくても、何とかなっていたかも?と考えたくらいだけど、ユタは首を横にふった。
「絶界の森はすごく危ないから、普通の人は入れない。だから沢山恵みが残っているのだと思う」
「ああ、なるほど、人間の手が入っていないから、恵みが豊かなんだね」
それはそれで不穏で、背筋がぶるっとしたけど。
「だいじょうぶ。危ない獣も植物も避けてる」
きりっと表情を引き締めるユタに頼りっきりなのは申し訳ないけど、頼りになるんだよなあ。
一応、危険地帯なので、私も例の「絶対に当たるパチンコ」で武装をしている。沢山使いすぎには注意して、とフォルテには言われたけどまあ持ってないよりはましだしね。
それにしても、これくらい豊かな森だとちょっと無い物ねだりをしてしまう。
「これだけあれば、オリーブの木みたいなの、一本くらい生えてないかなあ」
「なあに?」
「絞るだけで油が採れる実がなる木」
獣耳を立てて驚くユタに、あきらめきれない私はため息をついた。
オリーブオイルの原料になるオリーブは、果実を搾るだけで油が手に入る初心者に優しい作物だ。一本で割と採れる。らしい。
野菜栽培の本一緒に買った園芸本に載っていた。
つぶして絞るだけなら、私でもできそうだ。
フォルテは、私達を飽きさせないように工夫して、毎回いろんなご飯を出してくれる。
これから断然野菜がおいしくなる時期だって言うのに、おいしい食べ方をさせられないのは職人意識に反するだろう。
と言うか、フォルテが苦心しているのを知っているから、なるべく選択肢を増やしてやりたいのが正直なところだ。
「フォルテくん、なんとなく寂しそうだから、見つけたら元気になってくれるかな」
「え、それ、どういう」
ユタが何気なく言ったそれを聞き返そうとしたら、すっと血の気が引くような感覚を覚えて。ぴろんっと電子音とともにスマ子さんが話し出した。
『オリーウノキは、ここから約500メーテ南に生息しています』
「オリーブの木があるの!? といかそれ油採れるの!?」
スマ子さんを握って問い返せば、スマ子さんは淡々と続けた。
『はい、現在オリーウノキは成長期に入っており、油分の収穫には大変適しております』
画面に表示されているのは、ここからほんの少しだけ絶界の森の内部に入ったところだ。
私は、ぴんっと獣耳を立てるユタと顔を見合わせた。
「ユタさんユタさん質問です。500メーテは遠いですか」
「森の中なのでまっすぐ歩けないですが、30分もあればたどり着きます」
「もう一つ質問です、現在の行軍は危険ですか?」
「絶界の森ではちょっと危ないです。けどここから南の方角だと、土地に沿って歩くことになるので、そんなに怖くはないかもです」
「つまり、お昼のうちに帰れる?」
そわそわと尻尾を揺らめかせたユタは、こくんと頷いた。
ユタは私よりも小さいけれど、森に関しては比べものにならないほど玄人だ。
だから私はユタがだめだと思うんならあきらめるつもりだった。けれどいけるという。
森の奥に入り込むのは、大変に危険が伴うのは重々承知している。けれどもオリーブの木があるのならば大変に魅力的だ。
枝の一つでも持ち帰れば、挿し木で増やせて、油に困らなくてすむ。
さらに実が採れれば一石二鳥だ!
「よし、ユタ、ちょっとお昼ご飯遅くなるけどいい?」
「いいよ!」
「じゃあ、へいスマ子さん! オリーブの木まで案内して!」
『はい、道案内を開始します』
そうして私とユタはスマ子さんのナビゲートで、寄り道をすることにしたのだった。




