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第九話 宿屋での一コマ

 アレックス達は帰っていった。

 宿を出てすぐに路地へと駆け込んでいくところを俺は部屋の窓からヴィエッタとオーユゥーンと一緒に眺めていた。そして、暫くしてから窓を閉め、椅子へともたれ掛ってふうっと一息ついた。まだ碌に休んでもいなかったせいか、やっぱり疲れがたまってでもいるのか、めちゃくちゃ怠かったせいもあったのだが。

 すると……


「あ、紋次郎? 私肩揉んであげるね」


 そう言いつつ、おずおずと手を肩へと伸ばしてくるヴィエッタに、俺は『なら頼む』とすぐに応じた。

 彼女はそれはもう嬉しそうに、これで良い? とかこの辺? とか、あれやこれや聞きながら肩と背中を解してくる。

 以前もやってもらったことがあるが、流石と言うかメチャクチャ上手い。これもやっぱり娼婦スキルの一つなのか? 

 はあ、これはかなり気持ちいいし落ち着くわ~~、などと思っていたら、オーユゥーンが俺にジト目を送ってきた。


「なんだよ?」


「いえ、お兄様の判断基準がどの辺りにあるのか推察していただけですの。身体で誘惑してもダメですけれど、マッサージなら良い……? それともヴィエッタさんにだけ判定が甘いのですか?」


「いったいお前はなんの判断をしようとしてんだよ? ただ、肩揉んで貰ってるだけじゃねえかよ?」


「肩を揉む行為から、挿入(インサート)に繋げるにはどうしたら良いかと? このままヴィエッタさんとイタされますのですよね?」


「す、するわけねえだろうが! アホか! お前は!」


「え!? 紋次郎!? 本当にエッチしてくれるの!?」


「だからしねえって言ってるだろうが!! ああ、もう、これじゃあおちおち肩もみも頼めねえじゃねえかよ!」


「だ、大丈夫だよ紋次郎!! 私、肩もみだけで紋次郎イかせられるから!!」


「いや、だからそういうことじゃ……、は……ぁふん……!」


 ヴィエッタが突然ねっとりした手つきで背中をさすりだした途端に、思わず変な声が出ちまった。これはヤバいだろうなんで、背中触っただけでなんでこんなに快感が迸るんだよ!! っていうか、いったいこいつはどれだけの淫技を持ってやがるんだ!!


「お兄様!? か、肩もみでしたら宜しいのですね!? そうですね? 言質とりましたよ! わかりましたわ!」


「いや、言質もなにもとれてねえだろうが! もうお前らいい加減にしろ!!」


 思いっきりヴィエッタとオーユゥーンの手を払いのけて、立ち上がって俺は二人を見た。

 二人はかなり引きつった表情で俺を見上げていて、どうも調子にのりすぎたことだけは理解したらしい。

 まったく、本当にすぐにアレをしようとしやがるのな、こいつらは。


「お前らな……どんだけ溜まってんのか知らねえけど、人に迷惑かける前に、自分でこっそり処理しとけよ。性欲旺盛になるのは別におかしかねえけど、それで人を襲うんじゃねえ!」


 当然俺だってそうしてるわけだから(相当数)そう言ったわけなんだが……


「え? 私ちゃんと自分でしてるよ?」

「ワタクシもですわ」

「私もだよお兄さん」

「当然マコもだよ!!」


「んぐっ!!」


 何故か当然のように真顔でそう知らせてくる4人の娼婦たち。

 なんで、お前らシモのはなしになると、そんなに元気溌剌になっちゃうんだよ! 


