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2仕事め:勝利の味だよ収穫日

 

 

 ばっちり調整の利いたハルの権能によって、腐葉土作りは大幅に短縮されたものの、これで終わりではない。

 野菜作りは一つ作ればまた一つ仕事が増えるエンドレスな作業なのである。


 園芸本とにらめっこして、もう使えるのではと思いつつも一晩おいて発酵温度が収まるまでじっと待った。

 そして木枠を外して天地を切り返し、再びハルの「芽よ出ろ」儀式を行うこと二日間。

 もうやめて、ライフはゼロよと死んだ目になりつつ私も参加したさ!


 だが、その犠牲もあって、落ち葉の原型をとどめないほどぼろぼろになり、表面からキノコが生えてきて、黒々とした土っぽくなったのだ。

 匂いをかいでみれば森の中でかいだのと同じ匂いがした。


 完成! きっとこれで完成!!決めた私は、耕していた畑へざばざばとすき込む。


 ……あれ、そういえば、森の土をそのまま持ってきても腐葉土なんじゃ? とすき込み終えてから気が付いたのにはちょっぴり涙した。

 でもしっかり発酵させとかないと、良くない微生物とか菌を持ち込んでしまうから気を付けようって我が愛読書にも書いてあったし、これでよかったんだと己を慰めたさ。


 さて、そんな蛇足は置いといて。

 本当なら腐葉土をすき込んでから何日かおいてなじませなきゃいけないんだけど、ハルの権能による影響は、まだ植えていない地面にも広がっていたらしい。


 だってはじめに「芽よ出ろ」儀式をやった畑なんて、もはやどこに何を植えたかわからないほどのジャングルになってるからね?

 立ち入りすら拒む混沌の里を手入れするのはあきらめている。

 君たちは好きにお生き……できればいつかおいしい野菜を食べさせておくれ。

 あ、でも種は取らせてもらうね。


 そんな感じで放置……もとい繁茂させた畑と隣り合う畑にしたのが悪かったのか。


 隣のジャングルからタネが飛んできたらしい、見覚えのある野菜達がぼこぼこと芽を出し始めたので、慌てて整理に取りかかった。 

 今度はちゃんと支柱も立てて芽掻きをして、土寄せもして管理するんだ!

 悔しすぎたトマトにきゅうりや大根をはじめとする様々な野菜のタネを蒔いたり植え付けていけば、ハルがおずおずと問いかけてきた。


「一葉ちゃん。たぶんお野菜にお願いすればすぐ栄養吸って育ってくれるけど、やらなくていいの?」


 自分の力にだいぶ抵抗感がなくなったハルの言葉は嬉しかったけど。


「そこそこ頼ってるけど、あんまり使いすぎると良くない気がするのよね。だからほんの少し手助けするだけで十分よ」


 本音は、あの「芽よ出ろ」儀式をやる回数を減らしたいだけなんだけど。

 どうやら、ハルはコツをつかんだらしく、私がそばにいればだいぶ権能の調整が利くようになったらしい。

 ハルが何百年生きているかわからないけど、あんな制御の利きづらいものとずっとつきあっていたのは、大変だっただろうなと思う。

 まあ、だから使っていなかったって可能性もあるけどね。

 野菜が弱るとも言ってたし、いくら便利でもこれ以上を求めたら罰が当たりそうだし必要ない。

 さらに言えば、10倍速で成長すると言うことは、仕事も同時にやらなきゃいけないわけでして。



 と言うわけで、通常の10倍速で襲いかかってくる怒濤の手入れ修羅場を乗り越えて、植え付けて約10日。

 二度目の収穫を迎えていたのだった。






 *






 その日の朝はもう畑に向かうのが、楽しみで仕方がなかった。

 今の習慣になっている夜明け前に目を覚まし、すぐに布団の中で丸まってる猫のハルを揺さぶる。


「ハル、いくわよ」

「う? にゅぅ……」

「今日が収穫だよ、いいの」

「うにゃっ!」


 ぐずるように、にゃんもないとよろしく目を隠して丸まっていたハルは、私がささやいたとたん覚醒した。


「収穫! きゅうり! トマト! だいこん!」


 すぐさま人型をとったハルとともに、いそいそと身支度を調え、収穫かごを携えて畑へと飛び出した。

 混沌としたジャングルからはそっと目をそらし、その隣にある、幾分かましな見た目の畑にいく。


 未だに実験のつもりだから、前の畑と同じくらい沢山の種類を植えてみたのだ。

 何が良くて、何がだめなのかわからないから、なるべく多くの情報が知りたくてね。


 なにをしたらいいのかわからないからには、蓄積が必要だ。

 まあ、あっちの畑はやる間もなかったけどね!


