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6仕事め:調味料と油の確保

 



「はい、というわけで第四回加納家家族会議を始めたいと思います」


 朝ご飯の片付け終えて、居間で四人でちゃぶ台を囲んだ私は、そう宣言した。

 ハルがぱちぱちぱちと拍手をするのをユタが肉球の手のひらでまねている。

 ちなみに第四回になっているのは、前回のユタの処遇について緊急会議をカウントしているからだ。えっと、たぶん、合ってるはず。


「今回の議題は調味料についてです。料理係のフォルテ、現状の報告をお願いします」

「はい」


 ちょこんとカーペットの上に正座したフォルテは、よどみなく答えた。


「まず、イチハ様より提供された各種調味料のうち、ケチャップ、マヨネーズは一ヶ月前にご報告したとおりすでに枯渇。味噌、醤油、油、酢、酒、砂糖、みりん、こしょうは微少となっております。ダシノモト、およびコンソメノモトも残りわずかです」


 とん、とん、とん、とちゃぶ台に並べられてゆく心許ない調味料の数々に、うすうすわかっていたとはいえほんのりとしょっぱい気分になる。

 残念野菜たちを食べるためにソースとかケチャップ類を沢山つかって味を補っていたからなあ。

 ケチャップとマヨネーズ関しては使い切ったら買い足す方式にしてたから、ストックもない。


 ……ん?一人暮らしの割にやたら調味料が多くないかって? 

 だって延々と連勤に続く連勤の間にコンビニ弁当には飽き飽きしてたんだ。せっかく自由に使える時間ができたんなら、好きなものを好きな味付けで食べたいじゃないか。


 自炊の一番いいところは他人に気兼ねなく好きなモノを作って食べられることだ。

 そのため、おいしい調味料があればいろんな場所から通販で取り寄せたものである。

 とはいえ、そんな風に気づけたのも心の余裕ができてからだけど。


 するとハルが空っぽに近くなっているお醤油のボトルを前にしょんぼりしてた。


「あたしたち、食べたもんねえ」

「わたしが沢山食べたせい?」


 ユタが悲しげに表情を曇らせるのに、私はその赤毛の髪をぽんぽんとなでることで応じた。


「いつかはくることだったし、いつまでも取ってはおけなかったもの。大事にとっておきすぎてだめにならなかっただけましだわ」


 こっちに来てもう三ヶ月以上たっているわけだし、これでもだいぶ持った方だろう。

 私はため込みすぎてしまう傾向があるから、フォルテに次々使ってもらえたのなら良いことだ。


「ですが、貯蔵庫でも説明しました通り、塩と砂糖は幽玄城に在庫がございますので、このペースで使用しても10年前後持つ計算になります。さらに酢、ワインに関しましても、当ワインセラーに大量に保管されておりますので当分は安泰でございます」

