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4仕事め:うまいぞすごいぞ畑のお肉!



 こだわり抜いた料理人の一手間と、それを覚えていたフォルテのおかげでにがりを手に入れた私たちは翌日、キッチンに集まっていた。


 ぴっかりと晴れた午後、作業台の中央には、昨日せっせと調剤室で抽出した、にがりの入ったビンが鎮座している。


 ありがとう、料理人さん。

 あなたの一手間のおかげで手に入りました。

 しばし感謝の祈りを捧げたあと、私はきりっと表情を引き締めて、背後にいるフォルテと人型ハルに向き直った。



「これより、豆腐作りを開始、します!」

「はーい!」



 勢いよく手を上げるハルの横で軽く会釈をしたフォルテは、大きめのボウルを作業台にのせた。

 ボウルの中には、たっぷりの水の中でふっくらとした大豆が泳いでいる。

 昨日一晩かけて水を吸わせた大豆である。この作業が必要だったから、翌日に持ち越しになったんだ。


 豆腐を作るためにはまず、豆乳を作らねばならない。


 というわけで、早速登場しますは異世界文明の利器、ジューサーミキサー(ぽいもの)である!


 調剤室から持ってきたこいつに、大豆をつけておいた水ごと投入してスイッチオン。

 ガガーッ!とすごい音をさせて稼働すれば、あっという間に下部にあった出口から乳白色の液体が出てきた。

 本体に残るのは絞りかすであるおからである。これはあとで食べたり、肥料作りの材料になるから、まったく無駄にはならない。ふふりふり。


 戻した大豆を一度にジューサーミキサーにかけられなかった。

 できたものからお鍋に移して、数回それを繰り返していれば、ハルが興味津々で中身を眺めていた。



「一葉ちゃん、もう飲めちゃいそうな色してるね」

「なめちゃだめよ。お腹壊すからね」



 生の大豆に含まれるなにかがだめだったはずだ。人間も同じである。

 そして、生の豆乳で満たされた鍋を火にかけた。



「ワタクシが代わります」



 さあ始めるぞ、と構えていたら、フォルテに木べらを奪われてしまった。

 過保護だなあと思いつつ、こういう作業はフォルテの方がうまいので次の作業に備えつつ見学だ。

 絞られた生豆乳はとても焦げやすいから、均等にやれるフォルテは適任である。

 彼が中身を絶えずかき回しながら温めていると、ふつふつと細かい泡が出てきたので、私はそれらをお玉ですくっていった。


 雑味の元は滅殺である。


 沸騰寸前で弱火にしてさらに煮ていけば、青臭い匂いがほのかに甘いものに変わった。



「そろそろよろしいかと思います」



 フォルテも同じことを感じたようなので、これで豆乳の完成だ。


 本当は、水と一緒にすりつぶした大豆をそのまま熱して、布で搾り取るらしいんだけど、良い機械があったので楽をさせてもらった。

 いいじゃない。文明の利器万歳。



 そんな感じで完成した豆乳だが、本番はこれからだ。

 だが、私たちに死角はない。豆に水をつけるだけでなく準備をすすめてきたのである。


 豆乳の重さを計量したあと、温度計で慎重に豆乳の温度を計る。

 必要な温度はだいたい70℃なのだが、案の定カウンで一般的な温度の単位も違った。

 が、それは私が持っていた体温計とすりあわせることで解決した。


 ……不屈の信念過ぎる?機転が利くと言ってくれ。



「イチハ様、適温になりました」

「よーしじゃあいくよ」



 私はきっかり豆乳の1%に計ったにがりを、豆乳の入った鍋の中へ少しずつ注ぎいれたのだが、不安でもある。

 だって塩からにがりを作るなんて初めてだし、濃度が足りなかったら固まらないわけで。


