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はじまり:その上邪神だったようです


 はい私、加納一葉26歳女、もはやアラサーに片足突っ込んでいる無職です。

 飼い猫がゆるふわ美女になって土下座されて、我が城である2DKが天井が抜けた状態で平原にほっぽり出されているという、割とカオスな状況です。

 なんとか驚愕から脱した私は、絶賛唯一事情を知っている元猫現美女なハルとひざを突き合わせて質問攻めの最中だったのでした。


「つまり君はここの神様で」

「はい」

「仕事が嫌になって地球に逃げてきて猫生活をしていたけれど、こっちの神様に連れ戻された。そして、私とこの家はそれに巻き込まれたでおっけい」

「はい。その通りです」


 おうふ、まじか、超まじか。

 いや、ちょっと前までは異世界トリップしたいとかなんとか思ってましたけど、まさか異世界転移的なサムシングに巻き込まれるとはあははは……。


 頭が理解を拒否しているけれど、こんなマンションの一室をぶち抜いて移動するようなめちゃくちゃなことが地球の科学力ですぐ出来るわけないし、する意味も無いし、猫が猫のまんましゃべれた上にゆるふわ人外美女に変わったら信じるしかない気がする。


 一通り聞いた私はすーはーと何度か深呼吸を繰り返す。

 多大なストレスに直面したときは、まず呼吸を深くすること、酸素不足は頭の働きを鈍くして、ネガティブに考えやすくなるんだ。


 それから、ぷるぷる震えながらずっと土下座の姿勢だったゆるふわ銀髪美女に声をかけた。


「ハル、顔を、あげて」


 何度言っても顔を上げなかった美女は、私が名前を呼べば、びくんと、肩をふるわせた。

 そうして、恐る恐る顔を上げた彼女に近づいた私は、そっと手を伸ばす。


 最初は銀色の髪。うわあ軽い、つやつやだ。それから思い切ってほっぺた。ううう、絶対化粧いらない。すべすべだぞうらやましい。

 若干負けた気分になりつつも銀髪美女を伺えば、彼女は戸惑いつつもうっとりと目を細めた。

 その仕草と無意識にねだるようにすりよってくる動作は、三年間連れ添った猫を彷彿とさせて。

 そして、彼女自身には一切怪我がないことを確かめて。


 私は一気に安堵した。


「そっか、あんたが無事で良かったあ」


 あんなすさまじい地震で、ハルだったどんくさい印象しかないから、地震でうっかり倒れた家具の下敷きになるんじゃないかと思ったのだ。


「あんた、猫のくせに言葉が分かりすぎるくらい分かってたなあと思ってたけど、まさかほんとに言葉が通じてたとは……と言うか神様が何で猫に」

「界を渡るって、もの凄く力がいることでね。一葉ちゃんの世界に来たときには力を使い果たしてて、目についた小さい動物に姿を変えることしか出来なかったの。全然動けなくて、寒くて、お腹がすいて、どうして良いか分からなくて……一葉ちゃんにひろってもらえて、あたし、すっごく幸せだった」


 なるほど。どんくさくて、臆病で、こいつよく野良やってたなと思っていたけど、緊急措置の後もどうにも出来なかったのだな。

 私とハルの出会いは、道ばたでぼろぼろで倒れていた猫のハルを私が拾ったところからだ。

 灰色の毛皮を洗ってやって、ご飯をやってせっせと面倒を見たのが懐かしい。


 ……うん? ということは私は神様に猫缶とかりかりを与えていたのか?

 時々お刺身とかご飯とか味の薄いものはあげてたけれども、それって色々アウトじゃ。


 今更ながら青ざめていると、銀髪美女、ハルは泣きそうに顔をゆがめていた。


「信じて、くれるの……? それよりも怒らないの……?」

「そりゃ、よく見たらハルだし、この状況だと信じざるをえないし。それよりもハル、ごはんが猫缶とドライキャットフードばかりだったけどよかったの?」

「猫缶とかりかりとおやつは大好きです!」


 ぱあっとハルが表情を輝かせたとたん、ぽんっと頭頂部に三角形の猫耳と腰には尻尾が現れた。

 出てくるもんなんだそれ。

 だが良かった。本人が喜んでいるのならギリギリセーフだろう。当時のかりかりがっつき度からすれば大丈夫だろうとは思ってたけど。


 けれど、ハルは直ぐさま気を取り直したようだった。耳と尻尾も引っ込んだ。可愛かったのに。


「ってそうじゃなくてね! あたしが、お仕事嫌になった理由、とか。どうして逃げたのかとか。何よりあたしはほんとは猫じゃなかったんだよ」


 白い頬を青ざめさせて、罵声を覚悟しているらしいハルに、私はちょっと困って頬をぽりぽり掻く。

 というか、そんなに信用無かったとは。飼い主失格である。


「いやあ、これでもめちゃくちゃ驚いてるしいっぱいいっぱいなのよ? ただうちの猫すんごい美人だよなあと思ってたら、人間になっても美人だったって感心する部分もあるわけ」


 これ、たぶん一周回って冷静になっているのもあるんだろうけど、猫と実際に話せて、猫の時そのまんまの美女になるって、かなり猫好きにとってはあこがれのシチュエーションだと思うんだ。

 え、そうです(おや)馬鹿ですけど何か?