「とりあえず、お醤油は使い切っちゃおう。開封しちゃってるから風味が変わるだけだし。ただ、お味噌は冷凍保存しよう」

「かしこまりました」


 フォルテはうやうやしく頭を下げた。

 残った味噌は片手で握れそうなくらいしか残っていない。

 けれど、それは通販でお取り寄せしたちょっとお高い生味噌で、麹菌がまだ生きているはずだ。

 そうやってわずかな希望を込めて冷凍保存してあるものはそこそこあったりする。

 うふふ持て余しただけ、っていうのも結構あるけどね。

 いつか、材料や技術がそろった時には味噌が仕込めるかも知れないという、わずかな希望がこもっていた。

 ……米なんて影も形もないけれど。


 長く暮らしていくことになるんだからなるべくおいしいものを食べていきたいじゃないか。

 ともあれ、高レベルなものは作れないので、できそうなものから始めることにしよう。


「ですが、ケチャップ、マヨネーズ、トンカツソースに関しましては、一葉様のレシピを元に試作中です」


 と思っていたら、フォルテが言いつのってきた。

 表情は変わらずいつもの平静を装っていたけれど、いつにもまして熱心な気がして、少々おやっと思う。

 けれど正直、その言葉はうれしい。

 まあ、幽玄城のハイスペックさを目の当たりにすれば、そんなに深刻な心配はしていなかったんだけど。

 気になりつつもほっと息をついていれば、ハルがしみじみとつぶやいた。


「フォルテ、お料理上手だもんねえ。今回のベーコンも甘い香りが良くてすっごくおいしかった」

「恐れ入ります。燻製にリンゴの薪を使用しましたので、それが理由でございましょう」


 この世界には地球と同じように呼ばれている植物もいくつかあるらしい。

 そう翻訳されているように聞こえる、というのが正しいのかも知れないけど。


「リンゴ! そういえば幽玄城の中に植わってたねえ。ちょっとつまませてもらうのが好きだったなあ」

「申し訳ありません、ハル様。ワタクシの力が及ばず、すでにリンゴをはじめとする果樹のはすべて枯れております」


 フォルテの告白に、その場に奇妙な沈黙がおりた。

 なんと言ったらわからないというか黙り込んでしまたのだけど、ハルは青い瞳を丸くして驚いた後、寂しそうにつぶやく。


「そっか、そうだよね。百年たってるもんね」

「はい」


 相づちをうったフォルテがなぜかほんのり寂しそうに思えて、私は、黒と銀の髪の彼を見つめて考え込む。

 けれど、すみれ色の瞳がこちらを向いた。


「トマトケチャップは、簡易なものはすでに作成し、料理にも使用しております」


 ケチャップなら完熟トマトにタマネギにニンニクに、お酢に砂糖があればできるから楽なものだろう。

 鷹の爪も、畑の隅っこのほうですくすくと育っている。

 いや、以前ホールの鷹の爪を買ってあったのが戸棚の奥で眠っててね。試しに種を植えてみたら生えてきたんだよ、やったぜ。


「あれはすごくおいしかったけどあれで簡易なの?」

「風味付けの香辛料が不足しておりますので。どうしても風味は劣るものになっております。ただ、先日イチハ様の供給してくださったタカノツメは大変に助かりました」

「どういたしまして」


 どことなく悔しげなフォルテに私は、わくわくと提案した。


「ところでフォルテ、卵があるんならマヨネーズは作れるかな?」

「似たような食品はこちらにもございますので、作成は可能です」


 マヨネーズに必要なのは、卵、酢、塩、油というシンプルなもの。新鮮な卵が恒常的に手に入るようになった今、最も身近で現実味のある調味料だと思う。

 卵を生で利用するときに一番怖いサルモネラ菌は、マヨネーズなら塩分と酸味料で死滅するから生卵でも大丈夫、な、はず!

 ただここは異世界だから菌事情も全く違うのかも知れないと思ったが、フォルテが作れると言うんだったらこっちでも安全なんだろう。


 よしっと私は拳を握ったのだが、フォルテは言いにくそうに続けた。


「ですが、油の確保が難しいかと」


 確かにそのとおりだ。

 一度作ってみたことがあるのだが、最小単位である卵黄一個に対して計量カップ一杯分の油分を必要とするのだ。

 カロリーボンバーの名も当然の構成に恐ろしくなったものだった。

 すると案の定ユタが不思議そうに聞いてきた。


「ねえ、猪肉の脂を使っちゃじゃだめなの?」


 ハルも首をかしげていることからして、同じ考えらしい。

 タイラントボアには少なくない脂肪を蓄えていて、フォルテも溶かしてラードとして保管していた。

 それで作った野菜炒めは大変に美味でしたとも!

 けど、


「ラードは固形油脂に分類される食品のため、マヨネーズはもとより、ドレッシング冷菜料理には不向きです」

「???」

「油なのに?」


 フォルテに説明されたユタとハルの顔に、おもいっきり疑問符が浮かんでいた。

 まあ、同じ油だったら大丈夫なんじゃとは思うだろう。

 にしてもフォルテがほんの少しだけど落ち込んでいるような?