「わかった! もういい俺が悪かった」


「で、では、これからすぐに臥所(ふしど)を整えますので……」


「だから、なんですぐにイタそうとするんだよ? ちげーよ! この話はもう終わりだって言ってんだよ。はあ、せっかく肩もみで気分よくなってたのになんてザマだよ……」


「あ、ごめんね? 紋次郎……」


 頭を掻いてた俺の脇で、ヴィエッタがしゅんと項垂れた。ああ、もうこいつは……

 仕方ないので頭をわしわしと撫でてやると、最初は少し嫌そうにしていたのだが、ヴィエッタはポッと頬を赤らめて俺へとにこりと微笑んだ。

 まったく、喋らずに大人しくしてればただの可愛い女の子なのに……はあ。


 このままにしておいたら、また何か始まっちまうかもしれないと、俺は自分から話を打ち切って別の話題を投げた。


「さて……アレックス殿下も帰られたわけで、今後の方針を話そうと思うのだが」


「急にガラッと別の話題にしましたのね、お兄様」


 当たり前だろうが、そうしないとお前らのネチネチした追及が終わらねえからな。


「おっほん! アレックス殿下が帰ったわけだが、正直俺はあいつの話してる内容を全部は信じていない」


「お兄様? で、ではなぜあのようにお話になられたのですの? 皇子殿下自らがお動きになって国民を救おう都為されておられることは明白ではありませんの?」


「まあ聞けよ」


 慌てて詰め寄るオーユゥーンへの言葉を手で制して俺は言った。


「俺にはこの国の内情がまだ良く分かってはいない。ただ、相当なインフレが起きてるのと、難民と化した流民がこの王都に溢れているってことと、人聞きの噂だが、地方に相当な数の盗賊団や犯罪者集団が発生していることは理解している。それに、モンスター災害(カラミティ)によって食らいつくされた村が多いことだってこの旅の中で聞いてきた。実際に俺らだってヘカトンケイルとかキングと遭遇したしな、あんな感じの異変が各地で起きているってことだろう」


「いえ、流石にあの巨獣達がそこかしこに現れていましたらとっくの昔にこの国はおろか世界が終わっているとおもいますけれど」

「だよねー」「マコもそう思うよ、うんうん」


「うるせいな、話の腰を折るんじゃねえよ! 俺みたいなへなちょこだって倒せたんだぞ? 他の連中だってなんとかしてるんだろ? どうせ」


「「「…………」」」


 まあ、この世界には万能の魔法があるからな。金獣もそんなに怖くはないのだろうとは思う。俺も殺せたしな。まあ、裏技的ではあったが。

 そう思うのに、なぜか皆が睨むように見てきた。


「……なんでてめらそんな座った目で俺を見やがるんだよ。やめろよ、見るなよ、恥ずかしい」


 唐突に黙って見つめられて、なにやら緊張してしまったわけだが、とりあえず俺は気にしないこととした。


「ま、まあ、良い。でだ。実際にこの国はもう終わり間近なのは間違いないのだろうが、随分と呑気じゃねえか、この街の連中は? インフレになってはいても経済はまだ動いているし、神教の連中なんかはまだ平常運転だったしな。どうしようもねえ連中ばかりみたいだが、聖騎士だって機能していたわけだ」


「それがどうかしましたの?」


 よくわからないと言った具合でオーユゥーンがそう聞いてきたので、俺はなるべく端的に説明してやることにした。


「つまりだ。ここの連中はそんなに困ってねえんだよ。困ってねえってことは、反抗(レジスタンス)活動なんかしようとしても協力する奴らが限られてしまうってことにもなるんだよ」


「な、なるほど……?」


 まあ、これで理解できたかとうかは怪しいもんだが、要はこのことだ。

 これだけ国土が荒れているにしては、まだまだ経済や行政が機能しているというのはいささか腑に落ちない。

 極度の政情不安や治安の悪化からの国の衰退は、得てして行政の機能不全とハイパーインフレを伴った経済破綻を伴うものなのである。これは、国に対しての信用の失墜からの、個々人資産の停滞などの要因があるわけだが、こうなるともう流通貨幣の価値はなくって、金品の物々交換くらいしか経済活動を行うことは出来なくなるはずなのだ。所謂『闇市』だな。

 でも、話で聞いている感じ、各地で一揆のような現象も起きている感じだが、それが局所的なものであって、被害皆無の諸侯の領もあるとの話。全国に波及していないうえに、この王都も流民が増えているとはいえ直接の被害には遭っていないというところ等に何か作為的なものを感じるのだ。