「一葉ちゃん……」

「それに、ハルはその仕事ってやつが、逃げたいほど嫌だったんでしょ」


 ハルは顔をこわばらせながらも、しっかりと頷いた。

 なら十分だ。


 正直、神様の仕事ってやつは全然分からないけど。


「気にならないって言ったら嘘になるし、聴いてほしいんなら聴く。けど、私もちょっと前まで似たようなものだったからね。逃げられたんなら、よくやった! って言うくらいかなあ」


 ハルが仕事が嫌になって逃げ出した、と打ち明けたときの悲しみと絶望に満ちあふれたそれは、私にももの凄く覚えがあった。


 明日が見えず、先が見えず、ただひたすら時が過ぎていくのを眺めていく。

 生きるためにやっている仕事のはずなのに、なんで生きてるのかが分からなくなる。

 感覚が鈍くなって、物事が考えられなくなって、自分がつらいことすら分からなくなるのだ。自分が殺されるとはああいうことだ。


 出会ったときのハルのぼろぼろさから言えば、そこから逃げられたのなら、拍手したいくらいだった。


「自分を壊してまでやり遂げなきゃいけない仕事はそうそうありません」

「……ありがとう、一葉ちゃん」


 彼女の頭をぽむぽむと撫でながら言えば、目を見開いたハルは、心底ほっとしたように微笑んだ。

 その笑顔は、月並みだけど花がほころぶようで、わー綺麗だなーと眺めていたのだが、すぐに表情はまじめに戻った。


 ワンピースのスカートに包まれた膝の上で、拳が握り込まれる。


「でも、でもねこれだけはちゃんと言わなきゃいけなくて」


 申し訳なさと情けなさが入り交じった泣きそうな顔で、ハルはそれを告げた。


「今の私の力では、一葉ちゃんを地球に返すことが出来ないの。たぶんこれからも」

「ん、わかった」


 私がうなずくと、ハルは藍色の瞳をぱちぱちとまたたいた。

 うーん。これから忙しくなるなあ。


「え、え」

「とりあえず、聞きたいことが二つほど」

「あ、はい」

「ハルはその仕事に戻りたい?」


 ハルは、即座に首を横に振った。


「その同僚さんから、今すぐ逃げる必要はある?」

「それは大丈夫、こっちにくる直前に、ここに残っていたあたしの領域に引っ込むことが出来たから。あっちも消耗してるだろうし。しばらく手は出してこれないと思うの」

「つまりは、ここで暮らせるようにすれば良いのね」


 そうと分かればすぐに行動だ、と私が立ち上がれば、ハルも慌てたように立ち上がって追いすがった。


「いいの? 帰れないんだよ」

「んー? ハルなら知ってるでしょ、私が向こうの世界に未練が全くないこと」


 がっぽりもらっていた口止め料とか、ほぼ手つかずのお給料でそれなりにあった貯金とかは惜しいかな、と思わなくはない。

 けれども、仕事は円満にやめて自由の身の上、さらに言えば、友人とは疎遠になっていたし、家族とすら、大学入学と同時に家を出てから一度も連絡を取ってない。


 三年間、普通の猫だと思っていたとはいえ、一人暮らしのさがで、ハルには話し相手になってもらっていた。その中には家族のこともちょろっとこぼした覚えがある。


 思い出したらしく息を呑むハルに向けて、私はにっかりと笑って見せた。


「スローライフって、ちょっとやってみたかったし、何より家族のあんたがいるから良いわ」


 新天地へ引っ越そうと考えていたくらいだ。引っ越し先が異世界になってもそんな変わんないだろう。

 どっちかというとサバイバルな気がするけど、なんとかするっきゃない。

 ハルの青い瞳が見る間に潤むけど、花の(かんばせ)がほころぶような喜色に彩られた。


「一葉ちゃんありがとぉおおお!!」


 また泣きながら飛びついてきたハルを抱き止めた私は、ぽんぽんと背中を叩いてなだめた。

 とはいえ、これから生きていくことを考えると、少々どころじゃなく気が遠い。

 ぶっちゃけ、ハルが猫じゃなくて美女で神様だったことを気にしていられないのは、目の前に迫る生活の危機のせいでもあった。


 だってご飯がないのである。


 家からスーパーが近かったから水、食料の買いだめはあんまり無いし、電気水道ガスは使えないだろう。火をつける道具もあったか怪しい。

 何より、この抜けてしまった天井をどうにかしなければ。


 今はぴっかり晴れているから良いけれども、雨露しのげないと、せっかくある道具達が悲惨なことになる。


 というか、元のマンションは大丈夫かなあと、遠い目で考えてると、抜けるような青い空に黒い一点のシミが出来ているのに気がついた。


 しかも、だんだん大きくなっているような?