 今日もノートとペンで作物の様子を書き付けていれば、ハルが待ちきれないように足踏みをしていた。


「ねえ、一葉ちゃん、もういい? とってもいい?」


 うん、わかるわ。私もそわそわしっぱなしだ。

 ある程度書けたし、もういいだろう。どうせ後でパソコンに打ち込んで整理するんだし。


「よし! はじめよう!」


 そうして私たちは一気に畑へ入っていった。

 一回目より成長が緩やかでも、畑に生える実物株は私の背丈以上になっている。

 私がまず見たのはきゅうりの株だ。


 きゅうりの成長はものすごく早いから、昨日ではちょっと小さかったけど、またとうが立ってヘチマになっちゃうんじゃないかと心配だったのだ。

 けど、今生っているものは、お店で売っているやつの二倍ぐらいの大きさだけど、つやつやとした見るからにおいしそうなきゅうりだった。


 ぐるんと丸まっていたり、曲がっていたりするのはご愛敬である。


「痛っ」


 思わず一つに手を伸ばしたら、きゅうりの表面にあるとげが指に刺さった。

 緑も表面のとげが痛いのは食べ頃の証拠とはいえ、軍手越しでも痛いとは、おぬしやりおる。


 今度はちゃんと気をつけつつ、はさみで茎をちょきんと切れば、ずっしりとした重みが手に落ちてくる。


「一葉ちゃん見て! トマト真っ赤だよ!」


 ぴょんと、畑の林から顔を出したハルの手には、はち切れんばかりに表面が張った真っ赤なトマトが抱えられていた。

 この間のうっすい桃色トマトとは全く違う。

 すぐにかぶりつきたくなるようなそのつややかなトマトと、みずみずしいきゅうりを前にうずうずとした。


 そろっとハルを伺えば、興奮しているせいで飛び出た猫耳と尻尾をゆらゆらとさせている。

 猫なんだけど、若干犬っぽい。


 けどわかるぞその気持ち。


「いま、食べちゃう?」

「食べる!」


 勢い勇んでうなずいたハルとともに、畑の端においたトランクへとって返し、蛇口付きの樽を取り出してささっとトマトときゅうりを水洗いする。

 そして、まずはでっかいきゅうりをぽきんと二つ折りにした。


 小気味よい音とともに、切り口から水分がにじみ出てきたが、真ん中にすも入っていない、ずっしりとしたきゅうりだ。

 いや、まだだ。大事なのは味である。


 折った半分をハルにあげて、一緒にかぶりついた。

 固そうな見た目に反して歯ぎれよく、みずみずしい食感とともに、きゅうりの青くもすっきりとした香りが口いっぱいに広がった。


「きゅうりって、こんなに味がするもんだったんだ……」

「一葉ちゃん苦くないよ! かじれるよっ」


 私が驚きにぼうぜんとしていれば、ハルがむぐむぐとうれしそうにそれなりの大きさがあるきゅうりを食べ尽くしていた。

 いつもなんとなくあればいいかな、と思っていたきゅうりの概念が覆された。

 なにこれ、おまえ、こんなにポテンシャルを秘めていたのか。切って塩振りかければ完璧に料理の一品張れる味してるよ!?


 私もせっせときゅうりを食べ尽くせば、お次はトマトである。

 否応なく期待が高まる中、はやる気持ちを抑えて、思いっきりかぶりつく。

 ぷちっと、表面の皮が破れる音すら聞こえる気がした。

 瞬間、あふれんばかりの果汁が口の中に氾濫した。

 トマトからあふれた果汁がこぼれかけて慌てながらも、うっとりとする。


 まず、味がある。

 ほんのりとした甘みとともに、柔らかい食感と一緒にトマトらしい酸味が襲いかかってきて、あれだ、これしかない。


「うーまーいーぞー!!!」


 私はこみ上げる感情のままに、雄叫びを上げた。

 だってさ、このトマトもスーパーで売ってるような顔してるけど、これ、私達が育てて収穫した野菜だよ。


 小松菜や水菜、ほうれん草の葉物野菜はすでに収穫を迎えていて、末恐ろしいほどおいしかったから、期待はしていたけど、もうあれじゃない? 味はもはやスーパー超えてない!?


「ふあああ、おいしー! お野菜ってこんなにおいしかったんだー!」


 歓喜に震える私の横で、きらきらと表情を輝かせながら言ったハルの言葉には全く同意だ。

 やばい。ほんと野菜やばい。

 今まで食いつないでいた残念野菜と同じとはとうてい思えなかった。

 うん、やっぱり手間をかけるのは大事。特に土はめちゃくちゃ大事!


「すごいね、一葉ちゃんっ」

「ハルも、頑張ったわねえ」

「え、あたし、がんばった?」


 きょとんとするハルは、まるで思ってもみないことを言われたと言わんばかりだ。

 天然入ってる気がしていたけど、ここまでとは。


「当たり前じゃない、あれだけ腐葉土作りで汗流して、すき込んで、その後も権能の出力調整ができるように練習したでしょ」


 さらに、毎日樽に水を詰めての水やりや、ジャングルから氾濫しようとする野菜達の勢力を弱めるための選定とか、余分な野菜の芽をそっと引っこ抜いたりとか……あれ、なんかジャングルとの戦いがメインじゃない?


 内心首をかしげつつも、私はにっこりとトマトを掲げて見せた。


「だからこれは私たちが力を合わせて育てた野菜」


 あきれつつ言えば、ハルはぱちくりと鮮やかに様々な野菜が元気よく生える畑を見渡した。


「そっかあ、あたしが育てた野菜でもあるんだあ」


 そうしてハルは頬をバラ色に染めてにへにへと嬉しそうに笑った。

 横顔に憂いはなくて、達成感に満ちている。

 やっぱり、一度失敗したと思ったときの一番の処方箋は、「うまくできた」という経験だ。

 良かった、この表情ならハルも大丈夫だろう。


 ほっとした私は最後の一口をお腹に納めて、ハルに手を伸ばす。


「んじゃあ、フォルテに持って行ってあげるために収穫しよっか!」

「うんっ」


 ぱんっとハイタッチを交わした私達は、ほかの野菜も収穫するために立ち上がったのだった。


 氾濫した我が畑でありますが、とりあえず、食味の改善に成功です。




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