86A列車 黒塗りの気動車
「いさぶろう3号」は14時48分、終点吉松に到着。「いさぶろう」の隣にはDE10形ディーゼル機関車(DE10形1195号機)に牽引されたマヤ34形高速軌道試験車が止まっていた。この珍しい車両を撮ってから、この先へ行く列車を待つ。この次に乗る列車は15時01分発の特急「はやとの風3号」鹿児島中央行きだ。
出発時刻が5分と迫った時、黒塗りのディーゼルカーが吉松に入ってきた。これが特急「はやとの風」だ。見た目は「かわせみ やませみ」や「いさぶろう」と同じように見るからに普通の列車だ。そして、車内には木材の多用された内装となっていることも変わらない。
「あれ。」
僕はすぐに今日の「はやとの風」がおかしいことに気付いた。
それは僕の乗る1号車には「はやとの風」とどこにも書いていない。その代わりに「指宿のたまて箱」の表記があることだ。先頭を見ると僕から見て左が黒、右が白に綺麗に塗り分けられた顔がある。「指宿のたまて箱」は指宿枕崎線を走る観光特急だが、こうして「はやとの風」として肥薩線に入線することもあるんだな・・・。
15時01分。「はやとの風3号」は片手に収まる人数を乗せて吉松を出発する。
(こりゃ、定期廃止されてもおかしくないなぁ・・・。)
「ご利用ありがとうございます。切符を拝見いたします。」
検札が来た。僕は持っている乗車券と「はやとの風」の特急券を見せた。車掌は検察を終えると、今日の「はやとの風3号」は検査の関係で「はやとの風」に専用で使われるディーゼルカーを運用できないこととそれの代走として普段「はやとの風」の運用には入らない「指宿のたまて箱」に使うディーゼルカーを使っていることを教えてくれた。また、それと一緒に鹿児島県を走る列車の写真が入った鹿児島乗務センターの記念カードもくれた。
一駅の停車を挟んで、「はやとの風」は山の中を抜けていく。
「まもなく、大隅横川、大隅横川です。」
停車駅の案内が簡単になされる。大隅横川駅は肥薩線開業当初から設置されている駅で駅舎は開業当初から現存する駅である。木造の駅には多くの歴史が刻まれており、柱には大東亜戦争末期米軍の機銃掃射によって空いた穴まで残っている。そんな駅舎は有形文化財に登録されている。
肥薩線には開業当初から有る木造駅舎を持つ駅がもう一つある。それが次の停車駅「嘉例川」駅だ。この二つの駅では見学できる時間が5分から7分程度用意されているため、味のある木造駅を少し堪能してみるといい。
隼人駅に停車すると「はやとの風」は桜島を左に見ながら、時折対向列車に道を譲りながら、鹿児島へと向かっていく。16時44分。「はやとの風」は鹿児島中央に到着。のんびりとした旧鹿児島本線の旅は終わった。
ここからは新幹線で一気に新大阪へと帰っていく。一旦改札の外に出て、僕は時刻表の見れる場所を探した。「みずほ608号」で返った場合、新大阪で間に合わないことは分かっているが、京都に先回りすることが出来るのかどうか気になったためだ。
特急「びわこエクスプレス4号」の京都出発は22時06分。18時04分発の「みずほ608号」が新大阪に到着するのは21時47分。この次に京都に向かう新幹線は「のぞみ96号」で22時00分発。
(間に合わないか・・・。)
「素直に「さくら568号」で帰りますか。」
窓口で乗車券と特急券を見せ、改札内に戻る。
(かしわ飯でも買ってこう・・・。いいの有るかな・・・。)
17時16分「さくら568号」は定刻で鹿児島中央を出発。このあとは新大阪に付くまでゆっくりしよう。そういう気持ちが僕を眠りに誘った。
肥薩線
営業キロ:124.2キロ
駅数:26駅(起点終点含まず)
開業:1903年(鹿児島本線の一部として開業)
1927年鹿児島本線八代~川内経由~鹿児島間の全通を受け八代~鹿児島間を肥薩線に改称
1932年鹿児島~隼人間が日豊本線に改称し、現行の肥薩線となる
路線は旧鹿児島本線時代を色濃く残す。スイッチバックとループ線の複合構造の駅など当時の鉄道技術は今だ現役で活躍する。また、矢岳~真幸間には日本三大車窓に指定された絶景がある。九州旅客鉄道はこの路線を観光路線として売り込み「はやとの風」に代表される観光列車が全線に渡り運行される。
なお、2018年3月ダイヤ改正で運行列車本数の減便が行われるなど、必ずしも未来永劫明るい路線であるとは言いがたいため、三大車窓などに興味のある方は早めに訪れた方が良い。