「……ん?」

「一葉ちゃんはなにに代えても私が守るからね。あたし、がんばるっ」

「ねえ、ハル。あれ、なにに見える?」

「ふえ?」


 私の肩に顔を埋めていたハルがきょとんとした顔で、同じ方向を見上げる。

 藍色の瞳が見開いた瞬間、その黒い物体が急接近してきた!?



 ドゴンッ!!!!!!



 爆弾でも落ちたみたいなすさまじい衝突音と共に、部屋が大きく揺れた。

 えぐれて飛び散ってきたらしい土のかけらが、室内にまで振り込んでくる。


 やっぱり天井ないとだめだな!

 とっさにハルと頭をかばって床に伏せていた私は、にしても急に暗くなったと再び上を見上げて、あんぐりと口を開けた。


 そこにそびえていたのはお城だった。

 城のようなではない、まんまお城である。


 黒と銀を基調として、曲線を多用し強そうな生物の像で飾られたとても前衛的なそれは、わかりやすいほどまがまがしく威圧感がある。


 有り体に言えば、RPGとかで魔王が待ち構えてそうなお城だった。

 ちょっと広めと思っていたこの2DKなど、象に対するありんこのようである。


 10階建てビルよりも高い城は、燦々とした日差しを遮っていて、部屋の中が寒くなった。

 許容量を二段三段飛び越える事態に私が唖然としていると、こんこんこんっと、扉が叩かれる音がした。


 方向は転移に一緒についてきてしまったらしい玄関からで、まさかとは思うけど、玄関の扉が叩かれてる?


 私はもはや反射的に立ち上がってキッチンを通り過ぎ、玄関まで歩いて行った。

 ハルも猫の時と同じように、ちょこちょこと後をついてくる。


 扉を開ければ、そこにたっていたのは黒に銀のメッシュの入った髪を肩口で切りそろえた子供だった。

 年のころは13,4歳。

 ゆったりとした服に身を包んでいて、ズボンをはいていたから少年かな、と思ったけど、人形のように恐ろしく整った顔立ちは少女にもとれた。

 彼は私を見上げ、次に後ろにいるハルに視線を移したとたん、その綺麗なすみれ色の瞳を潤ませる。


 びっくりするほど綺麗な子で作り物めいた印象さえあったけど、一気に年相応の印象になった。

 けれどもすぐに背筋を伸ばすと、きっかり四十五度の最敬礼でお辞儀をしたのだ。


「このときを百年、お待ち申し上げておりました。ハーディス様」

「フォルテっ!? 来てくれたの? でもどうして」


 あわあわと後ろから慌てた声で呼びかけてきたけれども、それでますます感極まったらしい彼は、最敬礼を解くと、無表情のまま言い放った。


「あなた様のしもべであるこのフォルテ、変わらぬ忠誠を以てあなた様の手足となることをここに誓います。我らが大願をはたすため、どうぞワタクシめに殲滅のご用命を」


 その薄く匂やかに色づく唇からこぼれたのは、恐ろしく物騒な言葉だった。


「ハル」

「はい」


 猛烈に嫌な予感がした私が呼びながら振り返れば、ハルは廊下にちょこんと正座をしていた。

 あ、これ、ティッシュペーパー一箱出して遊んでいたのを見つかった時と一緒だ。


「前言撤回。あんた、この世界でなんの神様だったの」

「ええとなんと申しますか……」


 神妙にしつつも歯切れ悪く言い淀むハルを、私が辛抱強く待つ必要は無かった。


「ハーディス様は、当時の聖豊(せいほう)教会からは人類の敵、恐怖の権化、魔物の王、邪神と呼ばれ、世界の半分を手中に収めており、人々から大変に恐れられておりました」

 

 再び振り返れば、訪ねてきた子供、ええとフォルテくんと言ったかな。彼が、限りなく澄み渡ったすみれ色の瞳で見上げていた。

 表情が変わらないことが、実に信憑性を感じさせる。

 再び後ろを振り返り、神妙に身を縮こまらせているハルに問いかけた。


「邪神だった?」


 ハルはうっと息を詰まらせたものの、とうとう肩を落とした。


「そう、とも呼ばれてましたあ……」

「任されていた仕事って、もしや世界征服的なやつだったり」

「ええと、はい。そのようなものを、一時期真剣にやろうとしてました……」


 あはは、とハルが精一杯やったごまかし笑いは、素晴らしく乾ききっていた。


「うっそでしょ」

 

 うちの猫は美女の上邪神だったようです。


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