6仕事め:卵は万金の価値があります
6仕事めも変わらずのんびりいきます。
「では参ります」
ぴしっとした執事姿のフォルテがそう言うと、キッチンの勝手口から見る間に石畳で補正された道が延びていった。
できた端から歩いていく小さな背中に私がついて行けば、ある一点でフォルテが止まった。
「ここまでが、限界のようです。よろしいでしょうか」
背後を振り返れば、だいたい屋敷から20メートルほど距離ができていた。
ほどよく屋敷からも離れ、畑にも近づいて良い感じだろう。
「いいよ。お願い」
「かしこまりました」
銀と黒の髪を揺らして一礼したフォルテが、若干緑が見え始めた地面に向け手のひらをかざしたとたん、何もない空間から何本もの木の柱や板やらが現れた。
そして巨人が積み木をしているみたいにどかどかと高速で折り重っていけば、あっという間に、簡素な小屋ができあがったのだ。
「こちらでよろしいでしょうか?」
フォルテに連れられて、小屋の中をのぞいてみれば、壁の一面に並んだ巣箱に水飲み場、さらにはほどよい高さの止まり木まで管理されていて、なかなかよさげな雰囲気だった。
四方を囲まれているから、嵐になったとしても雨露がしのげることだろう。
「十分だよありがとう。というか、ほんとにできちゃうとは思わなかった」
「前の幽玄城内には、家畜小屋が完備されておりましたので、少々改造をほどこし流用いたしました。こちらからでしたら鶏糞の再利用等も容易でしょう」
それもそうなんだけどね、この短時間でできるとは思ってなかったというか何というか!
家の付属物というくくりが必要だけれども、フォルテのでたらめ建築はチートだと思う。
まあともあれと私は小屋の外に出て、畑の外れにいるハル達に叫んだ。
「でーきーたーよー!!」
小屋が出現したことには、すぐに気づいていたようだ。
まもなくハルとユタが色とりどりのニワトリを引き連れてやってくる。
くけっ、こけっと鳴き声を混じらせつつ、えっちらおっちらと歩く姿は、こいつらほんとに野生だったのかと心配になるほど従順でどんくさい。
「はーい、コッコさん、こっちだよー」
「だよう」
ハルとユタは、もはや保育士さんのノリだ。
「はーい、今日からここが皆さんのおうちです。自由に使っていいからね。ご飯は生えている草を食べに行っていいですけど、柵で囲った畑は虫以外食べちゃだめです。わかったかな?」
「「くけっ!」」
そして、ハルがごく当たり前のように会話するのにもまだなれないけれども、そこはもはや気にすることもあきらめた。
「じゃあ、卵を楽しみにしてるねっ」
「「くけけー!!!」」
をいそれでいいのかコッコズ。
ハルがにこっと慈愛の笑みを浮かべれば、ばさばさと羽ばたいてごきげんに返事をするコッコ達に、私はどうしてこうなったかと遠い目になったのだった。
*
タイラントボアに勝利したその次の日に現れた、このカラフルで絶妙に不細工なニワトリたちについては、ユタが知っていた。
「ウィークコッコだね。森の中にすんでいて、群れで生活していて足が速いの」
「へえ、それはまた」
「けどね、驚くとその場で死んだふりをするから、とっても捕まえるのが楽なんだ。よく群れを見つけたら真ん中に飛び込んで気絶させて捕まえるの。よく絶界の森にいたね」
だめじゃないか、最弱にわとり。
立った獣耳を立たせてじゅるりと舌なめずりをするユタは、明らかに捕まえる気だ。
さっきあんなに食べたばっかりだったのに。
つまりは食物連鎖の最下層にいる系の鳥らしいが、私は気が進まないながらも追い出そうと考えていると、ハルが言い出したのだ。
「ねえ、ちょっとお話してきてもいい?」って。
何言ってるんだろうこの子、と私がちょっぴりかわいそうなものを見る目をしたのが堪えたらしい。
それでもハルは若干切なそうな表情をしつつも、実際外に出て行ってウィークコッコの元に行った。
そしてしゃがみ込んでしばらく話し込んでいたかと思うと、ずびずび鼻をならしながら帰ってきたのだ。
いわく、最弱の名を欲しいままにする自分たちは、毎日タイラントボアにいじめられながら過ごしてきたらしい。
虫の居所が悪ければ、牙で突き上げられて気絶させられ、機嫌が良ければ突進して気絶させられる。
産んだ卵を渡すことでなんとか生きてきたが、ほかの動物たちにも追い回され逃げ回り、群れはどんどん少なくなった。だが安住の地を探してさまよっていたら、ここにたどり着いたのだのだそうだ。
「タイラントボアはね、もういなくなったけど。あの子達このままじゃ……」
目を涙で潤ませるハルが言いたいこともわかる。
土地に入り込んだコッコ達は全部で5羽。毛づやも悪くてかなり疲弊しているように思えたし、正直このまま放っておいても死んでしまいそうだ。
とはいえ、早々受け入れるにも森の中とここを出入りされちゃ困るし、正直新たな獣を連れてきそうで怖い。
うーんと、悩んでいると、縁側で聞いていたフォルテが提案してきた。
「でしたら、飼育するのはいかがでございましょう。ウィークコッコは、養鶏種の原種と言われる鳥でございます。卵を得ることもできますし、いざというときの非常食にもなり得ます」
「非常、食……」
さらりと付け足された単語に私は思わず引いてしまった。
確かに私もコッコ達を見て鶏肉を思い浮かべてしまったけれども、保護するかしないかがいきなり非常食に飛んで頭がついていかない。
