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第十話 傀儡【アレクレストside】

「国王陛下……」


「エドワルドか、うむ」


 私はベッドの天蓋から下りる御簾越しに室内の入り口に立つ、政務服に身を包んだ我が息子を見た。そして声を掛けると同時に、私の身の回りの世話を任せた複数の侍女と、神教の司祭でもある治癒術師たちへと退出を命じた。

 彼らはゆっくりとした所作で私へと頭を垂れ、それから室外へと辞した。別段このままどこかへ行ってしまうわけではない。ただこの私の寝室の隣に設えた彼らの待機室へと向かっただけ。もし今私に何かが起きても、彼らはすぐさま駆けつけることだろう。そのように手配したのは他の誰でもない、この目の前の私の息子なのだから。


「お加減はいかがですかな、陛下……、いえ、今は二人きり、父上とお呼びさせて頂くことをどうかお許しください」


 そう恭しく礼をする精悍な顔の息子をベッドに横たわったまま見上げ、随分と逞しくなったものだと、親の視点で嬉しくも思ってしまった。

 だが、今はただそう素直に喜ぶことは出来ないのだと、苦い感情を胸に押し込めたままで私は息子へと声を掛けた。


「許そうエドワルド、よく来てくれた我が息子よ。ときに、国内は今どのような状況になっている? 南部の問題は解決することが出来たのであろうか?」


 1年ほど前、国内最南端の都市、アルドバルディンにてアンデッドが大量に発生したとの報告があった。

 死の亡者による災害は、ありとあらゆる他の災害と比べても格段に危急を要する大問題なのである。死者は死者を呼び、アンデッドにより殺された者が次なるアンデッドへとその姿を変え、瞬く間に村や町、都市をも滅ぼしてしまう大災害となりうるのだ。

 かつてこのアトランド大陸においては数度、大量のアンデッドの発生が確認されている。いずれの時も、全種族、全国家総動員の上でのアンデッド討伐が行われ、大規模な被害をがもたらされたとこの国にも伝承されていた。

 この地でそれが確認された以上、手をこまねいてはいられなかった。

 エドワルドは一度目をスッと細めてから、続いて微笑を浮かべつつゆっくりと語った。


「父上……、ご安心ください。南部のアンデッドに関しては我が精強なる聖騎士団の精鋭により、その全てが打ち滅ぼされたとの報告が入りました。残念ながらアンデッド討伐の最中にて、領主スルカン・エスペランサが戦死したとも情報があり、急ぎ現地への支援を手配したところにございます」


「なんと……エスペランサ卿が死んだと……、確か彼は前領主ライアンの友人であったはず。そうか、アンデッドによって二人を死なせてしまったか……。エドワルド、どうか彼らの功績を称え、遺族を労わってやってくれ」


「はい、すでにその様に手配しております。しかし……、父上が直接御命じになられた『聖戦士』殿は無用となってしまわれましたな」


「いや、構わぬ。ラインハルトには自身の判断で動くよう勅命を授けておるのだ。あやつは『危急』に際して独自に動いてくれるだろう」


「むぅ」


 エドワルドは一度口を結び、苛立たし気な表情を一瞬見せた。自身の感情をまだまだ管理しきれていないということは、若さ故の未熟さでしかなく、別段悪いことではない。

 だが、私相手に腹芸を貫こうとしているのならただの悪手だ。

 私はその変化をつぶさに見止めつつもう一言付け加えた。


「あやつには、他の領で生じている問題の全ても伝えてあるのだ。お前の束ねる聖騎士団の良い助けになるであろう」


「はい……きっとそうなのでしょうな」


 エドワルドはやはり渋い顔をしていた。当然か……。

 病に伏せ何も出来ない国王で居て欲しいのだろうからなこの息子は。

 だが、このまま何もせぬままにこの世を去ることは出来ない。ここまで至らせてしまった一番の原因はこの私にあることは明白。ならば、例え『石』と変わりつつあるこの身であろうと為すべきことを為すしかないのだ。

 すでに新たに誕生した『聖戦士』と謳われたラインハルトや、巷間で名を馳せた武人、魔術師達へと勅命を与え、各地の問題の解決にあたらせている。

 少なくとも、命ある限り……私が王で居られる限りはそうしてこの国を守っていきたいのだ。

 だからこそ、自由の利かないこの身体を押して無理矢理に人を使い彼らを集めたのだから……

 今となっては侍女たち以外とは話すこともままならず、その侍女たちもまたエドワルドの手の内……

 私は完全に『飼われて』しまっているということに他ならない。

 今は彼らが『事を為してくれる』ことを願うばかりだ。

 

 そう思っていた時のことだった。


「父上……お加減が悪いことは承知の上でのお願いなのですが、ラインハルト同様にもう3人、国の為に立ち上がった『勇者』達にも『超法規的特別権限』の勅命を与えて頂けないでしょうか? いえ、父上の集められた者達の力量を軽んじているわけではありません。しかし、今は国難の時……少しでも多くの力が必要であると私めも考えているのです」


