5仕事め:布結界と畑泥棒
ちょっぴり長めな5仕事めです
暦は春の3月。春から初夏にさし掛かり、過ごしやすくも農作業は忙しい季節になった。
色々あれど、食の改善も進みまして、自給生活も軌道に乗ってきましたよ、一葉さんです。
あったかくなっていくごとに、トマトやナスはぼこぼこと花をつけて実が鈴なりとなり、気の迷いで植えたカボチャは処理が追い付かない勢いで蔓をのばす。
きゅうりなんて、もはや立てた支柱も網も使い切って天高く伸びようとするものだから、せっせと蔓を切る作業のほうが多いくらいだ。
ニンジンや大根などの根菜は続々と食べごろになり、葉物野菜はもはや植え付けるのすら馬鹿らしいほどの氾濫っぷりだ。
まあ氾濫したのよりちゃんと手を入れて育てた奴のほうがおいしいけども。
トウモロコシ畑も、急遽増やした大豆畑も大豊作で、定期的にお豆腐料理が並ぶようになって幸せだけども!
一応いつかのために保存食にしているが、ぶっちゃけ収穫し損ねた株は、花から種をこぼして自力で増えてるのもあるから怖い。
いくら野菜でも生き急ぐのはやめようよ?と戦慄しつつ、最近の私の仕事は、畑を耕すよりも何とかおいしい時期に収穫すること。際限なく増えて行きかける畑を区切る大工仕事にシフトしていた。
柵を立てると、野菜もそれ以上でていかないっぽいんだ。
日本から持ち込んだ野菜はこの世界の植物と混ざって大丈夫なのかわからないし、なにより混植になると収穫しづらい。
ちなみに道具は、全部フォルテ君から貸し出してもらったものである。
私にDIYの趣味はなかった。
慣れない大工仕事は楽しいんだけれども、とんかち使うのってあんなに疲れるものだったんだね……。
まあそんな感じで、ここ数日は畑の収穫と整える作業に従事しているのだが。
最近深刻な問題が発生していたのだった。
「……またかあ」
私は無残に踏み荒らされた芋畑を前に、途方に暮れていた。
ハルの権能の影響で成長が早く、良い感じに葉っぱが枯れてきて、今日あたり収穫だなーと思っていた芋畑だ。
が、綺麗にほじくり返され、さつまいもが綺麗にかじられている。
昨日、試し掘りをしてまるまると太ったさつまいもを確認していただけに、衝撃はひとしおだ。
「ひどいよう、せっかくおいしそうにお芋が実ってたのに」
となりにいる芋ジャージなハルが涙目になっている。
昨日周囲に張り巡らせたばかりの柵も、これ見よがしに壊されていた。
理由はわかっている。
今回も、柔らかい畑に残るくっきりとした蹄のあとを見つけて渋面になった。
そう、園芸本にも書いてあった。農家のにっくき敵な偶蹄類。
わが畑は草食動物による食害に襲われていた。
異変に気づいたのは10日ほど前、実物野菜のへたが地面に落ちていたことだった。
比較的森に近い一角のほんの隅だったのだが、明らかにトマトの並木道やなすのジャングル。そしてイチゴの野原が心持ち減っていた。
え、表現がおかしい? ほんとのことだ。
うすうす森の動物が食べに来ているのかなとは思っていたものの、正直一人じゃ食べきれないから、お裾分けのつもりで放置していたのは仇になったのだろう。
いや、だってイチゴなんてほんの2株しか植えてなかったのに、どんどん子株を伸ばして、おま、野生じゃないだろ!? と言う勢いで広がっていくんだもん。
それはともかく、その翌日から、畑の周りには偶蹄類の蹄のあとが残るようになった。
毎日のように現れては畑を端から浸蝕し、収穫寸前のおいしい部分だけをかっさらっていくようになった。
たい肥を漉き込んだ畑ばかりを狙っていくのだから、鋭い。
しかも蹄の数からして複数犯になっていて、本日とうとう主食の芋畑を全滅させていきやがったのだ。
「あたし、色んな所に一生懸命匂いつけしてるのに……」
「たぶんねえ、ハルが手を出さないの、ばれてる気がする」
さめざめと泣くハルは、肉食動物の匂いなら嫌がるんじゃないかと、ヒョウ型でせっせと見回りをしてくれた。
けれど効果があったのは一日だけで、翌々日から当然のごとく現れるようになった。
最近では見て回ったところを重点的にどろんこ遊びの要領で荒らされているので、めちゃくちゃなめられてる感が半端ない。
「ふえぇ……」
私は涙目でしょんぼりとするハルの肩を叩いてやった。
「まあ、荒らされたものはしょうがない。無事な芋を収穫していこう」
口では言うが、ふつふつとわき上がるのは怒りだ。
常にご飯は確保してあるから、手痛いダメージとまでは行かない。
それでも、ここ数か月で苦労して整えた畑を我が物顔で荒らされれば、何も感じないわけがない。