「が、がんばれ一葉ちゃん、フォルテ」


 本日は見学係になっているハルに見守られながら、にがりを注ぎ終わった鍋を置いてしばし。その心配は杞憂だった。


 少し時間がたつとさらさらとしていた豆乳は、すでに豆腐らしく固まって透明な水分と分かれていたのだ。



「ふぉおお……固まってるの!」



 ハルが目を丸くして驚く中、私ははやる気持ちを抑えながら、用意していた布を重ねたざるを引き寄せる。

 そして、どろっとなった豆乳をザルの方へ移していった。

 全部写し終わったら布でくるんで、お皿で重しをして水を抜けば、そこに鎮座していたのは立派な豆腐だ。

 乳白色のそれは紛れもなくお豆腐である。


 試しにちょいちょいと突っついてみれば、弾力がそこそこあるので木綿豆腐くらいだろうか。

 行程としては単純、だけれどもきちんとできるとは思わなかった。



「できた……」

「できたね! 一葉ちゃん」

「これがトウフでございますか」



 興味深げに眺めるフォルテや、きらきら表情を輝かせるハルの反応で、じわじわと達成感がわいてくる。



「味見してみようか」

「一葉ちゃんいいの!」

「夕ご飯にはちょっと早いしね」



 私だってできばえが気になるのだ。



「イチハ様、ワタクシも試食させていただけないでしょうか」

「もちろんだよ。豆腐は良いものだ!」


 珍しくフォルテも乗ってきたところで、早速できたてのお豆腐を皿に盛って切り分けた。

 お皿の上に鎮座する四角い白いものを、それぞれのフォークや箸で取っていく。 



「じゃあ、」

「いただきます!」



 私は豆腐のひとかけらを口に運んだとたん、豆腐の甘い香りと豆の濃密な味が広がった。

 水っぽさなんて一切なく、市販のものとは比べものにならない強い味と、かみ応えに驚く。

 こんなに違うのかともぐもぐしつつ、ほかの二人を伺ってみれば、フォルテは興味深そうにゆっくりと咀嚼していた。



「はじめはペーストにしたダイズに、これほどの手間をかける理由が分かりませんでしたが、それだけの価値があるものですね」

「でしょ、ここからさらに加工していくんだよ」



 油揚げに厚揚げに、がんもどきなどなど、思えば豆腐の七変化はすさまじいものがある。


 さあ豆腐を堪能したらそっちも作ってみるぞ、と決意をしていたのだが、ハルの様子がちょっと変だった。

 普通にもぐもぐしているけれども、神妙な面持ちだ。


 何というか思っていたのと違うという感じに、あ、と気がついた。



「ハル、期待していたのと違った?」

「一葉ちゃんがすごく楽しみにしてたから、もっとおいしいのかと思ってた……」



 素直に思いを口にするハルの言い分も一理ある。豆腐というものは淡泊で癖がない食品だから、単体だとそうでもない感じるのも無理はない。

 だからこそ、様々な料理に使いやすいものなのだ。


 いつの間にか飛び出ていた猫耳をしょんぼりとさせるハルには、あとで夕ご飯に豆腐の底力を存分に堪能してもらえれば良い。けど、せっかくなら今楽しんでもらおう。

 というわけで、私はフォルテを振り返った。



「ねえフォルテ、調味料いろいろ出してみてくれない? 醤油とか塩とか」

「かしこまりました、ワタクシも少々試してみたく考えておりました」

「あ、ついでにネギと、包丁とまな板を使わせてもらってもいい? 説明するよりやっちゃった方が早いだろうから」

「ですが……はい。かしこまりました。どうぞ」



 心なしか楽しげなフォルテにさりげなくねだれば、フォルテはちょっと躊躇したけれど包丁とまな板とお願いしたネギをくれた。


 やったぜ調理道具を使わせてもらえたぞ!


