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5仕事め:をいちょっと、誰が女神?




 いつもよりちょっぴり柔らかく煮えたポトフがほとんどからになるころには、獣耳女の子の血色はすんごく良くなっていた。


「や、やっぱりあたしも食べたい!」


 途中、我慢できなくなったハルが銀髪美女に戻っても、驚きはしてもポトフを食べる手は止めなかった強者である。

 だいぶ、警戒がほどけていると思って良いだろう。


「名前、聞いてもいい?」


 フォルテが食器を片付けるために部屋から出ていくのを見送りながら、私は女の子に聞いてみる。

 赤毛に包まれた獣耳と尻尾をご機嫌にピコピコ動かしていた彼女は、我に返ると気まずそうに口を開いた。


「……ユタイレ・テイル」

「テイルが名前?」

「ううん、ユタイレが、なまえ」


 不思議そうな顔をされたので、もしかしたら名乗りが違う文化がないのかも知れない。

 そこで気ままにちゃぶ台に体を伸ばしていたハルが、ぱっと体を起こした。


「じゃあ、ユタちゃんってよんでいい?」


 銀髪美女のハルに詰め寄られた彼女は面食らったように引いてたけど、こくこくと頷いた。

 顔が赤い所からして、超絶美女なハルに照れているのだろう。

 けれど、ようやく名前がわかった獣の女の子、ユタは私達に向けて深々と床に頭をこすりつけた。


「ずっと森で迷ってて。お腹が空いてた時に、畑を見つけて。悪いってわかってたけど食べちゃいました。ごめんなさい」

「うん、謝ってくれたからいいよ。お父さんや、お母さんとはどうしたのかな?」


 こんな子供が、絶界の森なんて呼ばれる全力危険地帯を一人で歩いているわけがない。

 両親でなくても、かならず保護者が探しているはずだ。

 けれど、ユタはぎゅっと胸元を握ってうつむくと、首を横に振った。


「もういない、し、帰る場所は、ない。から」


 ユタの様子に、私は困惑を隠せずに沈黙した。

 こんな10歳ぐらいの子供が、帰る場所がない、と言うのは意地を張っていると考えるのが私の常識だ。

 けれど、彼女はケモ耳をこれ以上ないほどへたらせてどんよりとしたものを醸し出している。

 その様子は、そんな風に断定するには迷う必死さと言うか、そう。絶望、があった。


 ここは異世界だ。私の常識で推し量れないこともある。

 今はこれ以上聞こうとしても、ユタは話さない気がした。

 つまりは次の行動を考える必要があるわけだけど、ハルがユタに問いかけた。


「ねえユタちゃん、その胸のやつ、見せてもらっても良い?」


 不思議そうに耳を動かしたユタは、少しためらったあとに、首から提げていたものをとりだして差し出す。

 それは金属で出来たペンダントだった。

 美しい花を包むような翼の意匠は繊細で、銀色の艶も落ち着いていて綺麗だ。


 けど、なんか、どっかで見たことあるような……。


 しかしペンダントを前にハルがぴきっと固まったことで、猛烈に嫌な予感に襲われた。


「どうしたの? それ、なに?」


 私の問いに答えたのは、ユタだった。


「大事なもの。女神様の印。あったかくなったら、あの畑をみつけたの」


 女神様の印。その単語に、背筋を冷や汗がつたった気がした。

 思い出した。幽玄城だったときに一番目立つところに掲げられていた、さらに言えば今も屋敷の表玄関に飾られている紋章だ!

 と言うことは、つまり、彼女は……。


「ちょっと待っててね、ユタ!」

「ぴゃっ」


 ハルの腕をひっつかんで玄関口まで行った私は、焦りながらもこそこそと問いかけた。


「ね、ねえもしかしてあの子、邪神時代の信者的なもの? だからこの土地に入れたの!?」

「はいいぃ……そうだと思うのぉ……」


 泣きそうな顔で肯定したハルだったけど、弁明するように続けた。


「で、でも印だけ持っていても意味がなくて、そこにはハーディスへの信仰があって初めて意味を成すの。獣族(アニマ)の人たちはいちばん、協力してくれた種族だから。信仰が受け継がれててて、それで……」

「要するにまごうことなき本物の信者」

「はうっ」


 もっと厄介な事態に、私は天を仰ぎたくなった。

 ただ、印を持っているだけじゃここへの道は開けないというのは安心材料だけれども、彼女がハルをハーディス本人だと気づいたらどうなるか。


 私はクリスマスを祝って、年明けには初詣に行くような日本人的無宗教だが、信望している神様が実際に目の前に現れることがめちゃくちゃやばいことは手に取るようにわかる。

 もし、彼女が人里へ出て行ったときに、実際に神様に会ったなんて言い出したら……。

 どちらにとっても良くない結果になるのは容易に想像が出来た。


「よ、よし、全力でごまかすよ、ハル」

「うん……あっ」


 急にしまったと言わんばかりの表情になったハルを不思議に思っていれば。 


「やっぱり、女神様だったんだ」


 甲高い、少女特有の声に振りかえれば、居間へ置いてきたはずのユタがいた。


「そうだ、獣族はすごく耳が良いこと忘れてたよう」


 途方に暮れたハルの言葉で、つまりここに立っているのは今までの会話が全部聞こえていたから!?

