5仕事め:獣族と畑のおきて
ユタには、私を女神様だと勘違いさせておくと決めて数日。
私は、本日も勘違いされたまま農業に精を出していたのだった。
今日の作業計画は、さつまいもの苗の植え付けである。
食い扶持が一人増えたので、十分な量を確保するためにも、もう一度植え付けることにしたのだ。
現在の主食はじゃがいもとさつまいも、豆にトウモロコシとわりと豊富だ。けど、不測の事態を考えて、多めに年間300キロくらいは確保はしておきたい。
しかしながら収穫したてのじゃがいもは休眠期間に入っていて、数ヶ月しないといくら土に植えても芽が出ない。
だから、今回植えるのはさつまいもオンリーだ。
さつまいもなら蔓を適切に切って指すだけでどんどん増やせちゃうからね。さすが飢饉の味方さつまいも!
こうやって数字にするとめちゃくちゃ無謀に思えるだろう。
けど前回の大豊作の時に収穫量を計ってみたら、一つの株につきだいたい30倍以上に増えていた。
この調子で栽培すれば、一人くらい増えてもなんとかなると思っている。
この間みたいな畑泥棒で全滅さえしなければね!
「まだじゃがいも泥棒は現れないねー」
「そうねえ」
ハルががらごろと、サツマイモの苗を乗せた台車をおしながら言うのに、私は植え付け用の農具を担いで応じた。
ハルが私のまねをして、麦わら帽子に首にタオルを掛ける姿は、一ヶ月経ってようやく見慣れたものだ。
本日のTシャツは「泥棒だめ、ぜったい」になっている。
そう。畑泥棒は未だに解決していなかった。
実物野菜を食べたのはユタだというのは認めたけれど、じゃがいもは掘り返していないと本人から確認が取れている。
なにより、ユタだけではあの偶蹄類の足跡の説明がつかないのだ。
おそらく、自力で中に入れたユタを目印に、芋泥棒が入ってきたのだろう。
今はお腹いっぱいでやんでいるが、いずれ再び現れるとにらんでいた。
「うう、くそう。移動時間がめんどくさくて、畑を密集させて耕したのがこんなところであだになるとは」
「フォルテのビームじゃ、畑ごと消滅させちゃうもんね……」
今後の対策を相談したときに、フォルテが提案してくれた殲滅を泣く泣く却下したのを思いだした。
収穫間近の所を横からかっさらわれるのは、うっかり殲滅したくなるくらいには殺意が湧く。でも畑が消滅すれば共倒れである。
とはいえこうして、さらに畑を増やしても、また喰われたら二の舞だ。
ほんとなにか考えなきゃな……。
「まあ、ともあれまずは今後の自給のために植えるぞー!」
「おー!」
「……ところで、やっぱり見てる、よね」
意味がないと知りつつ、私がちょっと声を潜めて実物野菜の茂みを見れば、ぴこぴこ覗いていた赤毛のケモ耳がさっと引っ込んだ。
けれど、またすぐ出てきて、どんぐりのような目でじーっとこちらを見つめている。
ううーん。困った。とほほを引きつらせる。
ここ数日のユタは、暇があれば私達を、正確には私を遠くから見つめて離れないのだ。
ご飯の時だけはなんとか説得して同じテーブルに付かせているものの、だいたい10メートルくらい距離をとって、片時も離れない。
言葉は矛盾しているけど、そんな感じだ。
しかも収穫した野菜を運んだり野菜を洗ったり、道具の手入れなどの汚れ仕事は率先してやっててくれるんだけど、直接畑に関わることは頑としてやろうとしない。
子供を手伝わせることは気が引ける。
でも、あれもこれもとやらなきゃいけないことがある以上は、目をつぶってお願いしなければ、と思っていたのだが。
ケモ耳をへたらせ青ざめるほど嫌がられれば、無理強いは出来なかった。
それに……
「あ、やっば、スコップ忘れた」
持ってきた道具袋の中に、サツマイモの苗を植え付ける穴を開けるためのスコップが見当たらない。
仕方ない、と屋敷に取りに戻ろうとした矢先、ばびゅんっと風が通り過ぎた。
と思ったら目の前に息を荒げるユタがいる。
その手にあるのは、屋敷に置いてきたスコップだ。
「これ?」
「う、うんありがとう。ユタ」
あれ、さっきまで実物ジャングルにいたはずなのにな。
ともあれ、お礼を言って受け取れば、ユタは心底嬉しそうに頬を緩めた。
見れば腰から伸びる尻尾も、ぶんぶん振られている。
……かわいいけどうん。わからん。マジわからん。
こうして足りないものをすぐ持ってきてくれたり、そっと使い終わったものを見計らって片付けてくれたり。
畑で作物や土に触らないことなら、先回りすらしてやってくれるのだ。
むしろ役に立つ瞬間を逃さないために張り付いているんじゃないかと思うほど。
……あれ、もしかしてそれが正解?