 人に説明するのって難しいからなあ。


「フォルテ、作ったラードを持ってきてくれない?」

「かしこまりました」


 これは現物を見せら方が早いとお願いすれば、フォルテはすぐさま白い固形物の詰まったガラスの瓶を持ってきてくれた。

 さらに、頼んでいないのに小皿とスプーンまで添えてくれるのはさすがだと思う。


「はい、これがラード。常温の時はこうして塊になってるんだよ」


 小皿に出した白い塊をハルとユタに差し出せば、二人は興味深そうに突っついていた。


「でも一葉ちゃん、固まってるんなら温めて溶かせばいいんじゃないの?」

「あ……そっか。サラダが温まっちゃってしなしなになるね。それか冷えて固まってざらざらするかも」


 未だにピンときていなかったハルだけど、食いしん坊なユタが先に気がついた。


「その通り、ラードは炒め物とか揚げ物にはすごくおいしい油だけど、常温ではこうして固まっちゃうから、サラダや冷たい料理に使うには難しいものなのよ。マヨネーズも作れはするけれど、いったん溶かして使ったとしても、結局常温になるからマーガリンみたいになるだろうね」


 それはそれでおいしいかも知れないけど、卵が貴重な今は試す気にはなれない。


「ほへええ。そうだったんだあ」


 ハルとユタが関心するなかで、私は提案した。


「というわけで、油の確保を提言したいと思います。これからさらに生野菜がおいしくなる時期になるから、ドレッシングの出番は多いと思うんだよ」


 この土地の季節は、春から初夏に入りかけていて、若葉が芽吹いてレタスやらの葉物野菜が次から次へと生えてきていた。

 食べるのが追いつかなくて放置している部分もある。


「お野菜蒸したやつに、お塩と油をかけたやつ、すっごくおいしかったね」


 ハルは言いつつ、その味を思い出しているのだろう、うっとりと顔が緩んでいた。

 確かにあれはすんごくおいしかった。ああいうことができたのも、良質な油があってこそだ。


「確かに、今後を考えるのであれば、植物性油脂の確保が必要でございますが。現状での入手は困難かと」

「そうなんだけどね。もしかしたら糸口になるかも知れない子がいるんだ」


 みんなが不思議そうな顔をする中でいそいそと立ち上がった私は、ベッド脇に置いてあるものを取って戻ってきた。

 充電ばっちりな我がスマホ、スマ子さんである。


「イチハさんの使い魔だ」

「そんな風になるとは思ってもみなかったけどね」


 ユタが興味深そうに画面をのぞき込むのにそう返す。

 ユタの救出のさいにも大いに活躍してくれたスマ子さんは、何をどうしたのか異世界仕様にスペックが変わっていたのだった。

 フォルテが言うには、こっちの魔力になじんだ結果、使い魔的なもののになってるんじゃないかということだった。

 ただ、充電は全部この屋敷でまかなわれているわけだから、ハルの使い魔じゃないかと思ってるんだけど、フォルテもユタもハルでさえ、私の使い魔だと言い張るのでそういうことになっている。