「国が派遣した治癒術士たちが襲われたって話もあるらしいしな、何者かの思惑が働いているのは間違いねえだろう。それが国家を乗っ取ろうとしている皇子たちやギード公国の頭の悪い策略というのなら、対応はいたって簡単なんだがな、どうも俺にはそうは思えないんだ」


「それはどうしてですの?」


 そう問われ、俺はオーユゥーンを見て言った。


「手に入れたい国を必要以上に破壊することに意味はないんだよ。戦争で最も『下策』とされるのが、いわゆる『焦土作戦』だ。全滅させたところで得る物なんかほとんどないからな」


 結局戦争とは経済活動の一つのパターンでしかない。領土を獲得することでそこで発生する利権・利益を享受できるからこそ、国はその領土を欲する。その手に入れたい土地を灰塵にしていったいどうしようというのか? ただの戦費の垂れ流し、無意味な散財にしかならない。

 仮に生き残った人間を奴隷として獲得して、それを外貨に換えようとかいう程度の侵略戦争であるならば、このような破壊活動もあり得そうではあるが、それでも損得を勘定すれば完全にマイナスになるに決まっている。他国を滅亡させることに何の信義もありはしないから、結局は他国と協力関係を築くことが難しくなり国際的な孤立状態を招くことになる。そもそも陸続きのこの大陸には大国がいくつも存在しているのだ、このような中小国でそんな蛮行に踏み切る意味はまったくない。


「では、お兄様はどうするお考えですの?」


「そんなのは決まってる。国王陛下を連れてこよう」


「ええっ!? でも今アレックス殿下のお話は信じないと?」


 驚いた様子のオーユゥーンに向かって俺は言った。


「ああ、全部を信じたわけじゃねえ。だが、奴が何かをしようとしていることと、この国がどんな形であれ破綻寸前だってのは間違いない。だから、俺は俺で動いてみようと思う。そのついでにアレックスから金ももらえれば御の字だろう?」


 その言葉にもう連中も言葉がない。

 まあ、これだけ皇子様を蹴落とした発言をしているわけだし、反発しても当たり前ではあるだろうが、怒っているというより、どちらかといえば呆れているといった感じだな。


「少なくとも今俺たちはこの国にいるんだからな。俺に『穴の開いた船』にのんびり乗てられるような度胸はねえんだよ。少なくとも俺は俺『達』のために動こうと思ってるからな、だからお前らも協力して……って、な、なんだよお前ら、ニヤニヤしやがって」


 ヴィエッタとオーユゥーンとシオンとマコの四人がニマニマしたまま俺へとすり寄ってきたのに、俺は仰け反って逃げたわけだが、こいつらのツボが本当に良くわからん。いったいどこに喜んでやがるのか。


「まあ、いい。とにかくだ。国王を連れ出すためにこれから指示を出すから良く聞いてくれよ? もうじきアレックスを追跡させたニムも帰ってくるだろうしな、これで少しはあいつらのしようとしてることもわかるだろう。ところでだ……」


 俺はそこで一区切りさせてから、改めて四人を見て言った。


「バネットの奴はいったいどこに行きやがったんだ? ずっと姿が見えねえけど?」


 そう、俺はここで初めてそのことをこいつらに聞いた。

 バネットは流石というか、盗賊ということもあって本当に気配を消すのが上手い。だから、普段もいきなり現れてびっくりすることも多いわけだが、今日は完全にその姿はなく出かけているのは間違いなかった。

 それを聞いたオーユゥーンが即答。


「バネットお姉さまでしたらお出かけですわ。どなたかお知り合いに会われているようですわね? 先ほど急に飛び出して行ってしまわれましたわ」


「知り合い? この王都で?」


 それを聞いて俺は何やら嫌な予感に包まれた。

プライベートの方が多忙で更新少し遅れました。

『序章 キャラクター』と『第二章 第九話』に挿絵を追加いたしました。

挿絵のご提供、本当にありがとうございました。

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