第八話 騙された!
「あ、アレキサンダー? お前、そんな大層な名前なのか?」
と思わず言ってしまってから周りを見れば、オーユゥーンやシオン達は驚いた顔で姿勢を正していた。
「お、皇子殿下であらされますの? こ、これは大変失礼をいたしました」
そう言いつつ頭を下げようとするオーユゥーンへ件のアレキサンダー君がそれを手で制して言った。
「ま、待ってください。俺は皆さん信用してもらいたくて本名を明かしたにすぎない。今の俺はただのアレックス。国に反旗を翻した逆賊……だ」
「皇子殿下! どうかお顔をお上げくださいまし! 怖れ多い事にございますわ」
そんな風にへりくだり始めたオーユゥーンを眺めつつ、俺は彼女へと尋ねてみた。
「なあ、オーユゥーン? こいつは第三皇子で間違いないのかよ?」
「お、お兄様!? お言葉が過ぎますわよ!! 現国王様、アレクレスト・エルタニア陛下には三人のお子がございまして、第一皇子エドワルド殿下、第二皇子クスマン殿下、そして第三皇子がこちらのアレキサンダー殿下でございますわ。以前ワタクシは王都で皇子殿下をお見かけしたことがございましたから、間違いありませんわ。今まで気が付かなかったご無礼、平にご容赦を。こちらの御方は、第三皇子アレキサンダー殿下にございますわ」
「え?」「ふーん」
オーユゥーンこいつに会ったことあったんだな。で、なんでその皇子殿下もちょっと驚いた顔になってんだよ。綺麗なお姉さんがフォローしてくれて興奮でもしちまったのか?
などと、冷や汗を垂らしている皇子殿下を眺めていたら、そのとなりにいた二人の子供が勢いよく立ち上がった。
「そうだぜ! アレックスは凄いんだ! 困ってる俺達を逃がしてくれて、それに大人に命令したりもできるんだ!」
「そうだそうだ! アレックスは僕たちの英雄なんだ! アレックスは僕たちを助けにきてくれたんだ!」
「な、【ナツ】……【ウーゴ】……」
皇子は二人の子供の名前を呼びつつ困惑気な顔になっていた。というか、これ相当無礼なんじゃねえのか?
だが、まあ、聞かなければ状況は分かりはしないんだ。
俺は今、この王都がどうなっているのか、その辺りを3人へと聞いてみた。
要約するとこうだ。
ここ最近王都の治安は悪化の一途を辿っている。
その大きな原因は、同時多発的に発生した『疫病・飢饉』が原因らしい。今からおよそ10年ほど前、いくつかの諸侯の領にて多くの村や町で大量の死人が発生し酷いところでは『全滅』した箇所もあったのだという。当然王都から治癒術師や薬師が派遣されるも、その派遣隊が今度は何者かに襲われる被害も発生。対応は遅々として進まなかった。
そのような中、食糧も乏しく食べるに困った生き残りの住民たちは、各地の領主へと陳情を上げ始めるも、全国的に税収が悪化してしまったがために、殆ど手を打つことができなかった。
やがて、飢えによる餓死者も出始める中、一部の領民たちが手に武器を持って暴徒と化す事件が発生、ついにとある地方領主が妻子供諸共に襲撃され殺害される事態にまで発展し、各地で暴力事件が頻発した。
おりしも教皇が代替わりした時期でもあり、大量の聖騎士が補充されたこともあって暴徒の鎮圧は図られたが、この時期各地の山や森や廃村に盗賊団棲み着き始め、以来国内各地は混とんとした状況となる。
この王都にも家や家族を失った人々が流民として集まり始め、各地では盗賊団による盗難や強盗が多発し、中には現職の聖騎士たちでさえ、犯罪に手を染める者が現れ始めた。
国王アレクレストは早々に、3人の皇子たちをそれぞれ留学と称して国外へと脱出させ、その間、疫病や飢饉に見舞われなかった諸侯とともに治安の回復に努めるもさして効果はなく、国内の犯罪件数や、モンスター災害の件数は鰻上りとなった。
そして二年前、長兄エドワルド皇子が帰国した時期を境に事態が急変した。
長年領土争いを繰り広げ続けていた隣国の仇敵、ギード公国と突如和睦し、国内の各所にギード公国軍の駐留を認め、各地で発生していた盗賊団の壊滅作戦に乗り出したのである。
それによって盗賊は鳴りを潜めるに至ったが、同時に各地にギード公国の出島ともいうべき占有地が生まれることとなった。
これを複雑な思いで見守っていた国民たちであったが、この処置により犯罪件数が減少したことは明らかな事実であったためにこの事態を受け容れざるを得なかった。
だが、これには裏があった。
