3仕事め:炭水化物に日常を!
はいこんにちわ。異世界カウンで少年執事付きのお屋敷で美女で邪神な愛猫と一緒にスローライフという名の自給自足を目指している一葉さんですよー。
……あれ、字面だけ見てると、わりといい感じの生活に思える?とか思うのはなしの方向で。
というわけで異世界に転がり出てきて一ヶ月たった。
夜明け前だとコートがないと出られないくらいだったのに、ちょっと寒さがゆるんできて、本格的な春の気配を感じる。
ちなみに、こっちの暦は12月あって、四季で四等分に分割されている。
それぞれ春の月、夏の月、秋の月、冬の月と呼ばれていて、3か月ごとに変わっていく感じだ。
ちなみに初めてカウンに来た日が冬の3月の終わりで、今は春の1月の終わり頃。
つまり、ひと季節ごとに1月2月3月がある感じだ。わかりやすい。
暦の調整とかでいろいろほかにも決まり事があるらしいけど、とりあえず、朝の作業は温かいのが良いことだ。
ハルの権能のおかげで食味の改善に成功した我が畑だったけど、全部が全部うまくいったわけじゃなかった。
大根はサンマに乗っけて食べたいくらい辛いまんまだったし、イチゴは地味に酸っぱい。
ついでに言えば、改善に成功した畑も面積としては狭いから、まだ残念野菜の方が多いから、今はおいしい野菜を混ぜて食べていた。
それでも食べきるのが間に合っていないからびっくりだ。
枯れ始めてしまっている苗やら野菜は、必要分の種を取ったあと、落ち葉と一緒に積んで肥料にした。
せめて全部の畑に腐葉土をすき込みたいけれど、ほかの野菜の世話もしなきゃいけない現状、一日に木枠一つ分を仕込むのが限度だった。
ハルの背中に乗っけてもらえるから、森まで片道30分くらいでたどり着くし、作業に慣れてきたとはいえ、平気で半日つぶれるんだ。
このままいけば、立派なお百姓になる前に落ち葉回収のプロになれるぜ……。
まあ、ともかく、徐々に野菜の味は改善されて食糧事情も改善されていた。
なによりハルにもご飯を食べさせてあげられるのがいい。
野菜中心の生活のおかげか、私のお肌の調子もいい感じだし。
そう、初期よりはずっとおいしいものが食べられてるんだ!
けど!!!
「いもと豆、以外のものが食べたい……」
私は絶賛、音を上げていた。
一ヶ月もたてば、ちょっとずつおうちにあるご飯はなくなっていくもので。
まだ賞味期限があるレトルトご飯を非常用に残し、本格的に畑のものを食べるようになっていた。
今主食にしているのは、じゃがいもとサツマイモ、そして大豆だ。
これは当初から考えていたことで、作付けも、サツマイモと大豆は一つ専用の畑を用意して植え付けているくらいだ。
ほんとうはじゃがいもも植え付けたかったんだけど、2,3ヶ月涼しい場所で休眠させないと芽が出ないらしい。
このでたらめ畑の中で育った作物も例に漏れないらしく、試しに一週間前に一個ぶん植えてみたら今も芽が出ないので、おとなしく時間をおくことにしている。
ともあれ、サツマイモも大豆も、炭水化物としてこれ以上ないほど良い作物だ。
まるまると太ったサツマイモなら一個でお腹いっぱいになるし、知らない食べ物じゃないし、私も大丈夫だろうと思った。
けれども、芋類は蒸すかゆでるか焼くかの選択肢はあれどほとんど丸のまま。
豆はもっとシンプルにゆでるかつぶすかという、全くなじみのなかった食べ方だ。
そうやって毎日の主食として食べている国があることは教養として知っている。
だけども米とパン食で生きてきた身としては、芋、芋、芋、豆、芋というのはなんともしんどかったのだった。
「ワタクシの調理に不備がありましたでしょうか」
夕食のあと、洋館の方にある食堂で私が突っ伏していれば、フォルテにそう問われた。
私がハルにご飯を譲った上で、つぶやきが聞こえてしまったのだろう。
私は慌てて顔を上げて、言いつのった。
「いや、そういう風に聞こえちゃったかも知れないけど違うんだ。フォルテのご飯はめっちゃうまい!」
ちなみに本日の夕ご飯は、キャベツのトマト煮込みに、にんじんと大根のスープ、緑の野菜のサラダだった。
キャベツのほかにはじゃがいもが煮込まれていてボリュームたっぷりである。
お肉が入っていないにも関わらず、満足感もあるメニューだった。
野菜だけでこんなにバリエーションができるなんて驚きだよね。
私が自分で作っていたら、一週間くらいで音を上げていたにちがいない。
ただ、それでも今日は残してしまったのだけど。
「フォルテのご飯はすごくおいしいよ! じゃがいもおいしい!」
そう声を上げたのは、幸せそうな顔をしている人型のハルだ。
私がちょっとだけ残してしまった分も引き受けて、今も嬉しそうにもきゅもきゅ食べていた。
よかったよ、人の時は舌もちゃんと人間仕様になってて、かりかりよりもおいしいってわかってくれた……。
とちょっと本題からそれたけど、幸せそうに言うハルに私も同意する。