 私はうきうきとしながら、作業台に沢山の調味料と共に小皿が用意される間にいくつか準備していった。



「まずは、王道。冷や奴に欠かせないお醤油だね」



 小皿に準備した豆腐に、刻んだネギをぱらりとかけ、醤油を一差しかける。


「はい、冷や奴の完成っと」


 料理と言って良いのかどうかすら分からないけど、ともかく完成である。

 ネギがこんもりとのっかったお豆腐を、ハルの前に置いた。


「ほら、ハル食べてみて」

「じゃあいただきます」


 懐疑的だったハルは、冷や奴をぱくっと食べたとたん目を輝かせた。



「お醤油の風味が素敵なの! いくらでも食べられちゃいそう」

「ふふふ、夏の食欲がないときでもいけちゃう、素晴らしいお手軽料理なんだよ」



 お豆腐さえ買っておけば一品になるから、よくお世話になっていたのだ。

 にんまりとしつつ、今度は同じネギでもごま油と塩で和えたものを乗っけた。

 削り節が欲しいところだけど、これでも十分いける。



「こっちは塩だれだよ」

「とってもいい香りがするの、同じネギが入ってるのに全然違うのね!」



 もう全く抵抗がなくなったらしいハルが、にこにこしながら塩だれ冷や奴をぱくぱく食べる。

 私も久々の豆腐を堪能していれば、フォルテが鮮やかに彩られたプレートを差し出されて目を丸くした。


 それはスライスされたトマトの赤と、薄く切られた豆腐の白い、そして青じその緑のコントラストが美しいおしゃれな一皿だったのだ。



「本来は水牛のチーズを使うのですが、食感が類似しておりましたので使用してみました。ハーブも、青じそを使っております」

「じゃあ、いただきます」



 冷や奴を超えた前菜の域に達しているそれに、私とハルは手を出してみた。

 トマトと飾られた青じそと一緒に一口食べる。


 豆腐にも塩が振られているようで、良い感じに味がついている上、トマトの酸味と青じそのさわやかな香りに彩られている。

 うわあ、イタリアンレストランで食べたカプレーゼそっくりだ。サラダ油なのがむしろすっきりしてて良いかもしれない。



「すごいおいしいよフォルテ、良く思いついたね」

「恐れ入ります、よろしければこちらもどうぞ」



 私が感心していれば、かちりとおかれたのは、グラスに入れられた白いものだった。

 この流れで行くんなら豆腐のはずだけど、木綿豆腐みたいに固いものだった豆腐が、なめらかになっていて、赤いイチゴソースがかかってる。


 つまり、え? もしかしてこれ、デザート?



「はい、1度崩してなめらかにし、砂糖と豆乳を加えて冷やしてみました」



 この短時間でこれだけのものを作ったのか、と驚くけれど。

 甘い豆腐とは、とひるむのは日本人としては仕方がないと思うのだ。

 けれども全く先入観のないハルは藍色の瞳をきらきらさせながら手に取った。



「甘酸っぱくてなめらかでおーいしー!」



 ふにゃりと幸せそうに微笑むハルに、私も戸惑いをおいといて試しにぱくりと食べてみる。

 まずさっきのしっかりとした食感とは違うなめらかさにびっくりした。

 ムースとプリンの中間みたいな感じかな。

 豆腐はしっかり存在しているけれど、甘酸っぱいイチゴソースの良く合うちゃんとしたデザートになっていた。



「おい、しい」

「調理してみました感触から言いますと、1度凝固しているため、崩しても粘度を保っておりました。クリームの代用にもできそうです。イチハ様の世界にはとても良き材料がございますね」



 そういえば一時期、ちまたでは豆腐クリームなるものもはやっていたなあ。

 生クリームを使うよりもヘルシーに仕上がるから、ダイエッターの味方とかなんとか。忘れていた。



「お料理にもおやつにもなるって、お豆腐ってすごいねっ」



 量は少なかったとはいえ、デザートもぺろりと食べて幸せそうにするハルの言葉に、私も顔がほころぶのを感じた。

 私よりも豆腐使いに習熟し始めているフォルテには脱帽だが、しかしながら子供の頃から慣れ親しんでいるお豆腐で負けるわけにはいかない!


 謎の対抗意識を燃やした私は、若干胸を張って言ってみた。



「ふっふっふ。けどねハル、豆腐はまだ素晴らしいポテンシャルを秘めているんだよ」

「そうなの!?」

「豆腐は豆腐クリームみたいにいろんな形に加工できるのよ。まずは油揚げに厚揚げに……」

「あの、恐れながらイチハ様」



 身を乗り出すハルに説明しかけた私だったが、遠慮がちなフォルテの声に引き戻された。



「なに?」

「そのアブラアゲやアツアゲは、イチハ様の書物に掲載されておりましたが、大量の油で揚げる行程が必要であると記憶しております」

「うんそうだけど……あー……」



 気づいてしまった私は、がっくりと肩を落とした。



「うちに、そんなに油のストックなかったね」

「申し訳ありません。イチハ様が召し上がられたいとご希望されるのであれば制作もやぶさかではありませんが」

「いや、いいんだ。揚げ物はいつかにしよう」



 もちろん揚げ物も食べたいし、油揚げも厚揚げもがんもどきもできたら食べたいとはいえ、油を使いたいところは沢山ある。

 いつかの目標にして、今は豆腐ができたことを喜ぼうじゃないか。



「さーじゃあ、今日の夕飯は豆腐のフルコースだー! これ、実はお肉っぽくできる技があるんだよ」

「そうなの!?」

「詳しくお教えいただいても?」

「もちろん、こっちは油あんまり使わなかったはずだから」



 たちまち猫耳をぴくぴく動かして好奇心一杯のハルと、興味を示してくるフォルテに、私は豆腐の可能性について語ったのだった。



 というわけで、にがりを入手し、豆腐をゲットです!


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