「ふむ……国難か……」


 エドワルドへと視線を向ければ、射抜くような鋭い眼光を私に向けていた。

 まるで獲物を狙う猟犬の目だな。

 そう思い、内心苦笑しつつ私は尋ねた。


「して……その三人とは?」


「はい、一人は『怪物狩(モンスターハンター)』として名高いミスルティン商業都市冒険者ギルド所属の【ゲッコー】。近年名を上げた一級冒険者であり、単独での大型魔獣(ジャイアントサイズ)の駆逐にも成功しています。今一人は大魔術師ドーラの愛弟子、【スペリアネス】。まだ若いですが師を超えるともされ、かのラインハルトの従者でもある『魔法の申し子(ルーンマスター)』をも上回る魔術の使い手です。そして最後の一人は、我が国が誇る北の英雄、ノースウィンドウ辺境伯の御子息、【カイラード・ノースウィンドウ】卿。ここ数年で辺境伯領内における数々の犯罪事件の解決に当たられた功績は本当に素晴らしいものです。どうかこの者達に勅命を……父上」


「…………」


 私の心を推し量るかのように目を細める息子を見返しつつ、私は口を開いた。


「よかろう。その者達へと勅命を与えるとしよう」


 そう言うと、エドワルドは少し呆気にとられたかのような表情見せつつ、返事をした。


「ありがとうございます。つきましては明日にでも登城(とじょう)させますゆえ」


「そうか……明日な……よきに計らえ」


「はい……では私はこれで……」


「エドワルド……一つだけ頼みたいのだ」


「なんでしょう、父上?」


 エドワルドがまっすぐに私を見た。それを見返しつつ万感の思いを込めて私は言った。


「どうかお前の手でこの国を守ってはくれまいか」


 いったいそれをどのように受け取ったのか、エドワルドは無表情のままだった。そして、しばらくしてから口を開く。


「どうもお気持ちが弱っておいでのようですな、父上。この国は父上……陛下の物。ですから陛下の御心のままにお守りいただければ宜しいのですよ。私はただそれをお助けするだけ。それでいいではありませんか」


 微笑を浮かべそう言い切るエドワルド。

 なるほど、初めて聞いたがこれがこやつの本心か。分かっていたことであったとはいえ、やはり辛いものだな。

 エドワルドは踵を返し部屋を辞そうとしていた。その帰り際、ふと振り向いて私へと言った。


「ああそれと……たまに陛下が独り言をこぼしていると侍女の一人が言っておりましたな。あまり妙な行動をとられない方が宜しい。陛下の威厳が損なわれますゆえ」


「うむ……私ももう年だ。だいぶ耄碌(もうろく)してきたということだな。許せ」


「…………」


 エドワルドはそれには何も答えなかった。

 ただまた表情を失して振り返り、そのままドアへと手を掛けた。


「ごきげんよう父上。どうかお体ご自愛ください。明日またお迎えに上がります。では」


 こちらも見ずにそれだけ言ってエドワルドは退室した。

 必要なことが終わればそれまでということか。寂しいものよ……

 そう思いつつ私はすぐに声を出した。


「呆け老人の戯言の時間はあまりとれないようだ。せっかくの再開であったがもうここには来ない方が宜しい。だから一つだけ『彼女』に伝言を頼む。『貴女様は貴女様の為すべきことをなさってください。たとえそれによってこの老いぼれの命が尽きようとも構いません。どうかこの世界を救ってください』とな。さあ、これでお別れだ。バネット」


 そう言った直後、ベッドの傍らにすっと大きな丸い耳を持った小柄な人影が立った。その可愛らしい容姿はあのころのまま。何も変わらない彼女の姿に、心が安らいでいくのを確かに感じていた。


「アレク……せっかくだからお前に抱かれてやろうと思っていたのに……残念だよ」


 そう屈託なく笑う彼女に、若かりし頃のことがまざまざと思い出されてくる。


「止せよ、言っただろうあの時に、俺はロリコンじゃあないと。俺は確かにお前が好きだったが、【エリザベート】をないがしろにはしたくなかった。それは彼女が死んだ今でもかわらん」


「ふん、お前って昔からそうだよな。融通が利かないし律儀だし。ま、だから私もお前が好きだったんだけどな。名残惜しいけどこれでお別れだ」


「人生の最後に会いに来てくれたこと感謝している」


「気が早いよアレク。まだ死んでないだろ? 大丈夫、多分なんとかなるさ、今の私のご主人様がいてくれさえすればね。だから、もうちょい死なないで待ってろよ」


「それはどういう……」


 その時、部屋の扉がスッと開き、侍女たちが粛々と入ってきた。

 そして顔を振ってみれば、そこにはもう彼女の姿はなかった。もう消えていたのだ。

 夢か幻か……

 いや、彼女は以前からそうであったな。

  

「ご主人様……か」


「…………?」


 そう独り言ちた私を怪訝な顔で見つめてくる侍女の一人。

 いよいよぼけ老人になってしまったなと、私は一人苦笑した。

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