いくら十倍以上の成長速度だろうと、それはつまり、数日ごとの手入れでもよかった作業が、休みなく次から次へとが襲いかかってくると言うことでもあった。
この芋畑だけでもな、土寄せと芽掻きを同日にやって、マルチングのために森から枯れ葉を拾ってくること数往復。さらに伸び続ける株に土寄せを続けてなんとか収穫にこぎ着けた。
その間、ほかの野菜の世話もこなしながら。である。
私が昼夜問わず延々とデスクワークをこなし続けたのと、どっちが楽だっただろうとちょっと遠い目になったくらいに大変だったのだ。……あ、やっぱりあの会社の仕事のほうが嫌だ。
こほん。いいか、人の成果を横取りするやつは最低だ。
まあ要するに……この恨み、晴らさで置くべきか。
少々怨念がたぎってしまったが、正直、打つ手は見つからない。
一応、害獣対策に柵を立ててみたけど、フォルテからもらったロープと廃材で作ったそれは、見事に引っこ抜かれてしまっている。
家のことには万能でも、外むきは苦手なフォルテは、外界のことを広く知覚できないらしい。
しかもあのでっかいビーム砲をぶっ放せば、野菜泥棒ごと畑が消滅するだろう。
くそう、微妙な距離感に畑を作ったのが徒になった!
そんな感じで相手の手強さは重々承知していたから、なるべく早く打開策を見つけなければならないけど、素人の私では何にも思いつかない。
というか、「都会人でもできる家庭菜園」にはそう言う食害はありますよーということ以外何にも載ってなかったんだよな。
当たり前か。都会人向けだもんな。
さあ、こういうときこそ、状況把握が大事だ。
思考を切り替えた私は、一緒に畑にしゃがみ込んで、無事なじゃがいもを掘り返しているハルに話を振った。
「ところで、ハル。この土地には害意のあるものは入ってこられないって話だったけど、ライアーラットとか、この畑泥棒は入ってきてたよね、どうして?」
「ぐさっ」
普通の質問のつもりだったのだが、前方に居たハルは妙な声を上げて固まった。
そんなに答えにくいことだろうかと手を止めて見ていれば、彼女は後ろめたそうに視線を彷徨わせていた。
けど、それでもついと私を見た。
「あのね、確かに何も知らない人は入ってこれないし、この土地があることすらわからないのは本当なんだよ。けどね、そこにある、って気配を完全に消し去ることはできないの」
「そこにある気配?」
「土地の者が生きている足跡、みたいなものかな。怖いぞ! 避けなきゃやばいよ! っていう結界みたいなのは常にあるんだけど、この土地からあふれたマナだったり、蜜の香りだったりはどうしても外に流れていってしまうの。それを感じ取った虫や、マナを好む精霊が惹かれて入り込んできちゃうのです」
そう言えば、当たり前すぎて忘れていたけど、ジャングルと化した畑の周りには、いつの間にやらひらひらと蝶やら羽虫みたいなのが飛んでいた。
理屈の上では入ってこられないはずだけど、蜜の匂いに惹かれてきたということか。
「あんまり厳密にやっちゃうと、必要なマナの流れまで閉じちゃって悪影響が出ちゃうの。何よりこうやってお野菜を育てるためには、自然の摂理にそうことも必要だから、結界を緩めているわ。だけど、今回はそれが裏目に出てるのだと思う」
確かに、きちんと実をならせるためには昆虫や風による受粉が必要不可欠だ。
そうするとハルが虫まで拒絶しないのは正解だと思う。
「その怖いぞバリアーみたいなのは、ビニール袋じゃなくて、布のようなもので、布に空いた目よりも小さいものは簡単に入ってこれる?」
「うん、うん。そうなのそんな感じなの!」
一生懸命言葉を選んで説明していたハルは、ぱっと藍色の瞳を輝かせて頷いた。
その白い頬には、いつの間にか土がついてる。
肌が全然焼けないんだよなー。ちょっと良いなーと思ってるのは内緒だ。
「じゃあ、ライアーラットは、ハルについてきたせいで布目を通り抜けることができた?」
「ライアーラットはあたしが目印になっちゃって、一緒に通り抜けてこれてしまったの。――ごめんね、一葉ちゃん。たぶん、あれくらいの獣だったら、これからも通り抜けてこれちゃうと思う」
「要するに追跡されたら、意図してなくても招いてしまうってことね」
「はじめに伝えられなくてごめんね」
「いいわ。教えてくれただけで十分」
打って変わってしょんぼりとするハルに、忙しいなーと思いつつそう返した。
いや、だって教えようがない情報だし。
私は、報告、連絡、相談は、することも大事だけど、それ以上に受け手がやりやすくなる空気を作ることが大事だと思っている。
だってなあ、毎回毎回、聞きに行くだけで怒鳴られたら、必要な質問すらしに行きたくなくなるでしょう?