 絶対引きつっているだろう私が言葉を紡げないでいれば、ユタは熱っぽい眼差しで見上げたのは、わ、私?


 そしてユタはその場に両膝をつくと、両手の指を絡めて祈るような所作でこう言ったのだ。


「女神様、どうかお願いします。何でもします。わたしをここに置いてください」


 その言葉は、間違いようもなく、ハルではなく私をむいていたのだった。



 をいちょっと。私が女神?














 ユタの「ここに置いてください女神様」発言から数日経った。

 今も赤毛の獣耳なユタは屋敷にいる。


 もし保護者がいても、私じゃ絶界の森を越えて帰してあげることは出来ない。

 彼女を一人で放逐するという選択肢が消えている以上、ユタがここに住むのは必然のことだったわけで。

 あの子がなんで勘違いしたかと言えば、ハルの変身が原因らしい。


「神々が使徒を従えていることは常識でごさいますから、ワタクシめとハル様の姿変えを目の当たりにしたことが理由でしょう」


 ユタが疲れ切って眠り込んだあと、一番の防音部屋だという屋敷のプレイルーム?に移動しての緊急加納家会議で、フォルテがそう説明してくれた。

 何でもこの世界では意思の疎通が可能な動物も珍しくないらしく、力ある魔法使いや、そう言う知能の高い獣を自分の配下として従えることもよくあるのだという。


 そうだった、フォルテは人の格好しているけど、人じゃなかったな。

 ついでに獣族はそういう人と人の違いを直感的にかぎ分けるのが得意らしい。


 そんでもって、私がハルやフォルテにお願いやらをしている姿が、神様っぽく映ったのではと話した後、フォルテはこう続けた。


「ハーディス様を主神とする混沌教は、聖豊教(せいほうきょう)と対立関係にあった宗派です。当時の信徒は主に聖豊教から迫害を受けた種族で構成されており、獣族も多数いたと記憶しております」

「それにしては神様の容姿を知らないって言うのは、おかしくない?」

「申し訳ありません。ワタクシは幽玄城の管理をしておりましたので、近年の人界の状況は把握しておりません」


 神妙に銀混じりの黒の髪をゆらして頭を下げたフォルテに、私は言葉を飲み込んだ。


「ですが、当時からハル様の容姿を間近で確認できるものは多くなく、絵姿なども出回らせておりませんでしたので伝わらなかった、というのはあり得る話だと愚考いたします」

「なるほどね」


 地球の神様でも神様の容姿をしっかりと描写している宗教がないところもあるし、むしろ禁忌になっているところもある。

 当時の人には当たり前のことでも、時代と共にいつの間にか忘れ去られる、というのはあり得る話だ。


 それにしたって、いくら猫になったり人になったりするからって、見るからにきらきらしい容姿のハルじゃなく、なんで私だと思ったんだか……。


「ところで、そもそも獣族ってどんな人たちなの?」

「うんとね、獣の特徴を持った種族のことで、みんなもふもふした毛皮を持っているの。耳や鼻が良くて、運動するのが大得意! あたしが無くしたものもすぐに匂いで見つけてくれたし、彼らの軽業はすごかったなあ」


 藍色の瞳を輝かせてうきうきと説明するハルに、フォルテが付け足した。


「おもに、人々に危害を加える害獣の討伐を生業としているものが多く、ハーディス軍の幹部にも、一騎当千の猛者が在籍しておりました」

「あの子達の寿命は、人族(ヒューマ)よりも少し短いくらいだったから。きっともう生きてないね」


 寂しさと、あきらめの混じった様子でハルは呟いた。

 その胸中を私は推し量ることしか出来ない。ハルとフォルテが知っている人たちを知らないから。

 だから、少しの沈黙のあと、本題に戻した。


「ともかく、ユタについてだけど。誤解させたままが良いと思うわ」

「え、でも……」

「イチハ様の意見には同意にございます。ハル様がハル様であることを明るみにした場合の万が一を考えれば、曖昧にしておくのがよろしいかと」


 ここでの一番の問題は、ユタが人里に帰った場合に、ハーディスがここにいると喧伝されてしまうことだ。

 ユタがいつまでいるかわからない以上、本当のことを教えるのはもっと先で良いと思う。

 私をハーディスだと思い込んでいるうちは、いくらでもごまかせるだろうから。


 なんというか私が神様!? っていうのはすっごく微妙だけれども、本物を本物として認識させるわけには行かない以上、背に腹は代えられない。


「う、うん。わかった」


 ただ、そう同意したハルの様子になんとなく違和感を覚えたものの、ユタには「否定はしないけれども肯定はしない」と言う方針で落ち着いたのだった。





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