「コッコのお肉、おいしいよ?」
うう、こてりと首をかしげるユタには、この葛藤はわからないだろうなあ。
ハルはといえば、ちょっぴり苦笑しながらも異存はないらしい。
「繁殖につきましてはこちらでコントロールできますし、食生活の向上も狙えるかと。お世話についてはワタクシにお任せください」
「わたしもお世話できるー」
ぴょこんと、赤い獣耳を揺らしながら、ユタも手を挙げた。
飼ったものをつぶして食べられるか……といえば、正直怪しいけども。卵はものすごく魅力的だった。
「……とりあえず、ハル。コッコ達に交渉してみてくれない?」
だから、私は遠回しにコッコ達へと判断をゆだね、ハルはどう伝えたのかコッコ達は喜び勇んで了承し、鶏小屋の建築と入居が決まったのだった。
*
そうして数日後、朝ご飯に並んだ真っ白な白身の真ん中に真っ黄色な黄身の鎮座した見事な目玉焼きを前に、私は感動に打ち震えていた。
コッコ達が、案の定ここまで来る間の栄養状態が悪かったらしく、卵を産み始めたのが昨日からだったのだ。
とはいえ、のんびりと畑の周りで虫やらこぼれた若葉をついばんでいたら見る間にほけほけとしたのんきな感じに羽を伸ばしているけどね。
ちなみにコッコも向こうのニワトリと生態がそんなに変わらないようで、2,3日に1個の頻度で無精卵を生むみたいだ。
メス4匹にオス1匹の群れだったコッコ達から人数分の卵を数日かけて確保して、本日とうとう実食になったのだった。
コッコの卵は、母親の色素が移るのかどれもイースターエッグみたいにカラフルだ。
大きさ的には、鶏卵よりも一回りくらい大きめかも知れない。
けれどカラフルさは殻だけで、中身は私が知る卵と何ら変わらなかった。
それを、フォルテが猪肉から作ったベーコンをかりかりに焼いたものが添えられている。
空気が暖かくなってきたせいか、葉物野菜ののびが良くて、みずみずしいサラダは今日もこんもりと盛られていた。
しかもフォルテはコップに褐色の液体まで添えてくれた。
「黒豆を炒っていれました黒豆茶です」
こっちに来て数か月。とうとうここまでこれたのか……と感動すら呼び起こす、典型的な朝食献立だった。
うん、パンは相変わらずないけど、野菜オンリーの食生活からよくここまできたよ。最近はばっちり三食食べられるし!
私の涙腺はちょっぴ緩みかけつつ、わくわくきらきらと目玉焼きに釘付けになってるユタとハルが待ち構えているので、手を合わせた。
「いただきます」
「「いただきますっ!」」
ぷすりと黄身に箸を刺せば、とろりと黄身がソースのように流れてきた。
急いで白身を切り分けて、その黄色いソースを絡めて口に運ぶ。
しみこむような柔らかさと甘さに、私はため息を漏らした。
「久々の卵の味だぁ……」
「ふああ、卵ってこんなにおいしかったんだねえ」
そういえば、卵のたぐいは食べさせたことがなかったかと、ハルの驚く顔を横目に見つつ、私はベーコンも黄身に絡めて一口ゆく。
保存用に作ったためか、以前食べていたものよりも若干塩気が強い気がするけど、焦げる寸前にまでかりっかりに焼かれた食感と、黄身でまろやかになって大変にけしからん味が口いっぱいに広がった。
鼻に抜けるなんともいえない燻製の薫りもいい感じである。
もっしゃもっしゃとほおばるユタもご満悦だ。
「ああもう、生きてて良かった……!」
「卵料理は個数の関係上週に一度の頻度で提供できるかと思います」
「楽しみにしてる!」
うきうきと付け合わせのマッシュポテトに目玉焼きを乗っけて咀嚼しつつ、私はサラダにも手をつけた。
今日のは、リーフレタスとサニーレタスの上にトマトとタマネギがマリネされたモノが乗っかっている。
さっそくトマトをレタスにくるんでひとくち食べたのだが。
「……ん?」
うちのトマト果物かと思うほど甘いから、正直塩かけただけで十分にいける。
この一口ももちろんおいしいのだが、私はなんとなく違和感を覚えて首をかしげた。
んーなんだろう。うちのこしょうは切れていたし、ハーブ類もなかったから足りないものは沢山あるんだけど。
「イチハ様、いかがなさいましたか」
「フォルテ、もしかしてドレッシングの油ちょっと少なめにした?」
なんとなくサラダに脂っ気が少ないんだ。
フォルテに問いかければ、彼はそっとすみれ色のまなざしを曇らせた。
「お気づきになられましたか。申し訳ございません」
「えー!全然気づかなかった! だよね、ユタちゃん」
ハルが驚きの声を上げる横で、マッシュポテトをもしゃもしゃ食べていたユタは首をかしげる。
「ちょっと、あぶらっけ、すくなかったかも」
さすが食いしん坊、気づいていたか。
私も試しに聞いてみただけだし、気づいたのも今日が初めてだ。
けれど、そうやって気がついてみるといろいろ兆候はあったわけで。
「最近の料理はラードを使うものが多かったし、上手に使ってくれていたけど、生の油を使う料理は久しぶりだったなと思ってね。だから気がつかなかったけど、もしかして油、少なくなってるんじゃないかな?」
「その通りでございます、イチハ様。すでにイチハ様より提供された食用油は残りわずかとなっております。報告が遅れてもうしわけありません。ほかにもいくつか問題を抱えております」
しょんぼりどんより肯定するフォルテの様子が気になりつつ、本日の予定が決まったのだった。