それで何度も深刻なトラブルに発展したのを身を以て覚えている身としては、そういうことはなるべく避けたい。
ハルの話すテンポは独特だけど、聞けばちゃんと答えてくれるんだから断然良い。
「でもね、でもね、不思議なの。いくら何でも、こんなに畑を荒らしちゃうような獣が入ってこれるとは思わなかったのよ。あたし、あんな子に鍵をあげた覚えないし……」
「鍵? もしかして、ほかにも入ってこれる可能性があるの?」
釈然としないハルが気になったものの、興味はファンタジー要素たっぷりの単語に引き寄せられた。
とは言うものの、興味と言うよりはうわあという気分である。
なんかこの世界は今までの常識とはまったく違う原理で動いているものだから、つい引いてしまうというか。
「うーんと、えーとなんて言ったら良いのかな。仲間になりますって宣言して、仲間になったみたいな。これはあたしの許可みたいなのはいらなくて。けど宣誓によって彼らの魂は縛られるから心配はいらないというか」
「許可がいらないけど、ハルに縛られて……う、うん?」
「……わかんない?」
「……ごめん」
そっと伺う銀髪美女なハルに私は正直に肯定した。
概念からしてまったく違っていて、未だに常識が捨てきれない身としては理解を拒否している部分があるのだろう。
ハルは困った表情でうんうん悩みながらあれやこれやと説明しようとしてくれたが、ますます混迷をきわめてゆく。
フォルテはこの手のことに詳しそうだから、一度講義してもらった方が良いだろうなあと思いつつ、今は要点だけ押さえることにした。
全部は把握できなくても、今関わる部分だけでも抑えとけば、なんとかなるからね。
「ともあれ、ハル。畑泥棒を入ってこれないように結界を強化する、みたいなことはできる?」
「ううん。できないわ。今のあたしじゃあ、それだけの細かい操作ができないの」
細かい作業が、できるようになる状態があるのだろうか。
地味にそんなことが気になったけれど、悄然としていたハルの、その美貌が引き締まった。
「けどね。目で確認できたら、出入り禁止にすることはできる。一葉ちゃんを害するものは拒絶する」
また無理をしているのかと思ったけど、青の瞳は強い意志が宿っているように思えて。
……まあ、ぼちぼちほかの手も考えれば良いか。そう納得した私は、スコップを土に刺した。
「じゃあ、畑泥棒を実際に拝む手をあとで考えよう。よし、ハル、この芋をかごに回収していって。私が掘り起こすから」
「はーい! あ、かごとってくるねっ」
打って変わって、元気よく立ち上がったハルが、畑の端に置いてあるかごを取りに行く。
なのだが、すぐに慌てたように戻ってきた。
「どうしたの?」
「い、いいいいいいちはちゃん、こ、こっちっ」
なぜか声を潜めたハルに引きずられるまま、台車をおいたあたりから実物野菜を集めた区画を覗いて、目を丸くする。
なにせ、そこには、たわわになっているトウモロコシをもいで、一心不乱にかじりつく毛玉がいたのだから。
え、畑泥棒、早速発見?




