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はじまり:うちの猫は美女でした



 私が目を開けると、抜けるように高い青空が広がっていた。


 真っ白い雲が映える晴天である。

 吹き抜ける風はかなり冷たいけど、こう、ベランダに敷物を敷いてひなたぼっこでもしたくなるような。


 立ちくらみを起こしたみたいに頭がぐらぐらしていて、うまくものが考えられなかったからなおさら二度寝がしたかった。


 一人暮らしで元OL現無職である私の唯一の家族であり、同居猫である白描のハルは猫らしく昼寝が大好きなもんだから、すかさずまったり伸びきることだろう。


 ハルは少し灰色がかった白は銀色にも思えて、黄昏のような藍色の瞳が美しい綺麗な雌猫だ。

 拾ったときは身体を縮こまらせてびくびくしていたと言うのに、今は野生どこ行ったという感じだが、リラックスしてくれるのならそっちの方が良い。


 ……あれ、ハルは。


 そこで、寝転がる直前のことを思い出した私は、一気に覚醒した。


 空があることはあり得ない。

 なぜならば、私がいたのは家で、絶賛無職を満喫するために、平日の真っ昼間からハルと共にくつろいでいたはずなのだから。


 ……え? 勤めていた会社は、パワハラモラハラセクハラの三連チャンに、法定なにそれおいしいの?な残業もりもり連勤上等ブラック企業のフルコンボでしたがなにか。

 それでも、唯一正社員で採ってくれたからと4年耐えに耐えたけど、先日昇進したかったら愛人になれとのたまわった馬鹿役員に、ラリアットかまして円満退職したのだ。


 いやあ、ものの見事に床に大の字になって紙吹雪にまみれた馬鹿役員にはすかっとしたわ!

 その後もちろん蜂の巣をつついた騒ぎになったけど、騒ぎ立てた奴らには、パワモラセクハラにくわえ、労働基準法違反の証拠を突きつけた。

 そしたら逆に残業未払い分全額支払いを口止め料に、どうぞやめてくださいになったからすっぱりやめたけど。もちろんその後、労基にはきっちり書面にまとめた証拠ごと通報してやりましたよ?


 そんでもって晴れて自由の身になった私は、いえーい!仕事終わりに朝日を拝まなくて良いなんて最高! とハルと私の城である庭付き2DKの居間でごろんごろんしていたのだから、青い空はおかしいのだ。


 それよりもハルだ。


 突然、地震が起きたと思ったら視界が光に塗りつぶされて、とっさにそばにいたハルを抱きしめてかばったのは覚えている。

 けれど、手元に柔らかい毛皮の感触はない。


「ハル!?」


 私が大事な家族の名を呼んで起き上がれば、飛び込んできた光景に絶句して。


一葉(いちは)ちゃああぁあん!!!!」


 柔らかく清涼な泣き声で私の名を呼ばれたとたん、ゆるふわな銀と藍に視界が覆い尽くされた。


 それが長い髪と瞳の色だと気付いたときには細い腕が私の首に回され、抱きつかれたのだと理解する。

 ついでに、私たちの間でふにゅっと柔らかいものが潰れたので女性だ。


 けれども受け止めきれなかった私は、勢いに押されてまた床に逆戻りである。

 ……え、床。え、床!?


「よかった、良かったよう。一葉ちゃんが生きてたぁ……」


 混乱している間にぐずぐず泣く彼女が離れてくれて、ようやくどんな人物か確認できたのだが、見るなり私は絶句した。


 星の光を集めてより合わせたような銀の髪はゆるく波打ち、涙に潤む瞳は黄昏と宵闇の藍色。

 優しく目尻が下がった目は銀色の長いまつげに縁取られている。

 きめの細かいはりのある肌は透明感のある白で、花ですら恥じらいそうにほころぶ桃色の唇は艶めいてどこか色気を感じさせた。


 私と同じ、20代くらいのその女性は、要するに超絶美女だった。

 ついでに白いワンピースに包まれた大変良い身体をお持ちである。

 ……すまんおっさんくさかった。


 そんな超絶美女に私は泣きながらも心底ほっとしたように、ありていにいれば心底親愛を込めて微笑まれているのだが。

 ちょっと待って、マジ待って。


「どちらさまです?」


 明らかに日本人ではない女性に、友人はおろか知り合いは全くいないのだった。

 へっへん! 仕事が殺人的だったせいで高校大学時代の友達なんてあっという間に疎遠になったよ悪いか!

 色々すんごく聞きたいことがありつつも、とりあえず言葉になったのはそれだったのだが、たちまち銀髪美女の青の瞳が潤んでいく。


「ふえ、一葉ちゃん、あたしがわからないの……?」

「いえその、人間離れした美女に知り合いはいないもので」


 こんなに至近距離でも、一切の瑕疵(かし)が見当たらないなんてすさまじいですけど。

 ぶっちゃけ私性別女のはずなのに魅入られそうなんですけど。


「びじょ? ……あっ」


 不思議そうにこてりと首をかしげた美女は、ちいさく気づきの声を上げたとたん、ぽふんっと間抜けな音と共に煙に包まれた。

 私が面食らって身体を浮かせば、とすんと、腹に軽い重みが落ちてきた。


 それは、この3年間朝と夜にずうっとなじみ深かった重みで。


「あたしです、ハルですっ! 一葉ちゃんに三度のご飯とお昼寝と怠惰を許してもらってる猫のハルなのですー!」


 煙から現れたのは、まっすぐな尻尾が愛らしい、銀色藍瞳の猫であったのだ。

 いや、その超絶卑屈な台詞はなんなのよ、と思ったけど。


「…………まじ」

「まじです。超マジです」


 私の腹の上で必死の形相でこちらを見上げる銀色猫から、さっきの女性の声が聞こえてきた。

 口もちゃんと動いてるし、そういや、藍色の瞳も一緒だ。


 そして再び、ぽふんっと間抜けな音共に煙に包まれ、銀髪美女に戻ったハルは、また目を潤ませながら少し離れた居間の床に、見事な土下座の姿勢を取ったのだ。


「ごめんなさいっ。あたしのせいで一葉ちゃんを巻き込んだっ!」


 彼女が頭を下げる勢いでふわりとゆるふわな銀髪が舞い散る向こうには、庭に続く窓があり、少し高低差のある茶色い大地と、その遠くにはうっそうと生い茂る森まで見えた。

 とっちらかっている見慣れた室内に燦々と日差しが差し込んでいるのは、家の天井がないからだ。


「え……」


 つまり、だだっ広い茶色い原野に、私の2DKがぽつんと鎮座していたのだった。


「うえええええぇぇええ!!!!!!??????」


 私、加納(かのう)一葉(いちは)26歳女。現無職。

 見知らぬ土地にほっぽり出され、うちの猫は美女だったようです。



ストックが切れるまでは毎日更新ですが、それ以降は不定期更新です。

略して「猫はじ」よろしくお願いいたします。

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