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4仕事め:豆乳とくれば欲しいもの

~前回までのあらすじ~

丸のままなイモ以外のものが食べたいと願いし一葉さん。

魔法使いの実験室的な調剤室でトウモロコシ粉の錬成に成功!

フォルテ君のこぼした笑みにきゅんと来たのでありました。


 幽玄屋敷の食堂内。

 私ははやる心を抑えながら、グラスを手に取った。

 その中に入っているのは、クリーム色の液体である。

 わずかにとろみのあるそれにわくわくしながら、グラスに口をつけて傾ければ、ほんのりと青臭さがありながらも甘い香りが鼻孔をついた。

 口に流れてくるのは、クリーミーな舌触りとほのかな甘みがのどを滑っていく。


 「豆乳うんまい……」


 濃厚なそれは牛乳とは違えど、まろやかきもの。

 日本人にとっては大変に懐かしき味である。


「そうそう、この味だったの」


 ハルも嬉しそうにこくこく飲んでいる横で、私も作成に成功した豆乳を前に感動していれば、フォルテがことりとお皿を置いてくれた。


「どうぞ、トウモロコシのクレープ、イチゴのソースがけでございます」


 薄く焼かれ、美しくたたまれたクレープに、真っ赤なイチゴのソースも美しい一皿だ。

 私はいただきますもそこそこ、フォークとナイフを取ってひとくち食べた。

以前よりもこくがありなめらかになった生地からは、甘いトウモロコシの味と共に、イチゴの甘酸っぱいソースが口いっぱい広がった。


 お店で売っててもおかしくないクレープデザートプレートに身もだえする。

 そうそう、この味だよ。しっかり甘くてデザート感もばっちりだ。


「一葉ちゃん一葉ちゃん、おいしいね!」


 そう言って、優雅に幸せそうにハルもクレープをもぐもぐしている。

 事のはじまりは、少し時間をさかのぼる。






 フォルテが作ってくれたトウモロコシ粉のフルコースに、俄然やる気になった私たちは、とうもろこしの増産体制に入っていた。

 トウモロコシ用に畑をまた一反開墾し、ポットで育てていたトウモロコシの苗をせっせと植え付ける作業は楽しかったね。

 その先においしい麺やパンケーキもどきがあると思えば、いくらでも頑張れたさ!


 トウモロコシは連作障害、同じ土地に毎年植えても病気になりにくい作物だ。

 ただ、受粉しやすくするために並べて植えるのが良いらしい。

 背が高くなる植物だから、途中で倒れないように土寄せも必要で、おいしい実を生らせるためには受粉のあとの摘果作業も欠かせない。


 欲望に忠実だった私たちがせっせと手をかけた結果、いい感じにトウモロコシ畑が広がり、週に一度はトウモロコシパスタやラップサンドが食べられるようになっていた! いえい!


 そんな感じで、とにかく食料を生産することから、必要な作物を選択して植え付ける方向へシフトしていた。

 そんな私は、空き時間に調剤室にあったマニュアルを読むのが最近の楽しみになっていた。


 幽玄屋敷のスペックならばもっといろんなものができるかも知れないと、手始めに調剤室を把握することから始めたのだ。

 おいしいものを食べたい欲に火がついたとも言う。


 まあその結果、成分を抽出することで、じゃがいもやサツマイモからデンプンを取りだし、片栗粉を作ることに成功した。

 その日はいも餅が食卓に並んださ。


 いも餅はふかしたジャガイモに、片栗粉をたっぷり突っ込んでこねたものを丸めて焼いたものである。

 よく行ってたスーパーの北海道フェアの時に売っていたんだけど、いつでも食べたいと思って作り方を調べたのさ。

 こっちで再現してみても、もっちもっちしていて大変おいしかった。

 ただ、片栗粉を10グラム作るのにじゃがいもが10倍必要なので、たまにの楽しみだ。


 ほかにもイチゴをスライスしたあとに乾燥させてみたり、お芋を干し芋にしてみたりといろいろやっていたのだが。

 その一環で、ふと気づいたのだ。


 豆乳、普通に作れるんじゃね?と。


 調剤室には、液体用の抽出や分離ができるジューサー的なものも存在していて、実際にやってみれば、あっという間に簡単にできてしまったのである。

 異世界文明の利器万歳。


 おかげで食事の質もまた一段上がり、こうして優雅に午後のお茶を楽しめるようになったのであった。わーい!





  *





 居間でクレープを味わい終えた私は、ソファに寝そべって、愛用している電子書籍の端末をめくっていた。

 はじめこそ私の部屋の何倍もある居間や、お高そうでふかふかなソファにひるんだものの、今ではのびのびと利用させてもらっている。

 引きこもるのも捨てがたいけれども!