アレックスは一度コップの水をぐいと飲んでから俺達を見回して言った。
「実はこのギード公国との和睦は兄エドワルドが独断だった」
「え? でも、国王陛下がいるのに、なんでそんなことになるんだ?」
「陛下は……病に倒れておられたのです。その間の執務は兄やそれを取り巻く直近の者達で執り行っていた。しかも、クスマン兄も帰国してそこに合流して、兄の補佐のようなことを始めてしまった。この国は兄たちによって蹂躙された。俺がそのことを知ったのは大分後のことだったんだ」
アレックスは悔しそうに唇を噛んだ。そして続けた。
「兄たちが国政を執り行う中で、父国王陛下は意識を取り戻された。それで帰国し政治を行った兄たちを褒めたらしい。だって陛下は知らなかったんだ。兄たちが敵国であるギード公国と通じていた事実を。国内にギード公国兵が駐屯している事実を。陛下の周りは全て兄たちの息のかかった者達しかいない。陛下は真実を知らないままにただ生きているだけ……陛下は、兄たちの傀儡になってしまったんです!」
悔しさの滲むその表情のままでグッと拳を握り込むアレックス。俺はそんな奴を見ながら思わずつぶやいた。
「マジでクソだなその話。胸糞悪すぎて反吐が出るぜ」
「まったくですね、ご主人の言う通りっす!」
「国王陛下、可哀そう」
俺のコメントに、即座に追従してきたニムとヴィエッタだが、その隣のオーユゥーンはなんとも言えない渋い顔になってただ黙っていた。
こいつ結構国に忠誠心あるというか、御上を立てている感じだしな、自分が信じていたものが崩れ去ったような感覚でも味わってるんだろうな、きっと。
「アレックス。だからお前はレジスタンスなんてやってんだな? お前の兄貴たちと戦って国王を取り戻すために」
「いや、それは少し違う」
アレックスは視線もまっすぐに俺を見て言い放った。
「俺が助けたいのはこの国の国民だ。今のこの『呪われた状況』をなんとかしたいんだ!」
そう強く宣言した。
『呪われた状況』ね……まさしくその通りなんだろうけどよ。
「ま、言いてえことはよくわかったよ。だけどよ、国民を助けるなんざ、一筋縄で行くようなことじゃないぞ? それこそクーデターを起こすだけじゃあ意味がない。人の生活を安定化させ、安全を保障することこそが国の意味ってやつだ。お前はそれを分かってんだろうな?」
社会契約的国家論は、国民主権主義、基本的人権の尊重だとか、所謂国家構造のあらゆるパターンは大昔の国家論が起源となる。構造モデルは置いておくとして、つまり個人の安全の保障こそが国家の存在の意味、それを損なう状態は国とは呼べないわけだ。それこそそんな政府はさっさとぶち壊してしまえばいい。
「そんなことは分かってる!! だから俺達はこうして力を合わせて立ち上がろうとしてるんだ!! このままではもっと多くの人が死んでしまう。だったら、そんな程度の国なんか、必要ない! 俺達は俺達の手で新しい国を作るんだ!!」
「つまり、国民主権国家を作ろうってわけか? それともお前が王族の血統を証明して新国家を樹立でもする気なのか? ま、どちらにしても簡単じゃあねえよ」
「だから分かってる」
「いや、分かってねえな、全然わかってねえ。いいか。人間の集団って奴は、結局は多数派の意見に流れちまうもんなんだよ。どんなにお前が良いことを言っていようが、大多数が現状維持を望めばその意見の方が強いんだ。それこそ、お前の兄貴たち以外全員が賛同してくれるような状況でもなきゃ、新国家なんてできやしねえよ」
「くっ……」
アレックスはふたたび何もしゃべれなくなった。
まあ、当然だな。やっぱり子供だということなんだろう、大層なことを話してはいるが、中身はスカスカでビジョンも何もあったもんじゃないしな。
聞いてみれば、今の賛同者は中小規模の貴族が複数と、近隣の村や町などの自警団が中心であるらしい。これだけ集めたという時点でなかなか凄いとは思うが、国の政治に反感を抱いていると同時に、要は国家転覆を為した際の、新しい政府でのポストが狙いということだろう。アレックスは子供とはいえ皇子だ。
新たな国家の旗印にはもってこいの存在でもあるわけだ。
そこまで考え、そして俺は言った。
「大丈夫だ。俺達がなんとかしてやる」
「え?」
アレックスは驚いたようにそう言うが、まさか俺がこんなことを言うとは夢にも思っていなかったということか?