「このスマ子さんがなにか。以前、その画面に映る印一つ一つが魔法術式であると教えていただきましたが」


 フォルテにスマホアプリについて様々な角度から説明を試みた末、そんな感じに納得してくれていた。


「本来は音声通話やカメラでの画像撮影にボイスレコーダーだったりなんだけど。昨日の夜新しい機能を見つけたんだよ」


 カウンに来て以降、スマ子さんは回線が必要だった大半のアプリが使えなくなっているけど、その代わりにいくつかのアプリが変容していたり、ほかの機能が追加されていた。

 カウンの時刻と日付を表示したり、ユタを見つけた時みたいに知り合いの位置をや敵の存在を地図に表示してくれたのもその一つだ。


 ぶっちゃけ地図は私が歩いたところしか表示されないようだけど、それだけでも十分すごいし役に立ちそうだと思っていたのだ。

 そして、昨日の夜新たに機能を見つけたのである。


「スマ子さん。私が名前を知っていれば生息しているかどうか検索できるらしいのよ」


 気がついたのは、お遊び半分で、スマ子さんに話しかけいたときの、「ほかに植えられる種ないかなー」だった。

 自己紹介の時の『私はスマ子、一葉さんのアシスタントサーヴァントです』もかなりビビったけど。

 その瞬間、うちの間取りが検索されて、私でさえ忘れていた種の詰まったタカノツメの袋を地図表示してくれたのだ。


 その後、試してみた結果、範囲は半径50メーテ……だいたい50メートル圏内なんだけど、十分過ぎるハイスペックさだった。

 ハルは驚きに目を見開いた。


「ふえええ、すごい!」

「こっちの世界のものは文字入力で検索できないけど、音声入力なら普通にいけるし、なんなら曖昧な文言でもいけるっぽい」


 だから、こう聞けば、教えてくれるんじゃないかと思う。


「へいスマ子さん、今畑に植わってる作物の中で食用油をとれるものを教えて」


 すっと、もはやおなじみになった貧血のような感覚の後、ぴろんっと特徴的な電子音がする。曖昧な質問であればあるほど、疲れがたまるみたいなんだけど、必要経費だもっていけ!


『現在、一葉さんが管理する作物の中で食用油に適するのは、トウモロコシと大豆です』

「いよっしゃ!」

「やったねっ一葉ちゃん!」


 どちらも生育状況は良い作物である。ハルが身を乗り出して喜んでくれる中、私はガッツポーズを決めた。

 ユタも何が何だかわからないまでも尻尾を振って喜んでくれている。

 ハルの成長ブーストはだいぶ緩やかになってきたとはいえ、それでも一月あれば収穫できるレベルを維持している。今から作付け量を増やせば一番生野菜がおいしい季節には間に合うだろう。


「その、イチハ様……」


 うっきうきとしていれば、フォルテが遠慮がちに主張した。


「トウモロコシと大豆は含油量が少なく、現在幽玄城にある設備と、ワタクシの知識では抽出が不可能です」

「なん、だって……!?」


 愕然としてから、私はフォルテに絶大な信頼をおいていたことに気がついた。

 というか、丸のまんまじゃ油をとれないのなんてわかりきっていたはずなのに、忘れていたなんて私のお馬鹿。


「申し訳ございません」

「フォルテが悪いわけじゃないからね」


 がっくりとしたのがわかったのだろう、フォルテが申し訳なさげに頭を下げるのに、そう返した。

 落ち込むのは確かだけれど、考えが浅かったわけだし。


「とりあえず、油については保留で。森の境界でハーブを探してみるよ。フォルテ欲しいハーブを書き出してくれる?」

「いえ、そこまでされなくても」

「あれば料理の幅も広がるでしょ? スマ子さんとユタがいればちょっと境界をさらう位はなんとかなるだろうし」

「さくてき任せて! イチハさんを守るよ!」


 こっくり、こっくり船をこぎ始めていたユタは、名前を呼ばれたとたんぴこーんと耳を立てて宣言をした。

 絶界の森とはいえここから浅瀬は、動物がそんなに近づかないことは知っている。

 ユタの目も鼻もすごく良いし、スマ子さんに定期的に「危険な動物がいないか教えて」とお願いすれば、やってくる前に逃げ切れると思うんだよね。


「だからさ、この森にありそうなハーブを教えてくれない?」

「かしこまり、ました。一日がかりになるでしょうからお弁当もご用意いたします」


 私が念押しすれば、フォルテは気が進まなさそうではあるけれど了承してくれて。

 翌日は、絶界の森探索に決まったのだった。



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