 私のお腹の上ではハルが体を丸めて眠っていた。



 

 外はしとしとと雨が降り注いでいる。

 室内はフォルテの空調調整はばっちり聞いていたけれども、なんとなく雨の匂いが忍び寄っている気がした。

 本日はこうして朝から雨が降っていたから、こうして畑仕事もお休みにしている。

 それなりにまとまった雨の中作業なんてしたら、雨合羽を着ていても濡れ鼠になるだろう。

 急ぐ作業はないし、見回りだけで引きこもることにしたのだった。


 お天気次第で仕事を休みか決めるなんて、なんて贅沢なのだろう。

 むふふと浸りつつページをめくり、次になにが作れるかと算段していた。


 豆乳のおかげで、寒い時期にぴったりなクリームシチューも味わえたし、紅茶にも落としてソイミルクティーなんてものもできた。

 こうやってまんま洋菓子的なものも味わえて万々歳である。


「豆乳がいけるんだから、ここは豆腐にも挑戦したいけれども……にがりかあ」


 私は手元のレシピに輝くそれに渋面になった。

 なんとなく気配を感じて顔を上げれば、今日は執事姿のフォルテがたたずんでいた。


「イチハ様、豆腐とはどのようなものでございましょう。イチハ様の所有されているレシピ本には頻出しておりましたが」

「そうだなあ、簡単に言うと畑のお肉だよ。材料さえそろえば、特別な設備がなくても作れるんだ。お肉の代わりになる」


 お肉がない中で貴重なタンパク質を補える大豆は、日本では八面六臂の活躍を見せる万能選手だ。

 高野豆腐をきっちり料理して唐揚げにするとお肉と区別つかないし、菜食に凝っている人むけに、ソイミートというもっとお肉らしく加工した大豆製品も誕生しているくらいだし。


 私もお肌の調子が悪いときに、一時期豆腐製品にはお世話になった。

 ……一番の原因は職場でのストレスだったから、焼け石に水だったけれども、体の調子は悪くなかったものだ。

 たぶん私に必要な栄養が補えていたんだな。


「それは是非ともそろえたいものですが」


 そうやって説明すれば、かすかにすみれ色の瞳を見開いたフォルテが言いよどむ。

 理由がわかる私は肩を落とした。


「にがりがないんだよねえ」


 電子書籍の端末に、豆腐のレシピを呼び出しつつため息をついた。


 豆腐を作るのに必要なものは、豆乳とにがりだけ。

 けれどそのにがりがやっかいなのだ。

 

 そう、普通の家庭に、しかもOLの一人暮らしににがりなんて特殊なものは置いていないのである。


 一度、豆乳から手作り豆腐を作るというコンセプトの、にがり付き豆乳を使って豆腐を作ってみたことはある。

 けれど、さすがににがりのボトルを買って自作するほどにはハマらなかったのだ。

 今となればそれくらいハマっておけば良かったと思うけどね。

 

 にがりは海水から抽出するものらしい、というところまでは知っている。しかし森に囲まれたこの土地に海水なんてものはないわけで、完全に入手は不可能だった。


 はあ、しょうがない。お豆腐があったら嬉しいけれど、作れないものは仕方がないんだから。


「ワタクシにはにがりはおろか、豆腐がどのようなものか想像がつきません」

「だよねえ」


 フォルテにみせてもらったこちらのレシピ本は、かろうじて材料がわかるものから察するに、欧米寄りの食文化にヨーロッパ系が所々混じっている感じだ。

 少なくとも日本の食文化とは全くちがう。


 フォルテはこの一ヶ月でレシピ本を読める位には、日本語の学習に成功しているらしい。

 けれど、日本独特の食品はこちらのものに置きかえられなかったものも多かったらしく、質問事項をまとめて私に聞きに来ていたものだ。


 私の地味な異世界特典の一つである自動翻訳を通すと、フォルテにはこの世界にあるものの名前で聞こえるらしい。

 まあ、このカウンに無いものだとわからないことも多いんだけど、地味に便利だ。

 だってそのおかげでこの世界にお米があるってわかったわけで、希望を捨てないですんでいるんだから。


 ただ、にがりはわからないみたいだし、こっちで入手するのはあきらめた方が良いかなあ。

 と、しょんぼりしていれば、フォルテはこう続けたのだ。


「ですが、もしかしましたらワタクシの認識とイチハ様の認識が違う可能性がございます。いちど、貯蔵庫をご覧になっていただけませんか」

「貯蔵庫?」 

「はい、野菜等の保管につきましても気にされておりましたので。生鮮食品はございませんが、長期保存が可能なものは残っております。その中にあるかも知れません」

 

 言われて初めて気がついた。

 そういえば、キッチンにも冷蔵庫みたいな野菜の保管庫はあったけど、今まで収穫した野菜、あそこだけじゃ絶対収まらないよね。

 別に保管している場所があったとは。これはちょっと気になるぞ。


「面白そうっ。ついて行って良い?」


 いつの間にやら起き出したハルも、白い尻尾をうきうきと揺らめかせている。


というわけで、私たちは貯蔵庫見学に行くことになったのだ。






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