「もう助けるって言っちまったしな。ま、もう後に引き返す気はねえよ。そういやまだ名乗ってなかったな……」
皇子にこれだけ話させておいて、すっかり忘れていたが自己紹介がまだだった。そういうわけでこっちも改めて全員で名乗ることにした。まあ、名乗るほどの者ではない。というか、マジで名乗るほどの者ではないからなのか、アレックスは目を丸くして口を開いた。
「あ、あんたはレベル1の戦士なのか? で、そっちのお姉さんもレベルが1。それで、他の皆さんは戦士でもなくて、娼婦だと……えと……えと……えええっ!?」
本気で驚いた顔になっちまってるが、まあ仕方ない反応だろう。
なにしろ俺達の仲間に戦闘職はいねえからな。
ここにシシン達のうちの一人でもいればまだ説得力はあったんだろうけどよ。
「だ、騙された!! ナツ、ウーゴ! もう帰ろう! あ、あんたたち、俺がさっき言ったことは全部嘘だからな‼ 絶体信じるなよ! それに跡も付けるなよ‼ じゃあな!!」
そう言っていきり立ったまま飛び出そうとしている奴へと俺は言った。
「まあ待てよ。確かに俺達に上級の戦闘職はいねえけどよ。だからってなんの助けにもならないってわけでもねえんだぜ? 現に俺はお前の大けがを治してやったし、こうやって助けてもやった。だからよ、ここは取引といこうぜ、アレックス殿下」
「と、取引……だと?」
引き攣った顔のまま俺達を振り向いたアレックスは、困惑してはいたが、同時に俺達のことを再度値踏みしているようでもある。こいつ中々慎重な奴だ。
普段であればもう無視してしまえばいいだけなんだろうが、ここまで話を聞いちまった手前もあるし、それに子供を見捨てるのは趣味じゃない。
特に他にこの王都で他に用があるわけでもねえんだ、暇つぶしくらいにおもっていればいいだろう。
「ああ、取引だ。ぶっちゃけて言うが、俺達は金が欲しい。だからもし金を用意してくれるっていうならお前らに雇われてやるよ。だけど、確かに信用はねえからな。とりあえず最初の命令は人殺し以外ならただでこなしてやるよ。これでどうだ?」
妥当な提案だろうと思う。正直俺達は所持金にそれほど余裕があるわけでもないしな。
フィアンナからの報酬だって、ここにくるまでの路銀やらなにやらでほぼほぼ溶けちまったし、ヴィエッタ達の街で多少は報酬というか、義援金の一部みたいなものももらったけど、あれだって、二ムやヴィエッタやオーユゥーン達の装備を整えたら結構消えた。
バスカーから巻き上げた二億ゴールドだって、あれはヴィエッタの身請け費用で全額マリアンヌに渡しちまったし、どうせ奴のことだから、街の復興費用とかに当ててるんだろうしな。
各人個別にへそくりやら小遣いやらはあるらしいが、それを頼りにしていてはこれ以上旅は続けられない。というより、やはり仕事は必要なのだ。
そして相手は、レジスタンスとはいえ、王家の血統でリーダー格。ニムが言い出した以上タダ働きの可能性も高い中、最初にこう言っておけばとりっぱぐれる心配も少ないだろう。
そう言う打算が確かにあったわけだが……
「うへぇ、ご主人それ子供に言う台詞じゃあないですよね、流石にワッチも引きますよ」
「お、お前が言うな! どうせやるならしっかり稼げねえと意味がねえんだよ、このアホ!!」
「…………」
そんなやりとりをしている俺達を見つつ、アレックスはなおも思案していたが、どうも断る気はなさそうな感じではあるが。
「どうだ? 俺達を雇ってみるか?」
すると、アレックスはその帽子の下の瞳を見開いて俺達へと言った。
「分かった。あんた達を雇おう。だけど、やっぱり信用はまだ出来ないし、せっかくだから試させてもらう。それでいいんだよな?」
「ああ、いいぜ」
アレックスは一つ息を吸って呼吸を整えると、大きな声で言った。
「なら、これからいう人物を俺達のところへ連れて来てくれ。話はそれからだ」
「あん? いったい誰を連れて行けばいいんだよ?」
そう聞いてみれば、アレックスは即答したのだった。
「国王陛下、アレクレスト・エルタニア陛下だ」
またまたイラストを頂戴いたしました!!
第一章第六話、第二章第七話、第二章第五十六話にそれぞれ追加掲載いたしましたので是非是非ご覧くださいませ!!