「その通りだよ。たださ、私が今まで食べてきたのは米とパンだったから。まだ馴染めないだけなんだ」
正直な想いを吐露すれば、フォルテはすみれ色の瞳をゆっくりと瞬いた。
きっとあと2,3ヶ月すればあきらめもつくのだろうけど、今はまだご飯が底をついて間もないから、寂しいんだ。
試しに白米を植えてみたけど、案の定全く芽が出なかった。
そりゃそうだよね、胚芽まできれいに削られてるんだもん出るはずないわ……。
そのあたりを説明すれば、フォルテはわずかに表情を明るくした。
「イチハ様は初期に召し上がられていたのはパンでございましたが、故郷の主食は米でございましたか」
「一葉ちゃんの国ではね、パンもご飯も麵もあったからね。こっちにも確かお米っぽいものも小麦もあるから、いつかは食べられるかも知れないけど」
「それを聞いてちょっと安心したよ……」
気を遣うフォルテとハルの言葉に私は軽く息をついた。
このカウンに持ち込んだ野菜は、フォルテにとって未知なものが沢山あったけど、いくつか共通していたり、似ていたりする作物もあったらしい。
その中で、同じだったり似ているものは、同じ名前で翻訳されるみたいだ。便利。
ただ、いつかは食べられるかも知れないのは救いがあるとは言え、それは街に出て行ける遠い未来のことだ。
残念ながら、幽玄城の食料庫に入っていた小麦は、製粉されたものだけで、ずいぶん昔に痛んで処分してしまったのだという。
この百年の間にフォルテを訪ねてきた人がおいていったものもあるようだけれど、残っているのは長期保存に耐えられたものだけだ。
炭水化物はない。
芋も、豆もまずくはない。
サツマイモも時間をおいてみたらすこし甘くなってきたし。普通においしい。
けれども、これからもこれを食べるのか、と思うとちょっと気が遠くなるのだ。
たたぶつぶつ言ったところで、今あるものでなんとかできなきゃそのまんまだ。
「うちにあるもので、粉、作れないかなあ……」
パンや米を食べたいなんて贅沢なことは言わない。
せめて粉っぽいものが欲しい。芋類のほくほくした食感以外のものが食べたい。
でも贅沢だよなあ……。
「粉類を作ることは可能です」
はあ、とため息をついて突っ伏せば、フォルテのそんな声が聞こえて飛び起きた。
「ほんと!?」
「はい。イチハ様が育てられている作物と、ワタクシの知識とすりあわせるのに時間がかかりましたため進言を控えておりました。が、互換ができましたので、加工品の生産を提案いたします」
加工品か。保存用にフォルテが干し野菜とかをいろいろ作っているのは見ていたけど、それ以上のことができるのだろうか。
もしかして、パンみたいなのも作れるのか!?
と期待のまなざし向けたら、フォルテは首を横に振った。
「残念ながら、現状パンを作れる作物はございませんでしたが、いくつか製粉可能なものがございましたので、試作させていただきたいのです」
パンは作れなくても粉があれば、作れるものが増える!
だって、私の電子書籍端末には、保存食やら調味料やら加工品やらのレシピ本をつっこんである。
イメージトレーニングはばっちりだ。イメトレだけは!
……作るのは忙しすぎて無理だったから、通勤途中に眺めて妄想して楽しんでいたんだ。
ならば挑戦するのにためらいなし。
とはいえ、粉にするってものすごく複雑な機械が必要な気がするし、うちにそもそも粉にできるようなものあったかな。
少々不安になりつつ、フォルテに聞いてみた。
「ちなみに、どの作物?」
「トウモロコシです」
あげられた作物に、私は目から鱗が落ちたような気分になった。
まだぴんときていないらしいハルが、小首をかしげてフォルテに問いかけている。
「ねえねえ、とうもろこしって、あの黄色くて甘いやつだよね? ゆでてたべたらおいしかった」
「その通りにございます。トウモロコシはこちらで似たような作物がございまして、乾燥させて製粉し、主食としている地域もございます。ダイズも粉にすることはできますが、芋と豆以外のものがご希望と言うことなので除外いたしました」
地球でもトウモロコシの粉は南米の方でよく食べられていたらしい。
スーパーにも売っているし、タコスの皮もスナック菓子の原材料として使われていることもけっこうある。
以前は全く気にしていなかったけれど、考えてみればとても身近な炭水化物だった。
ただ、私は粉から麺やパンを作る方法は知っているけれど、さすがに実から粉を挽く方法は知らない。
それでも、フォルテの提案はもの凄く魅力的だった。
「たしかに、トウモロコシはそろそろ収穫できるはずだから、試作するのは全くかまわないけど。というかむしろ挑戦して欲しいけど……ほんとに製粉できるの?」
「はい、粉類が確保できますと、料理の幅が格段に広がりますので」
おそるおそる聞いてみれば、フォルテ動じた風もなく、恭しく頭を下げた。
「幽玄城とワタクシめにお任せください」
そんな感じで、私たちはトウモロコシの製粉に挑戦することになったのだ。