家の中のフォルテほどではないけれど、よく気がついてやってくれているので、地味に作業効率が上がっていた。
私やハルがそのことを話したら、フォルテは対抗意識を燃やしたのか、マッサージとエステまでやろうとし始めてビビったのは余談である。
フォルテのマッサージ、筋肉痛が1夜にして収まるし最高なんだけれども。エステはその、恥ずかしいというか何というか!
こほん。とはいえ、この不自然さは限界だ。
今日こそは理由を聞こうと、再び離れようとするユタの腕をすかさず捕まえた。
「ねえ、ユタ。今から、芋の植え付けをするんだ。手伝ってくれたらすごい助かるんだけど」
「あ……」
ユタは心底困ったように眉尻を下げて沈黙した。
そう、この反応なのだ。嫌ではなく、困る。あるいはどうしても出来ないというかんじで無理強いは出来なかった。
でもしばらく一緒に暮らすのだ。
本当に出来ない理由があるのなら全部教えてもらって、頼める仕事を模索したい。
「これから一緒に暮らして行くのなら、食糧の確保が大事なのはわかるね。手伝えない理由はなに?」
とたん、ユタの獣耳が伏せられ、顔に怯えが広がった。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ。めがみさま、みすてないでっ」
「あ、いや、そうじゃなくてね。ただ理由を知りたいだけで」
たちまちユタに取りすがられた私は、言葉選びを間違えたことを知った。
うわああん。ついビジネスライクにやっちゃったよー!
なだめようとしてもユタは「ごめんなさい」を繰り返すばかりで聞く耳を持ってくれない。
泣かせたかったわけじゃない。怖がらせたかったわけじゃない。
こまった、どうしようが渦巻いて硬直していると、ゆるふわな銀の髪が舞い散った。
ユタと目線を合わせるようにしゃがみ込んだハルは、そっと彼女の赤毛の髪を撫でる。
「だいじょうぶだよ。一葉ちゃんも、あたしも、ユタちゃんのこと見捨てたりしない。ここにいて欲しいと思ってるよ」
あっという間だった。
まるで魔法がかかったみたいに、ユタはしゃくり上げながらもハルを見る。
するとハルは、青の瞳を細めて、ゆったりと微笑んだ。
「ただね。ユタちゃんが、あたしたちが畑仕事をしてるのを見て、申し訳なさそうにしてるのがね、なんでかなーって思っただけなの。でね。もしユタちゃんが良かったら一緒に手伝ってくれたらうれしいなーって思ったの」
ほんわりとした口調で、私が今まさに言いたかったことを代弁してくれた。ユタは戸惑ったように私とハルを交互に見つめた。
「ハルさんもめがみ様も、しらないの?」
何を知らないと言うんだろう。
「うん。たぶん知らないよ。ユタちゃんの口で、教えて欲しいな」
ハルの、女神もかくやという慈愛の笑みに背中を押されたように、ユタは、おずおずと口を開いた。
「狩る者である獣族は、神々の実りを汚してしまうから。実る土地と実りの物には、触ってはいけないって、人族の人はいつも言う」
神々の実りは、収穫物のことだろう。つまりは、実る土地は畑のことだ。
人族というのは、獣族に対する、私のような丸い耳を持った人間のことだと教えてもらっている。
軽く衝撃を受けた私は、ハルに任せるつもりだったのも忘れて問いかけていた。
「それで、畑作業に加わっちゃいけないって思ったの?」
「めがみ様の土地を、あたしなんかが汚しちゃいけないと思って」
「そんなことないんだよ!」
強い声に驚いて、私がハルを見れば、彼女は強い意志を込めて、ユタを見つめていた。
そのままハルは、面食らったように目を丸くするユタの肩に手を置く。
「獣族だからって畑を耕しちゃいけないなんてことは絶対にないの。人族も、獣族も妖精族も鍛冶族も、みーんな。ちゃんと畑を耕してお世話をすれば、お野菜は応えてくれるの!」
ハルの言葉は、ユタの不安を払拭するため、と言い切るには別の何かがこもっている気がした。
けれど、ハルが言うんならその通りだろう。
一瞬、もしかしたら異世界の常識だったのかも知れないと考えた自分を恥じる。
私は、おろおろと戸惑うユタの手に、スコップを握り直させた。
「じゃあ、今試してみよう。ユタが植えたお芋がおいしく実るか実らないか」
「でもっ」
「大丈夫よ。最近、野菜が取れすぎて困ってるくらいだから。もし本当に獣族が関わった土地が不作になったとしても、普通に戻るだけ。でもね、私達はそうならないと信じてる」
焦りと戸惑いに黒々とした瞳を揺らすユタに、私とハルは笑いかけて見せた。
「それともなあに? 私の言うこと、信じられない?」
ちょっと意地悪っぽく言えば、ユタは、頬を紅潮させてぶんぶんと首を横に振って。
そしてユタの参戦が決まったのだった。




